マネマネ大作戦
『な、に……を?』
「何って、見ての通りだとも」
レンリが手にしたナイフは間違いなくユーシャの喉に刺さっていました。
医学的知識を持つ者が見れば、頸動脈を切り裂いて気管にまで重大な損傷を与えていることが分かるでしょう。この時点で普通の人間なら致命傷。勇者であるユーシャにしても、聖剣を手にしていない今の状態でこれほどの重傷を負ってはとても耐えられません。
しかも呆然とする偽ゴゴに見せつけるかのように、ナイフの刃をグリグリと傷口に捻じ込んでさえいました。そうして傷を広げながらレンリは敵への挑発を続けます。
「ほらほら、そんな風にボケっとしているんじゃあないよ。こういう時にどうするのか、キミはもう知っているはずだろう? さっきは、そのためにモモ君を挑発したんだろうし」
こんな時に何をすればいいか。
どのように振る舞えばいいか。
そんなことは言うまでもありません。
怒る。
怒らなければならない。
怒らずにはいられない。
もはや敵意と殺意を隠しもせず、叫んで、暴れて、徹底的に思い知らせてやらねば気が済まない。先程、敵の挑発に乗ったモモがそうしたように。そして本当の『ゴゴ』であってもそうするはず。
『っ!? よくも、ユ――――』
「ま、いちいち付き合う気はないけどね」
『え』
しかし、その怒りを顕わにすることはできませんでした。
なにしろ次の瞬間にはレンリとユーシャの肉体が風船の如く膨らみ、そして大爆発を起こしたのです。彼女らがいた建物が丸々吹き飛んで跡形も残らないほどの熱と衝撃。レンリとユーシャの身体は肉片の一つも残さず燃え尽き、また完全に不意を突かれた敵も爆発に巻き込まれて、全身を大きく損傷させながら数十メートルも先の道路に落下しました。
『い、今のは……?』
「ふむ、両手足を失ってもダメージを気にする素振りはなしか。やはり、ここにいるキミだけを倒しても大した意味はなさそうだ」
『え、なっ……!?』
と、路上に転がっている偽ゴゴの顔をすぐ間近からレンリが覗き込んでいました。彼女は間違いなく数秒前に自爆したはず……いえ、そもそも人間が勝手に爆発することがおかしい。仮にそういう魔法があったとしても、さっきのような場面で安易に使うことなどあり得るのか。
「やあ、ユーシャ君。調子はどうだい?」
「うん、ぼちぼちだ。でも、ゴゴに似た人は元気がなさそうだな」
今度はユーシャが何事もなかったかのように現れました。
健康そのもの。首の辺りを見ても傷ひとつありません。
「そうだね、何か変なものでも見たのかい? 例えば、こんな風な」
「うん、さっきのはこんな感じだったかな?」
敵が会話に口を挟む間もなく、今度はユーシャがレンリの首を手刀で落としました。落ちた首はコロコロと転がって、地面に倒れたままの偽ゴゴと目が合った途端にニヤリと笑うと……また爆発。残されたレンリの首から下とユーシャの肉体も同時に、です。
『ぐ……ぁっ!?』
二度の大爆発に巻き込まれた敵は四肢に加えて頭部の下半分と胴体を焼失。
いくら自分の『世界』の中では不死身とはいえ、これしか残っていないのでは何もできません。
とはいえ、それだけなら先程レンリが分析した通り大したダメージではないのです。
実際、どこからともなくゴゴと同じ姿をした個体が同じ場所に現れて、大きく欠損した先程の個体に接触、触れた手の先から燃え残った部分と融合して回収していました。
「へえ、そうやって自分同士で合体したりできるんだ。残っていたエネルギーを回収して新しい身体で使えるとかかな? 合理的ではあるけど、それってつまりリソースの有限性を示す証拠でもあるよね。いざとなれば新しい身体を創れなくなるまで削り続けるゴリ押し戦法もアリといえばアリか」
ですが、そんな敵の背後からまた先程と同じようにレンリの声が……。
『……やめましょう。姉さん』
「おや、流石に露骨すぎたかな? まあ、バレてしまったら――――仕方ないの。でも、偽物に姉さんと呼ばれる筋合いはないの』
新しい身体になって仕切り直したおかげでしょうか。
ここでようやく敵もこの卑劣な仕掛けの正体に気付いたようです。
レンリに変身していたウルも普段の姿に戻りました。
先程の不可解な出来事も分かってしまえば単純なトリックです。
レンリがユーシャを刺した……ではなく、レンリに変身したウルが、ユーシャに変身したウルを刺しただけ。いくら見た目が同じでも、ウルが首をナイフで刺された程度で死ぬわけがありません。
『あ! 我の名誉のために一応言っておくけど、さっきのメチャクチャ性格の悪い卑怯な作戦は全部我じゃなくてお姉さんが考えたやつなのよ! そこは勘違いしないで欲しいの』
レンリもユーシャも、最初から敵の目の前にノコノコ出てきてなどいなかったのです。シモンの技で他の仲間と一緒に姿を隠し、安全圏に身を置きながらリアルタイムでウルからの報告を逐一受けつつ演技の指示を出していただけに過ぎません。
