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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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勇者と聖剣


 黒い球体が女神に喰らいつく、その直前。確実にそこに来るであろう攻撃を辛抱強く待ち構えていたユーシャの両手が、見事に破壊神をキャッチしました。



「改めて計算通りと言っておこうか。実は近くの建物の床下から地面を掘り進んで、この真下の位置に潜んでいたのだよ!」


「うん、知ってるぞ? レンリ、それは誰に向けて言ってるんだ?」


「ふふふ……さあ、私もよく分からないな!」



 仕掛けの概要は今レンリが言った通り。

 ウルの分身が自爆攻撃を繰り返している間に、シモンの技で敵の認識を誤魔化しつつ付近の建物の床下から地面を掘り進んで、そうして出来た空洞に今の今まで隠れていたのです。

 ちなみにライムの空間転移で一足早く地上に移動した皆も、飛び出す寸前までは同じ場所に一緒に隠れていました。ヒナの液体化能力がなければ流石にこれだけスムーズかつ痕跡なくトンネル掘りを成功させることはできなかったかもしれません。


 途中、予想外の女神の登場や一人抜け出したネムの暴走などのトラブルもありましたが、それらの要素も含めてアドリブで対処しつつ、終わってみれば結果オーライ。見事、破壊神の捕獲に成功したというわけです……が。



「ところで、レンリ。コレ、どうしたらいいんだ?」



 ユーシャの両手に捕えられた破壊神。そのまま大人しくしているはずもなく、網にかかった魚のようにジタバタと往生際悪く脱出しようとしています。



「こらっ、暴れるな。危ないからな」



 しかし、ルカ譲りの怪力からそう簡単に逃げられるはずもありません。ジタバタもがいてはいるものの、ユーシャが適当に二、三発も叩いたら少し抵抗が弱くなったようです。



『ついでに我も一発殴っておくの』


『そうね、じゃあ我も一発』


『じゃあ、モモは一発と言わず十発ほど殴っておくのです』



 このあたりは特に捕獲する上で必要のない暴力ではあるのですが、迷宮達(ネムを除く)もユーシャに倣ってボコスカと拳を入れています。神の力を有する彼女達が下手に接触して喰われでもしたら、ここからの再逆転もあり得ますし決して賢明な行為とは言えませんが、まあそれだけ腹が立っていたということなのでしょう。

 他の面々も何かあったらすぐ動けるよう注意してはいますが、気持ちは理解できるのか止めることはありません。先程一緒に暴れていたライムも反撃してこない相手への興味はないようで見守るだけに留めています。



「せっかくだし私はラクガキでもしてやろうかな? あ、でも今は黒インクしかないな」


『ふっふっふ、それくらい我にかかれば大丈夫よ。指から木の枝を生やして、枝先に毛を生やして、お花の色素を出して……っと、これで何色でも描ける筆の完成よ。はい、皆もどうぞなの』


「お、ウル君ナイスだ。いやぁ、神だか何だか知らないけど上から目線で調子こきまくってた奴を思いっ切りコケにしてやるのは気分がいいねぇ!」


『うっふっふ、まったくなのです! よし、ウンコ描くのです、ウンコ。なんだかちょっと前にも描いた気がしますけど、まあいいです。今日のモモの筆捌きは一味違うのですよ』



 更に今度はレンリも迷宮達に混ざって、ウルが指を変形させて用意した即席の絵筆で各々が思いつく限りの悪口やラクガキを黒い球体の表面に書き殴っていきました。

 真っ黒だった球体は今や赤や青や黄色で彩られたカラフルなキャンバスに。

 復讐心というスパイスが彼女らの創作意欲を一層燃え上らせたのでしょう。



「ふぅ……いやぁ、描いた描いた」


『今日のところはこれくらいで勘弁してやるのです。もう描く場所残ってないですし』


「うん? 皆、もういいのか?」


「ああ、ユーシャ君。動かないように固定してもらってご苦労だったね」



 さて、本題に関係のない脇道はこの辺りにしておくとして。




「で、結局コレをどうすればゴゴが元に戻るんだ?」



 いよいよ本題。

 囚われのお姫様、もといゴゴを救出するための説明の始まりです。

 とはいえ、そう長くはかかりません。

 準備はユーシャが捕獲に成功した時点で終わっています。

 考えてみれば実に単純な理屈なのです。



「そう難しい話じゃないさ。この破壊神とやらはゴゴ君を本体の迷宮ごと喰らって、その能力やら迷宮の制御権なんかを奪ったわけだろう?」



 レンリの言葉に皆が頷きます。

 実際に迷宮が喰われる現場を見たわけではありませんが、状況からしてそこまではまず間違いないでしょう。恐らくこの中の誰よりも事情に通じている女神も特に訂正する様子はありません。



