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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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百万年前の破壊神(前編)

思ったより長くなったので前後編に分割しました。


 これにてゴゴは無事復活。

 周辺地域を覆っていた『世界』も消えて元通り。

 元通りじゃないのは精々が更地になった街くらいのもの。

 かなりの大問題な気もしますが、まあ直せるアテもあることですし、深く気にしてはいけません。万が一、ネムが『復元』できなかったとしても剣になっていた住人達は何も目撃してはいませんし、全力でしらばっくれれば責任から逃れることもできるでしょうし、つまりはノープロブレムというわけです。



「で、どうしようか……コレ?」



 と、そんな後始末の話は一旦置いておくとして。

 まだまだ先にやっておかねばならないことがあるのです。


 力の大半を失った破壊神。

 もう最初のような球体の姿を維持することもできず、乾いた泥の塊のような有様ですが、それでもこの場から逃れようと懸命に地面を這いずっています。

 その速度は普通の人間が歩くよりも遅いくらい。

 ユーシャによって強引にゴゴから分離させられた際に、散々溜め込んでいた魔力や神力のほとんども奪われてしまったのでしょう。ゴゴから完全に切り離されたことで勇者の聖剣に対する支配力は受け付けなくなっているでしょうが、こうなってしまえば最早そんな絡め手に頼る必要もありません。


 恐らくは、もう放っておいても何もできないでしょう。

 このまま逃亡に力を使い果たして自然消滅するか、あるいは生き延びたとしても昆虫や小動物から逃げ惑いながら人里離れた山や森を彷徨い続けるか。待っている未来は大方そんなところでしょう。


 が、だからといって見逃す理由にはなりません。

 むしろ、キッチリ始末をつけておくのが情けというものです。



「さて、どうしようね? 一応聞くけど誰か食べたい人いる?」



 これだけ弱っていれば元が格上の神であろうと、迷宮達が逆に取り込まれる心配はほとんどないでしょう。ほんの僅かな残りかすといえど神力は貴重なリソース。誰かしらの成長の足しにするのは合理的な考えにも思えますが……まあ流石に食欲は湧きません。



「迷宮の皆も、流石にもう食欲は湧かないか」



 一応確認したレンリもその反応は予想していました。

 食べれば美味しく感じた上にパワーアップできるのかもしれませんが、あれだけやらかした相手となると流石に迷宮達の食欲よりも嫌悪感が勝るようです。


 さて、そうなると問題になってくるのが処分方法。

 紙屑をゴミ箱に捨てるようにはいきません。



「そこらに穴を掘って埋めるだけとかだと、長い時間をかけて這い出てきたりしそうで確実性がイマイチだね。超高圧の深海とか、グラグラ煮えてる火山の火口とか、そういう所に捨てれば流石にもう悪さもできないんじゃない? 捨てにいくのも大変そうだけど」



 レンリが出した案はあくまで一例ですが、いずれも封印の場所としては申し分なし。並の人間ではそこまで捨てに行くのも困難ですが、幸い、並ではない人間やエルフや迷宮の心当たりならいくらでもあります。具体的な手順や誰がゴミ捨て係を担当するかは後で詳しく話し合うとしても、大した問題にはならないでしょう。



 いずれにせよ、もう事件はほぼ解決。

 もう後始末を考えるだけの段階です。

 皆そう思っていましたし、破壊神自身ですらここからの逆転の目があるとは想像もしていませんでした。

 だから、一応はまだ動いている破壊神からほんの数秒視線を切ったり、お喋りの内容に気を取られてしまったとしても、それはまあ仕方のないことだったのです。



「そういえば、結局、心を真似てどうこうってのは何だったんだ?」


「ああ、それかい? 単純な話だよ、ルー君」



 ちょうど、まだ説明を終えていない謎も残っていました。

 レンリとしては先程他の謎解きとまとめて説明するつもりだったのですが、予想外の女神の登場で見せ場と一緒に発表のタイミングを逃してしまっていたのです。

 その分の活躍を取り戻すには遅きに失した感もありますが、まだまだ目立ち足りなかったレンリは快くルグからの問いに答え始めました。



「仮に首尾よく元の全盛期の姿を取り戻せていたとして、果たしてそれだけで満足するものかな? いや、私ならそうは思わない」



 何故、破壊神は心を学ぼうとしたのか。

 そのために復活には遠回りとなる非合理的な行動も多々取っていたくらいです。そうした積み重ねが隙となって、この結果にも繋がったわけですが。それだけのリスクを取っていた以上、その見返りとなるだけのリターンを求めていたはず。



「実際、その全盛期ですらそこの神様と相討ちになって実質的に不覚を取ったわけだしね。ただの元通りではまだ足りない。どうせ復活するなら元以上に強くなりたいっていうのは自然な考えなんじゃないかな」



 レンリは破壊神が心を求めた理由をそのように予想していました。

 とはいえ、この答えだけでは不十分。まだ一言二言補足が必要です。

 そもそもの話、破壊神に心がないという発想はどこから出たのか。



「前にそこの神様も言っていたろう。相討ちになって肉体を失うまでの自分は世界を管理するためのシステムみたいなものだったとか何とか。今みたいな人間性、と言っていいのかは分からないけど、私達のような心を獲得したのはそれ以降だったんだろう?」