そして作戦の大筋そのものはモモが引っ掛かった罠の意趣返し。モモの時は事前に気付いて不発に終わったとはいえ爆発というアイデアを盛り込んでいたり、姿を変えた自分同士で悪趣味な加虐を行なったと見せかけて相手を挑発したりなど。敵は自分が仕掛けた罠をほとんどそのまま返されていたというわけです。
ちなみに自爆したのはウルが敵に取り込まれるのを避けるための用心でもありました。
ドラゴンブレスの応用で熱を体内に発生させ、体外に熱を放出して敵を攻撃するのではなく体内に圧縮、自分自身を一片残らず燃やし尽くすべく溜め込んだ威力を解放させたのです。まあ、ぶっつけ本番だったせいで想定していたよりも威力が出過ぎてしまい、建物を派手に吹っ飛ばしてしまったのだけは誤算でしたが。
『だから我を攻撃しないほうが良いのよ? 何かされそうになったら戦わないで即ドカンするように言われてるの』
『それは、まあ……しませんが。レンリさんは結局何がしたかったんです?』
『え、さあ? 我は理由までは聞いてないの。多分嫌がらせとかじゃないかしら?』
『えぇ……正気ですか……』
『それについては我も常々怪しいんじゃないかと……え、違うの? ちゃんと説明するから伝えろ? はいはい、何かそういうことらしいの』
目的が嫌がらせだったとしたら目論見は大成功ですが、流石にそれは違います。
まあ本命の目的を果たすついでに必要以上の嫌がらせを盛り込んでいたことは否定できませんが、レンリには他の目的もちゃんとありました。そして先程のウルを介したやり取りの中で、その目的はきちんと達成されていました。
目的とは無論、勝ち筋の補強。
その裏付けとなる情報の獲得です。
『じゃあ、またいつものプリティな我からお姉さんに変身して――――っと、では種明かしを始めるとしようか」
ややこしいですが、ウルが再びレンリに変身しました。
別にウルの姿のまま説明を伝えさせてもいいのですが、途中でウルの反応がいちいち挟まるのも話のテンポが悪くなりそうです。こちらの姿で話したほうがスムーズに進むことでしょう。
「と、その前に。まず前提として――――敵であるキミにわざわざ説明をするのは降伏を期待してのことだ。今から話すことを聞いて、素直に元のゴゴ君を返した上でそれ以上の抵抗をしないというなら、許す。まあ皆から一発殴られるくらいはするかもだけど、少なくとも命だけは保証すると約束しよう」
『そうですか。それはなんというか……お優しいことで』
「ふむ。今の時点でそう言われても頷けるはずもないだろうし、判断は全部聞いてからでも遅くはないさ。もはや勝ち目がないと悟ってからでもね」
ただ倒すだけならば敵に手の内を明かす必要はありません。
それにも関わらず話すのには、それなりの理由というものがあるのです。
「さて、色々あって何から説明したものか迷うけど……そうだね、まずはキミがどうしてゴゴ君の姿を真似ているのか。そこから話していこうか」
騙し討ちだけが目的ならば、最早『ゴゴ』を続ける理由はない。
だというのに敵は今もゴゴの姿でい続けていますし、喋り方から行動までなるべくオリジナルに近い振る舞いを心掛けているようにも見えます。
それは何故か。
誰かが誰かの真似をする最大の理由とは、つまり。
「学ぶは真似ぶ、なんて言い回しもあるっけ。どんな分野でも、新しい何かを覚えるためには先人の真似をするのが手っ取り早いってものさ」
学ぶために真似る。
それがレンリの考えでした。
しかし、そうなると次なる疑問が出てきます。
「で、当然の疑問としてキミがゴゴ君の真似をすることで何を学んでいたのか。それは、もうそのままだろう。喜怒哀楽、その他諸々。もっとも他の感情はさておき、ゴゴ君は滅多に怒りを顕わにするタイプじゃないからね。いくらキミの中にゴゴ君がいて記憶だか記録だかを読めるとしても、今の状況下で実際に怒りを演じるシチュエーションは作りにくい。そこの穴埋めをするために代用としてモモ君を過剰に挑発して怒る様子を観察したんだろうけど、いくらなんでも露骨すぎたんじゃないかい? 話を聞いた限りでも、そこだけ明らかにゴゴ君らしくなかったわけだし。ついでにモモ君も取り込みたいって欲が出ちゃったのかもだけど、ちょっとばかり判断が雑だったね」
ここまで言えば最早明らかでしょう。
敵が執拗なまでにゴゴを真似ていた理由とは、
「心、だろう? 心を真似ることで心を学ぶ、か。なるほど興味深い発想だ」
心を真似て心を学ぶ。
迷宮達は人間と同じような心を持っています。
ならば正確に言動を真似ることで、心ない何者かが心を学ぶ参考になるかもしれません。実際の可否はともかく、試してみる価値くらいはありそうです。
とはいえ、その考えが正しいとなると連鎖的に謎が増えてくるのですが。
そもそも、ゴゴを真似ている何者かとは何なのか。
それがどんな理由で心を得ようと思ったのか。
「さて、それじゃあ次の疑問に移るとしようか」
レンリの謎解きはまだ始まったばかりです。
というわけで前回の地の文での二つの嘘は「レンリ」ではなく「レンリに変身したウル」と、「ユーシャ」ではなく「ユーシャに変身したウル」でした。




