ある剣のおはなし
直前までこの場にいなかった聖剣が勇者の手の中にいきなり現れました。無論、転移魔法などではありません。勇者の魂と融合した、真に完成した聖剣としての機能です。
それはつまり迷宮と、神の幼体とユーシャが一体となったことをも意味しているわけで、ゴゴがどうにか避けよう、先延ばしにしようとしていた自体が現実のものとなってしまったわけですが。
「ふっふっふ、やあゴゴ君。元気そうで何よりだよ。さて、それじゃあ早速だけど一体どういう落とし前を付けてもらおうか」
『ふふっ、お気遣いありがとうございます。我がなるべく気負わないよう、わざとそういう言い方をしてくれてるんですよね? 本当にレンリさんは優しいですねぇ』
「はぁ!? そ、そんなことないし! 何を言っているんだねキミは!?」
ゴゴに落ち込んでいる様子は見られません。
絡みに行ったレンリを一瞬で返り討ちにしていました。
つい先刻も女神がレンリから似たような反応を引き出していましたが、神と迷宮という風変りな関係であっても、やはり親子というのは自然と似てくるものなのかもしれません。
『まあ落とし前云々はさておき、今回は我のためにご迷惑をおかけしました。そこについてはキッチリ頭を下げさせていただきます。この通り』
そしてレンリをあしらった後で深々と頭を下げて謝りました。
ある意味では事件の原因であり、加害者に与した立場でもありますが、それと同時にゴゴが最大の被害者でもあったという点で皆の意見は一致しています。そんな彼女にこうも頭を下げられてしまっては許さないわけにもいきません。
もし仮にこれで許さなければ言外に懐の狭さを指摘されて、さぞかし肩身の狭い思いをすることになるでしょう。そういう二重の意味でも許さないわけにはいきません。
「じゃあ、まあ、それについては済んだことにするとして……ところで、ここで込み入った話をするのは不味くないかい? そこらをお店の人が行き来してるし。というか、さっきの聖剣形態から人型になるのとか見られちゃってない?」
「ああ、それについては問題なかろう」
レンリの疑問には意外にもシモンが答えました。
「ユーシャがゴゴを呼び出した時点から、この部屋の『認識』の一部が斬られているようだ。周囲からは俺達がここにいることくらいは分かっても、何を話しているかまでは分からぬよ。そのことに違和感を抱くのも難しいだろう」
『おや。同じ技を使う人だと、やっぱり分かるものですか?』
「うむ、なんとなくな。しかし苦労して覚えた珍しい技がしばらく経つと当たり前の汎用技に成り下がる現象……だいぶ前にリサに観せてもらったアニメでもたまにあったが、空を飛ぶ技とか……自分で体験するのはちょっと心にくるなコレ」
『一応、我とユーシャは一緒じゃないと使えないので、シモンさんに追い付くにはまだかかりそうですけどね。というか、こちらからすると聖剣以外の武器どころか素手でも使えるってほうが驚きなんですけど』
「そ、そうか? うむ、それなら追い付かれぬよう精々技を磨くとしよう」
少々話題が逸れてしまいましたが、とりあえずこの場で人に聞かれたくない話をしても問題はなさそうです。そして情報の機密性についての確認が取れたところで出す話題といえば、
「それで、ゴゴ君。ユーシャ君との関係性についてだけど、もう全部納得して飲み込んだってことでいいのかい?」
勇者と聖剣との関係について。
ユーシャがゴゴを助ける際に、これまでにないほど聖剣への干渉力を強めたせいでしょう。今や二人の魂は完全に融合してしまっています。
これを切り離す手段はもはや皆無。
より正確には生きたまま引き離すことが不可能。
今後は互いへ与える影響力も格段に強いものとなるでしょう。
ゴゴが懸念していたように、神造迷宮の成長に伴ってユーシャまでもがいずれ神と化し、まともな人間としての幸福など望めない存在となってしまうのかもしれません。
無論、あの状況での判断が誤りだったわけもなし。ボヤボヤ別の手を探しているうちに、ゴゴを救える可能性が完全に潰えてしまうこともあり得ました。
だから、仕方がなかったのです。
ゴゴも感謝こそあれ文句を付けようなどという気は毛頭なし。
そして、その上でレンリの問いに対してこう答えました。
『いいえ、何も』
納得はしていない。
できるはずがない。
しかし、その一方で。
『まあ、なっちゃったものは仕方ありませんから』
なってしまったものは仕方がない。
ゴゴの心境がどうあれ、もはや受け入れる以外の道はないのです。
『実際こうなってみて、ようやく覚悟ができたというか腹が据わった感じはありますね。あとは、そのおかげで視野が広がったというか』
覚悟があるから一心同体になった、ではなく一心同体になったから覚悟ができた。
案ずるより産むが易し、とは多少違うかもしれませんが、漠然とあった不安の数々をより現実的なものとして具体的に考えられるようになっていました。
もしかしたら、ユーシャに神の性質が及ばないかもしれない。
もしかしたら、二人を安全に切り離せる手段が見つかるかもしれない。
もしかしたら、神となっても何ひとつ問題なく幸せに暮らせるかもしれない。
これらは、まあ楽観的な予想ではあるのでしょう。
しかし実現可能性という意味では、ゴゴが陥っていた悲観的な考えと五分。
実際に何がどうなるかなど、その時になってみないと分からないのです。
将来のリスクに備えて心構えをするのは大切なことですが、それが行き過ぎてまだ起きるかどうかも分からない問題への悩みで現在の生活に支障をきたすようでは毒にしかなりません。まったくの考え無しのほうが幾分マシというものです。