「だが、そこでゴゴ君の性質が問題になる。迷宮の中でもゴゴ君だけの特殊な性質といえば……はい、ウル君」


『はいはいっ! 聖剣なの!』


「そう、正解だ。ゴゴ君は聖剣と迷宮という二つの性質を併せ持った存在なわけだ。で、この黒いやつが彼女を丸ごと取り込んだ。建物を武器に変形させたりとかは多分そこからの派生だろうね。自分が使いやすいように意図してアレンジしたのか、あるいは本来の能力の持ち主じゃないせいで変に歪んだ結果なのかまでは分からないけど」



 破壊神はゴゴを吸収して迷宮と聖剣、その両方の性質を取り込んだ。

 この戦いの中で幾度となく見てきた建物や迷宮の武器化も、どんな武器にも変形するという聖剣本来の性能からの派生と考えれば、それなりの説得力はあるように思えます。


 いずれにせよ、敵が聖剣を吸収したことに間違いはない。

 だとすれば、それは決定的な弱点をも取り込んだことになるのです。



「聖剣は勇者の意のままに姿を変える。だとすれば、あとはユーシャ君がそのまま念じるだけでその黒いのを好き放題にできるんじゃないかな?」



 レンリの言葉に反応したのか、一度は抵抗を止めていた破壊神の球体が一際激しく震え始めました。しかし、それで逃げられるほど甘くはありません。



「まあ、もしかしたら都合良く聖剣から得られるメリットだけ取り入れてて、デメリットになり得る性質の部分だけ食べ残したとか無視できるとかって可能性もないではないけど、そのあたりは実際に試してみないと分からないからね」



 そう、分からないのです。

 レンリはもちろん、ユーシャにも、破壊神にも。

 実際試してみるまで結果は誰にも分からない。

 例外は既にこの先の未来を見ているであろう女神くらいでしょう。



「だから、もしかすると上手くいかない可能性も無いではないけど、少なくとも試して損はないだろうさ。さて、ユーシャ君。勇者君。キミはキミの聖剣をどうしたい?」


「どうしたい、か」



 瞬間、ユーシャの手の中でブルブルと暴れていた球体がピタリと動きを止めました。

 観念して潔く覚悟を決めた……はずもなし。

 思惑通り、勇者から聖剣に対する支配力が働いているのでしょう。そして本来の世界の上から覆う形で展開されていた『世界』が、急速にその大きさを縮めていきます。


 空間そのものが発光しているかのようだった奇怪な光景は、見る見る間に元々の夜の景色に。表面の壁のみを残して浮遊していた第二迷宮の残骸も、『世界』の縮小に伴って光の欠片となって夜空に散っていきました。

 剣に変じていた人々や動物も『世界』の影響を脱したことで、元の姿を取り戻しつつあるようです。今はまだ眠っているようですが、きっと遠からず目を覚ますはず……、



「って、街を元通りにする前に起きられるのは不味くない!? 後始末が終わるまでまだ眠っててもらわないと困るんだけど!」 


『そ、それなら我に任せるの! それっぽい植物毒を体内で合成して……口から街中に催眠ガスぶしゅーっ』


「ナイスだ、ウル君! ははっ、キミってばいつもながら実に都合の良い女で……ぐぅ」


『ちょっ、こら起きるの! なんか今すごく失礼なこと言われかけた気がするのよ!? 誰が都合の良い女って……あ、ちなみに我の睡眠毒は服薬中とかアレルギー持ちとか小さいお子様の健康にも配慮した身体に優しい毒ガスなの』



 街が荒野になったのは敵の攻撃ではなくネムが原因なので『世界』が消えても元通りにはなりません。なので、元の姿になった人々には今しばらく眠ったままでいてもらった方が好都合。彼ら彼女らの精神衛生上もそうしたほうが無難でしょう。


 と、そんなトラブルの最中にも『世界』の縮小は続いています。

 周囲数十キロもの範囲に満ちていた光がユーシャの手元に集まり、高密度に凝縮され、やがては子供一人分ほどの大きさになり――――。



「おっと、これは邪魔だな」



 仕上げに破壊神由来の部分のみ不純物として除去。

 破壊神だったものはゴゴから奪った力の全てを取り除かれた影響か、球形を保つことすらできず乾いた泥の塊のようになって落下。それでもまだ動いているのは流石の生命力ですが、もはや満足に地面を這いずることすら出来ないようです。



「これでよし、と」



 そうして余計なモノを取り除いて今度こそ変形完了。

 絵の具まみれのユーシャの両手に抱きかかえられていたのは、



「おかえり、ゴゴ。わたしの聖剣」


『……ただいま、ユーシャ。我の勇者』  



 こうして聖剣は勇者の手へと戻ってきたのでありました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 邪神の扱いがぞんざいw ま、怒りに燃えるレンリたちが相手だから仕方ないね! [気になる点] 作者さんのシモネタブレーキ実装を御礼申し上げます。 m(__)m 折角の良作なので・・・ [一言…
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