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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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滅っ


 敵の正体は百万年前の破壊神。

 突如この場に現れた女神はそう告げました。


 つまりは互いに殺し殺された間柄。

 本来の自分自身の肉体を失った原因。

 因縁浅からぬ関係なのです……が、それはさておき。



『ところで、レンリさん――ちょっと、ウル。あちらの本物に伝えて下さいな。あっちの声もこちらに――というわけで、こほんっ。レンリさん。わたくしを疑うなんて酷いじゃありませんか!』


「ああ、さっきの聞いてたのかい?」


『聞いてましたよ! まったく、わたくしとの友情はどこへいったのですか。お互い知らない仲じゃないんですから、そこはこう手心というかですね……』


「はぁ~~? 友情どうこうは一旦置いておくとして、たとえ親兄弟だろうが親友だろうが疑わしきは平等に疑うのが誠意ってものだろう。甘っちょろいこと抜かしてるんじゃあないよ」



 偽ゴゴ改め破壊神など眼中にないかのように、女神はレンリへの抗議を始めました。この口ぶりからするに、つい先程ウルの口を通して披露された推理の一部始終をすぐ近くで盗み聞きしていたのでしょう。

 たしかにモモとヒナの証言がなければ、レンリの推理が間違った方向に進んだままだった可能性は少なくないでしょう。それだけならまだしも推理の過程を丁寧に、と言えば聞こえは良いですが、必要以上に盛り上げようと半ば意図的な演出として女神を疑っているかのような話し方をレンリが選んでいたのは確かです。

 そこから転じて、我が子にも等しい迷宮達が見当違いの誤解から創造主である女神に不信感を抱いていた可能性まで考えると、苦情の一つも入れたくなるのも無理はない。もっとも、それくらいでレンリが素直に謝るはずもありませんが。



「大体それくらい構わないだろう? 最終的に疑いは晴れたんだからさ。ていうか、疑いを晴らしたければさっさと出てくれば良かったろう。ちょうどいい登場タイミングを計って出待ちとかしてるほうが悪い! まったく、仮にも神様が隠れて盗み聞きってのはみっともないんじゃあないかい?」


『は、はぁ!? で、出待ちとかしてませんしー? 証拠っ、証拠はあるんですか!? っていうか仮にもって何ですか、仮って!』


「その慌てた態度が証拠みたいなものだろう。それにそっちだってよくも私の見せ場を潰してくれたね!? 無駄にキメ顔キメポーズなんかしちゃってたせいで赤っ恥だよ!」


『それこそ、わたくしの知ったことじゃないんですけどー? レンリさんが無駄にカッコつけたがるのが悪いと思いまーす。ぷぷっ、そんなに恥ずかしかったんでちゅかぁ~?』


「なにおぅ、こんにゃろう!」



 すぐ目の前に世界を滅ぼしかねない破壊神がいるというのに、女神に至ってはかつての自分が肉体を喪失する原因になった因縁深い仇敵だというのに、レンリも女神もその敵の存在を完全に無視したまま幼稚な口喧嘩を続けています。このまま放っておいたら、いつまでも延々この調子で続けていそうです。



『……ふ、ふざけるのもいい加減にしてください!』



 まあ、流石にそうはなりません。

 あまりの事態に放心していた偽ゴゴ改め破壊神が、目の前で醜い争いを繰り広げている二人に怒声をぶつけました。



『貴様、この世界の神……己、我を倒しに来たのではないのか、ないんですか! もうちょっと真面目にやったらどうなんだ、ですか!』


「おや、まだゴゴ君の真似を続けるつもりなんだ? 覚えたばかりの『怒り』の表現だけなら及第点だけど、代わりに明らかに模倣の精度が落ちてるね。まあ、しょせん上っ面をなぞってるだけならこんなものかな」


『なんだか外国の人が片言で喋ってるみたいになってますねぇ。それで、ええと、わたくしが何をしに出てきたか、ですか?』



 口にこそ出しませんが、その理由はレンリとしても気になるところでした。

 先程の推理の過程でレンリが述べたように、そもそも未来を予知した女神があらかじめ迷宮達に一言注意しておくだけで、今回の事件は簡単に防ぐことができたのです。にも関わらず事件の発生をあえて見逃し、その上であえて今になって登場する意味とは何か。