そして、仮にすべてが悪い方向へ転んだとしても……、
『その時は物事が思い通りにならないことを嘆くだけじゃなくて、少しでもマシなほうにリカバリーができるように頑張ればいいだけですから。将来はそういう柔軟な対応ができる神様になりたいものですね。それとあと我が言うのもなんですけど……いや、もうホントに自分でもかなり「お前が言うな」って気はしますけど――――』
将来の抱負に続いて、もう一つ。
『悩みを一人で内に溜め込んでいても良いことはないですからね。我も、皆も、何かあったらまず報告・連絡・相談。まだ問題が小さいうちにこれらをキチンとしましょうね』
……と、以上が今回の事件における最大の教訓でした。
◆◆◆
後日談。
「じゃあ、またな!」
『では、我もごきげんよう。とは言っても、我は別の個体が普通にこっちにもいるんですけど……まあ、こういうのは一種の様式美ですからね』
祝勝会を終えた翌朝。
ユーシャとゴゴは列車で学都へと帰っていきました。
一応この二人はレストランの仕事を休んでこちらへ来ています。
雇用主である魔王は全然気にしていませんでしたが、それはそれ。
生来働き者の気質であるユーシャは、あまり長く仕事をしないでいるとかえって調子が狂ってしまうようなのです。途中でちょっとしたアクシデントがあったとはいえ、もう十分に休んで遊んだと判断したのでしょう。
元々大して荷物があったわけではない、というかトランクに詰め込んで誘拐同然の状態で運んできたゴゴも帰りは普通に乗車することになっています。その代わりに空いたトランクの空きスペースに、お土産と称して買い集めたアレコレを詰め込めば準備完了。実にあっさりとした旅支度でした。
『帰りはわたくしも一緒ですよ。昨日こっちのお店で買った変なボードゲームがいっぱいあるので客室で遊びましょうね。いやぁ、穴場のお店ってあるところにはあるものですねぇ』
女神も二人と一緒に帰ることにしたようです。
その気になれば信仰を対価に一瞬で転移することもできるのでしょうが、いつも通りの節約志向と、ついでにゴゴ達と一緒に遊びたかったようです。カバンがパンパンになるまで詰め込んだゲーム類や大量のオヤツが重すぎて一人で持てず、ユーシャに泣きついて代わりに持ってもらっていました。
「今度は俺達のほうから会いにいくよ。ユーシャの働きぶりも見たいしな」
「うん、わたしも……ふふ、元気でね」
そして、こちらは見送る側。
ルグとルカ、そしてユーシャとの関係は相変わらず奇妙なものではありますが、それでも両親である二人の中にあった『娘』への苦手意識はもうほとんど解消されたようです。これは今回の帰郷の中でも特に良かった出来事の一つでしょう。
『それじゃ、また後でなの』
『夜までには着くかしら? 今日の晩ご飯は手巻き寿司って言ってたから駅に着いてからも寄り道はしないほうがいいわよ』
迷宮都市に分身を置いているウルやヒナは特に別れの感慨などはない様子。
あと半日ほど後、今日の夕方頃にはまたすぐ別の自分がユーシャ達と顔を合わせることになるはずです。それはそれとしてお土産の類はしっかり頂くつもりですが。
モモやネムについても、ゴゴの側から拒否するようなことがなければ、本来はいつでもどこでも自由に話せるのです。よって特に寂しさなどはありません。(何を考えているか分からないネムはさておき)あえてモモが駅まで見送りに来たのは、間近で列車の実物を見てみたかったという理由が主なのだとか。
『ふむふむ、思った通りこれは第五の改装に使えそうなのです』
『くすくすくす。モモお姉様が楽しそうで何よりですわ』
『我ながら意外ですけど設計開発とか向いてるのかもですね。このままだと小回りが利かないから小型軽量化は必須として……やはり、リソースの確保がネック……どこまでの設備を自己増殖の対象に……遊……地』
何やら話し合っているようですが、駅のホームが混雑しているせいもあって改装計画の詳細までは他の面々の耳に入りません。まあ遠からず嫌でも知ることになるのでしょうが。
「では、達者でな」
「じゃ」
と、シモンとライム。
発車まで時間がないせいもあり別れの挨拶もあっさりとしたものです。
「今回は時間がなかったけど、次に会った時にでも実験に協力してくれると嬉しいな。覚醒が聖剣に及ぼす作用とか知りたいし。まあゴゴ君だけでもやるつもりだけど、どうせなら二人が揃っている時のほうが良いデータが取れそうだしね」
そして最後はレンリ。
別れを惜しむ動機が実に「らしい」と言えます。
情緒も何もあったものではありません。
「なぁに、ちょっとゴゴ君を解剖させてくれるだけでいいから。どうせ何人も自分を出せるんだから一体くらい構わないだろう? 大丈夫、大丈夫! 天井のシミを数えている間にすぐ終わ……って、こらルー君。なんで人の口を塞ごうとしているんだい!? 周りの人が見てるとか通報されるとか、そんなの私の知ったことじゃ……あっ、ゴゴ君達もまだ話は途中だよ!」
好きに喋らせておいたら、ホームの乗客や駅員から本当に通報されかねません。
レンリを無視して列車内に逃げ込んだゴゴの判断は大正解でしょう。
それから間もなく発車を報せるベルが駅のホームに鳴り響き、ゴゴ達を乗せた列車は迷宮都市へ向かって走り去っていきました。
◆これで十一章はおしまいです。ここまでお読みいただきありがとうございました。
◆またいつもの流れで章の合間に迷宮レストランを何話か更新。その後で十二章の開始となります。
◆迷宮レストランのコミカライズ版一巻は9/14発売予定です。