『ええ、おっしゃる通り。結果だけ見れば、ある種の完全性と引き換えみたいな形ですねぇ。当時の記憶はおぼろげですけど、その頃のわたくしって相当に面白みのない神様だったと思いますよ。必要なことしかしない、言わない、そのことに疑問も持たない、と。いやぁ自分で言うのもなんですけど、信仰対象として見たらちょっとご遠慮願いたい感じですね』


「うんうん、本当に自分で言うことじゃあないね。で、これは想像なんだけど、恐らくそこの破壊神君も元々は似たような感じだったんじゃないかな。たとえば世界を滅ぼすシステムみたいな、過度に発展しすぎた世界を間引く役割とか……っていうのは飛躍が過ぎるかもだけど」



 ありとあらゆる世界の全ての神々がそうであるかは分かりませんが、女神と破壊神はある程度似た性質の神だったのでしょう。たとえば肉体の破片がどちらも黒い化石のような姿になったという共通点もありました。まあ、そのせいで二柱の神を混同して事件のキッカケとなったりもしたのですが。



『あれは正確には化石というより一種の休眠状態なんでしょうねぇ。あっ、ちなみにわたくしは生前の肉体に未練とかありませんので、探し出して迷宮の皆のオヤツにするならご自由にどうぞ』



 ちょっと本題からズレましたが、要は女神と破壊神は神として近しい性質を持っている。元々は人格らしい人格もなく、己の役割を忠実に実行するシステムのような存在だった、らしい。そこがポイントです。



「で、少し戻るけど破壊神君は元の姿以上に強くなって復活したいと考えた。でも言葉にするのは簡単だけど、実際にどうやって強くなればいいのかというのは疑問だよね。ロクに身動きできない状態では同じ神の性質を持つ存在を探して捕食するのも難しい。神にとって主要なエネルギー源となる信仰だって、世界を守った側の神様ならともかく壊した側に注がれることはほとんどないだろう。ああ、肉体を失った中途半端な状態とはいえ、当時の人類を辛うじて導いて存続させられる程度まで回復できたのはそのあたりの差だったのかな? あとは元々の知名度の差とか、この世界そのものとの親和性とか。こっちの神様は元々この世界に根差した存在だったのに対して、あっちは余所から来た部外者だしね。うん、ほとんど相討ちになったのにその後の状態変化に違いがあったのは大方そのあたりが主な原因かな?」


『いや、あの、だいたい合ってますけど見てきたように言いますねぇ。ていうか、長い、めちゃくちゃ長いです。よくそんなに息継ぎなしでつっかえずに喋れますね?』


「ふっふっふ、なに、それほどでもあるさ。もっと褒めたまえ敬いたまえ。で、復活のアテもないまま百万年ほど経過して、その間ずっと地面に埋もれたまま機を待っていた破壊神君の前にノコノコと何も知らない私達がやってきたってわけだ」



 神の性質を有する迷宮達が近くに来たのは、休眠状態の破壊神にとって百万年待った末に訪れた大チャンス。しかも運が良いことに、彼女達は女神から自分についての注意を受けていない様子でした。

 あとはなけなしの神力を使って周囲の生物を操って些細な混乱を起こして自分に対する警戒心を緩ませ、迷宮達の中でも比較的相性が良さそうなゴゴにも同じように干渉して第二迷宮の本体まで運ばせる。あとは、まあ起こった通り。



「人間だって心の有り様ひとつで強くも弱くもなるものだろう? 迷宮も、神様だって同じだろうさ。神力そのものを元以上に強くするのは難しくても、心という要素を獲得した上で上手いこと使いこなせば元通り以上になれるかもしれない」



 もしかしたら、その発想の元は百万年も世界を観察した結果なのかもしれません。観測できる範囲はすぐ近くの限られた範囲だけだとしても、なにしろ時間だけは腐るほどあったのです。

 破片の状態で雨風に運ばれ、時には動物に運ばれたり、気候の変動で地に埋もれたり掘り起こされたり。最終的にあの砂漠の地下に辿り着くまで様々な土地を旅してきたのかもしれません。


 長い時間の中で人間や他の生物の観察を続ける中で不可解な現象を観測。

 肉体や魔力のスペック以上の力を発揮する者達がいたのかもしれません。

 単なるスペックの測定・想定のミスではなく、明らかに本来以上の能力を発揮している。だとすれば、その限界以上の力を引き出している未知の要素とは何か。それはどうやら心と呼ばれる内的現象であるらしい。


 ……と、当の破壊神が本当に考えたのかは分かりません。

 レンリが言っているのはあくまで推論。

 今となってはもはや確かめようもないことです。



「うん、目の付け所は悪くなかったんじゃないかな? まあ、それで優先順位を間違えて復活自体を阻止されてたら世話はないけど」



 かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ破壊の神も、今となってはレンリに上から目線でマウントを取られるだけの哀れな存在。このままでは数十秒か数分のうちに捕えられ、今度は何億年経っても脱出不可能な極限環境に封印されるのみ。



 ズルズルと地面を這いずって逃げる破壊神は、そんな絶体絶命の状況で一体何を思ったことでしょうか。

 恐怖、絶望、後悔、屈辱、憤怒、悲哀。

 まだ覚えてから間もないそれらが内側から己を焼き焦がしている。その昏い熱が、今にも力尽きて消滅してしまいそうな身体を辛うじて動かしている。



『しに、たく、ない』



 それはもう真似ではありません。

 ゴゴから切り離されてなお残ったモノ。

 正真正銘、破壊神自身の心がそう叫んでいたのです。


 その心が、『奇跡』に届く。



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