『うふふ、まだ秘密です』



 もちろん素直に教える義理などあるはずもなし。

 これまでの様子を見た限りだと、仇敵を倒しにきたような戦意・敵意・殺意の欠片すらも感じ取れません。それが一層不気味です。



『……そうか。なら、もういい、です。もう喋るな、ください』



 破壊神側も会話では埒が明かないと判断したのか。

 ゴゴを模した口調が更に崩れ、同時に強烈な殺気が『世界』全体に満ちていきます。今この場にいる個体のみならず、上空に位置する迷宮そのものが敵対者を排除しようという意思を固めたがゆえでしょう。



『貴様が、ここに、いる、でしたら、わざわざ幼体どもを、腹の足しにする必要、ありません、だ、です』



 腹の足し。

 その言葉の真意を問う間もありません。

 破壊神が片手を上げると、それに応じるかのように上空の迷宮が、ぐるり、と回転を始めました。第二迷宮には今や本来の姿からかけ離れた凶悪な形状と化しており、中には砲塔と思しき突起物なども見受けられます。


 先程の合図でその砲塔が街の中央に照準を合わせ、撃ちました。

 超々高速で撃ち出されたモノが着弾するまでの時間は一秒未満。


 今の女神の肉体は人間からの借り物。

 その人間の神子も精神面はともかく、運動能力に関しては常人の域を出るものではありません。砲撃に反応して安全圏に退避するような真似は不可能です。この砲撃が単純な物理的破壊を狙ったものであったなら、この時点で決着は付いていたかもしれません。ただ決着だけが目的であれば敵もそうしていたことでしょう。



『捕まえて、食べる、する、です。己、元通り、なる、ます』


「ははあ、思った通りそれが狙いだったか。ま、だったら辺り一面吹っ飛ばすわけにはいかないよね」


『片言になった割に知恵は回っているみたいですねぇ。ええ、わたくしを捕まえて食べるのが目的ならこっちのほうが合理的でしょうし』



 破壊神の目的は言葉通り。

 百万年前に失った自身の本来の肉体の復活で間違いなさそうです。

 同じく神である女神を捕食することでその目的が果たせる……かどうかは試してみないと分かりませんが、少なくとも試す価値はあると考えたということでしょう。口ぶりからするに、本来は迷宮達も手先として取り込んだ上で最終的に復活の糧として消費するつもりだったと思われます。


 そうであるなら跡形もなく粉々にしてしまうわけにはいきません。

 なるべく無傷に近い状態で捕えて、少しでも多くの可食部位が残るようにするのがベスト。だから、先程の砲撃の目的はそれを可能とするものでした。


 手、手、手。

 腕。腕。腕。

 街中に隙間なく生える、這える腕。

 砲撃で撃ち出された黒液は例の如く街中に飛び散り、無数の『腕』を形成していました。そして『腕』達は先程と同じように寄り集まって融合し、巨大な一つの『腕』になって……いたりしたら対応も楽だったのですが。



「なるほど、単純なアイデアだけど悪くない。これならシモン君が飛び出てきても対応するのはちょっと厳しそうだ」



 シモンの技が『腕』の天敵であることは敵も承知の上。

 この『世界』との接続を断たれてしまえば存在を維持することは不可能。

 いくら巨大化してパワーやスピードを増そうが関係ありません。


 ならば、どうすればいいか。

 簡単です。


 シモンの手が回らなくなるほど手を増やす。

 一本だけの最強の『腕』ならシモンに手も足も出ませんが、そこそこの強さ・大きさの百本の『腕』が相手なら全部を倒すのは容易でない。仮に九十九本が倒されても、それらが足止めしている隙に残りの一本が女神を捕えればそれで破壊神の勝ちなのです。



『あなた、たべる、です』



 いつの間にやら、目の前で話していた個体も姿を変えていました。

 真っ黒な液状にどろりと溶けて、周囲の『腕』と融合。ゴゴの姿のまま襲い掛からなかったのは、より確実性を重視してのことでしょうか。単に殺すだけなら出来ても、なるべく傷付けずに丸呑みするとなればある程度の大きさが必要なものと思われます。

