合否判定(不正はなかった)
さて、過程はどうあれ力と知恵を合わせて強敵ゴリラウルを打倒したレンリ達でしたが、
『えっ? 別に一回も“我に勝ったら合格”なんて言ってないのよ?』
「いやいやいや、それはないだろう!」
流石に方法が問題だったのか、思いっ切りゴネられていました。
とはいえ、「はい、そうですか」と引き下がるわけにもいきません。
『そう? じゃあ、実際に戦った二人は合格でいいのよ。よく頑張ってたし褒めてあげるの』
「いや、あの勝利は私の武器と策があってこそだろう? なんで最大の功労者を抜かすんだね!?」
『武器はともかく、その作戦が問題なの!』
ウルとしても、実際に戦った二人に関しては好意的に見ているようです。ルグとルカの合否に関してはあっさりと妥協しました。
ですが、先程の作戦を立案したレンリに関しては、能力はともかく倫理や人格面に認めがたいものを感じているようです。
「はあぁー? さっきのゴリラ君にもちゃんと確認して、問題ないと言われましたけどぉー?」
『あんなの嘘吐いて騙したようなものなの!』
「私は一言も嘘なんて吐いてないよ! むしろ嘘吐きはそっちじゃない!」
たしかにレンリは嘘は吐いていません。
ただし、本当のことを全部言わなかったり、まぎらわしい言動で意図的に誤解を誘ったりはしましたが。「相手が勝手に勘違いした」と言い張る詐欺の典型例です。
「だいたい、判定基準が曖昧で分かりにくいんだよ。起源がどうのこうの言っても、結局は君の匙加減次第じゃない? そういう不公平なの良くないと思うんだけど」
『ぐ……そ、それは……こっちにも事情があるの……』
どうやら、ウル自身も判定基準の曖昧さに関しては強く否定しづらい様子。
そして、ようやく見出した隙を見逃すレンリではありません。
「ふぅん、事情ね。“主様”達に何か注意されてるのかい?」
『えっと……あんまり詳しいことは喋っちゃダメなの』
「そうかそうか、君も大変なんだね。ごめんよ、私もちょっと言い過ぎたよ」
『え? あ、ううん、我も大人気なかったの……』
先程までとは打って変わって、急に態度を和らげました。
そして、この姿のウルはなんだかんだ言っても素直な良い子なのでしょう。釣られてペースを乱され、先程までの怒りが霧散してしまったようです。
「うん、まあ残念だけどウル君の立場からしたら仕方ない。私も卑怯な手を使ったのは悪かったし、今回は潔く諦めるとするよ。迷惑をかけてしまってごめんよ? さあ、帰ろうか二人とも」
『あ……ま、待って、お姉さん!』
「……おや、まだ何か用事でも?」
『ええと……』
言葉だけでなく表情や身振りも交えて、必要以上に反省し落ち込んでいる(かのような)様子を見せ、相手の罪悪感を喚起させるテクニック。初歩的な話術ですが、精神的には子供でしかないこのウルには少なからず効果を発揮しているようです。
ここまで来れば陥落まではあと一押し。
「そうそう話は変わるけど、君って」
◆◆◆
戦いを終えてから約一時間後。
レンリ達三人にウルを加えた四人は迷宮を出て、学都の南街にある喫茶店、毎度御馴染み『木胡桃亭』で仲良くテーブルを囲んでいました。
ちなみに先程のレンリの質問は「君って迷宮から出られるの?」というものでした。
もちろん、ウルの本体である迷宮自体は身動きなどできませんが、ヒトとコミュニケーションを取る為の化身の姿ならば問題なく出入りできるのだとか。狼やゴリラならともかく、今のような人型であれば騒ぎになることもないでしょう。
「では、お互いの健闘を称えて……乾杯!」
『乾杯なの!』
「ああ、乾杯」
「かんぱ……い」
喫茶店なのでアルコールではなくお茶ですが、各々ティーカップを軽く持ち上げて乾杯しました。
祝勝会というわけではありませんが、レンリの発案でウルも誘い、四人でお疲れ様会をすることになったのです。
卓上には名物の胡桃パイをはじめ、多種多様なお茶やお菓子が所狭しと並んでいます。
注文の際、レンリが何やら店員に耳打ちをしていましたが、
『わぁー……すごいの!』
甘い物好きなウルはそんな些事には気付かず、目をキラキラと輝かせています。
「ウル君、足りなかったら好きなだけ注文するといい」
『我、誤解してたの! お姉さんってイイ人ね!』
「ははは、いや、それほどでもないよ」
先程までケンカしていた二人も随分と仲良くなったように見えます。
「レンの奴、何か企んでるとは思ったけど、食べ物で釣る気だったのかな?」
「さあ……どうなの、かな?」
状況に流されて同席している二人も、何やら奇妙な雰囲気を感じているようです。
「いやいや、まさか。これはあくまでも純粋な親愛の表れだよ。ウル君もこんなことで手心を加えようと思わなくていいからね」
『うん、我は食べ物で釣られるような安い女じゃないのよ。“こーしこんどー”はしないの。あ、店員さん、このパイお代わりくださいなの!』
レンリも別に食べ物をご馳走して懐柔する気ではなさそうです。
賄賂の心配がなくなったことによりウルも安心して注文を重ねていきました。
パイにケーキにビスケット。
お菓子に合わせるのは薫り高い紅茶や、お砂糖がたっぷり入ったミルクコーヒー。
滅多にない機会に興奮しているのか、ウル一人でメニューのほとんど全部を制覇していました。小さな身体のどこに入っていくのか不思議なほどです。
レンリはそんなウルの姿を見て、実に楽しそうな笑みを浮かべていました。
『ふぅ、もう食べられないの……』
「へえ、それは良かった。ああ、はいコレ」
ようやくウルが満腹した後。
レンリは一枚の紙を彼女に手渡しました。
『ん、お姉さん、この紙はなぁに?』
「何って、君の分の伝票だよ」
『……でんぴょう?』
そう、最初の注文の段階で、レンリはウルの分とそれ以外とで別会計にするように、店員に頼んでいたのです。しかし、そうなると大きな問題が。
『えっ!? あ、あの、我お金持ってないのよ!?』
それは当然でしょう。
なにしろ、現在のウルの身体はつい先程新しく作ったばかり。そのままの足で迷宮を出てここまで来ているのですから、金銭を獲得できるはずがないのです。
「おやおや、無銭飲食かいウル君? いけない子だなぁ」
『だ、騙したのねっ!?』
「ははは、騙すだなんて人聞きの悪い。私は一回も“奢る”なんて言ってないよ?」
『いやいやいや、それはないの!?』
完全に立場が逆転していました。先程のウルの台詞を意図的に真似るあたり、どうやらレンリは随分と根に持っていたようです。
こうなってしまっては、もはや反撃は不可能。
「おっと、あそこに巡回中の兵隊さんがいるね?」
『ひっ!?』
「迷宮の化身が無銭飲食で逮捕か。新聞社にネタを売り込んだらいい値が付くかもね」
『う……うぅぅ……うわーんっ』
◆◆◆
結論だけ言うと、ウルが無銭飲食で逮捕されることはなく、そしてレンリ達三人は揃って見事試練を乗り越えた(という事にさせた)のでした。
不正はなかった(白目)
多分、次回か次々回で一章は終わりです。