 街路樹と同じくらいの高さの『腕』と化し、更に同じくらいのサイズの『腕』が道路を埋め尽くしています。見える範囲の外まで含めれば更にこの数倍。質より量を重視した形態であるにも関わらず、百本どころか千本近くに達しているでしょう。


 恐るべきは、その一本一本が周囲の家屋に手を伸ばしては、捏ねて延ばして急増の武器としているのです。変形する建物の隙間からポロポロと零れ落ちている小さな剣は、その家々の住人だったものでしょうか。

 騎士団や冒険者ギルドのような大型の建物は樹木サイズの『腕』一本では重量を支えられないようですが、それも複数本の『腕』が協力して持てば問題なし。そして、それらの剣を武器として振るうのではなく道に積み上げて切れ味を有する檻とする。これはなかなか厄介なシロモノです。



「あ、これは流石に不味いかも? いや、捕まるとかどうとか以前の問題でね」



 このままでは街中の建物が武器化させられて更地になってしまうかもしれません。あるいは、未だ隠れているシモン達が焦って姿を現すのを狙っているのでしょうか。彼らがどこかの建物に潜んでいるとすれば、片っ端から建物ごと潰してしまうのは実に合理的な判断です。

 口調からゴゴの色が消えつつあっても、その知性までは消えていないということなのか。特に長めに捏ね上げた剣を女神達の頭上にかざして、さり気なく空中の逃げ道も塞いでもいます。


 このままでは退路がどんどん狭まるばかり。

 時間が経つほどに破壊神の優位は確固たるものになっていきます。



『くすくすくす』



 ……そのはずだったのですが。

 ここでレンリや破壊神にとっても予想外の事態が起きました。

 唯一、この場面での彼女の登場を予知していた女神だけが困ったような、申し訳ないような、諦め混じりの苦笑を浮かべています。



「……は?」



 この光景を直接見たウル、そしてウルからの伝聞という形で知った他の皆は自分達が一瞬のうちにどこか知らない土地に空間転移したのだと思いました。もしかしたら破壊神も同じような誤解をしていたかもしれません。




「って、ネム君いつの間にかいなくなってるし!? ヤバい、これは本当にヤバいって! ウル君、破壊神とか伝達とか放っといていいから一旦ネム君止めて――――え、手遅れ? そっかぁ……」



 ですが、困ったことに誰も一歩たりとも移動してなどいないのです。

 変わったのはあくまで学都の街並みのほう。隠れ場所にいる本物のレンリが慌ててウルに指示を出すも、残念ながらすでに手遅れでした。


 建物を構成する木材は生きた樹木へと戻り、大きく成長した樹木から若木へ、若木から新芽へ、新芽から種へと。石材は何億、あるいは何十億年も前に冷えて固まる前のドロドロ状態になったかと思いきや、周囲を高熱で焼くより早く今度はバラバラの砂状、更にはより細かいパウダー状に。


 残りの物質についても、まあ似たようなものです。

 建物を、いえ街というものを構成するおよそあらゆる物が強制的に『復元』、あるいは『改変』され、後に残るは草一本生えない無人の荒野。ほんの数十秒前までここに大きな街が存在したなど、いったい誰が信じることでしょう。


 元に戻されたのは『腕』が手にしていた武器も同様。

 握り締めていたはずの剣が細かな粒状となり、指の隙間からただ零れていくばかり。言葉も表情も持たない『腕』達が動揺しているように見えるのも、あながち気のせいではないでしょう。これでもう武器化された建物で誰かが傷つくことは絶対にありません。

 神に対して別の神の能力は効きが悪くなるはずですが、こうも覿面に効果を発揮したのは、神そのものではなくその力で加工された物体を対象としたからか。あるいはネムの能力が、そして狂気すら帯びるほどの純粋な精神性が、不完全とはいえ成体の神をも上回るほどのポテンシャルを発現させたのか。



『くすくす。おいたは、めっ、ですよ?』



 未だかつて、こんなに怖い『めっ』は聞いたことがない。

 これは最早『めっ』ではなく『っ』である。

 後にレンリとその仲間達は口を揃えてそう言いました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] シリアスさんの早退が早い そして、邪神VS女神の掛け合い漫才 [気になる点] 捕食・・・ゴゴは文字通りゴゴティーになってしまったのか・・・ [一言] 更新お疲れ様です。 邪神よりレンリのラ…
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