それは、いったい何のために?
※注意。今回の話は地の文に二つの嘘があります。
◆◆◆
高い建物の屋根の上。
レンリがユーシャを人質にして敵を脅迫していました。
目の前に敵の姿はありませんが、そもそも今はこの街そのものが敵の『世界』。これだけ目立つ形で騒いでいたら気付かないはずがないでしょう。
「さあ、どうせ見ているんだろう? 早く出てこないとグサリだよ!」
「うーん、怖がるというのはやったことがないから難しいな。よし、とりあえず刺されるのは困るので早く出てきてくれ、敵の人」
とはいえ、その演技はお粗末そのもの。
こんな三文芝居で騙せる相手などいるはずがありません。
罠を疑われて完全に無視されるか、あるいは遠距離から何かしらの攻撃を飛ばして一方的に仕留めることも難しくはないでしょう。
そもそも敵がゴゴの姿や言動を真似ていた理由が騙し討ちであるならば、その役割は上空の迷宮内でモモを引っ掛けた時点で終わっています。まあ、その時はヒナの機転と幸運に助けられて結局モモを取り込むことに失敗したわけですが。
敵もまさか同じ手が何度も通じるとは思っていないでしょう。
わざわざ白黒二人のゴゴなどという手間をかけてまで罠に掛けた周到さは恐るべきものですが、手口を知られてしまえば同じ手は通じません。モモから他の皆への情報の共有は終えていますし、いくらか応用を利かせたところで似たような罠が通じる可能性はもはや皆無に近いとすら言えます。それはつまり、もはや敵がゴゴになりすます理由そのものが失われたことをも意味するはずでなのですが……しかし。
「やあ、思ったより早かったじゃないか」
「おお、ゴゴ。いや、ゴゴじゃないんだったか? ええと、ゴゴによく似た人」
『……いや、二人とも何をやっているんですか?』
敵は来ました。
姿は先程モモが倒したのと同じ黒い衣装のゴゴ。
先述のように騙し討ちの成功が見込めない以上、もはやゴゴの演技を続ける意味はない。それどころか、この場に現れる意味すらない。にも関わらず、未だにゴゴの姿でゴゴのような言葉を口にしています。
「何って、見ての通り人質作戦さ。ゴゴ君は随分とユーシャ君を気にかけていたからね。こうして脅せば降伏してくれるかもしれないとか思ったり? ええと、あとは何かこう、キミの中に元のゴゴ君の人格的なやつが残ってたら、ユーシャ君のピンチに反応して隠された底力的なやつを発揮して人格を乗っ取り返してくれないかなぁ、とか?」
「うん、そういうことらしいぞ。ナイフが刺さったら、きっとすごく痛くて血がいっぱい出るから、ゴゴによく似た人は早く言う通りにしたほうがいいと思うぞ」
『……いやいや、せめてもうちょっと真面目にやってくださいよ。そんな三文芝居で我を騙せるわけがないでしょう』
もちろん、こんな三文芝居で騙せるはずがありません。
そもそもレンリ達に騙す意思があるようにすら見えません。
だというのに、敵は未だに『ゴゴ』を続けています。
『他の皆さんの姿は見えませんね。でも、周囲に隠れて我が出てきたところを囲むつもりというわけでもなさそう……いえ、そもそも我の「世界」の中にすらいない?』
「あ、やっぱりそういうの分かるんだ? なかなか便利そうじゃないか」
『悠長に地上や空中を移動した形跡はありませんし、ライムさんの空間転移で「世界」外にまで飛んだか……向けられた認識そのものをシモンさんが斬っているか。お二人だけを置いて逃げるとは思えませんし、多分後者ですかね。だとすると少々面倒ではありますけど』
「まあ、シモン君がすぐ近くにいないと全員の姿を隠し続けるのは無理らしいし、見たり聞いたりできないってだけで本当に消えたわけじゃないからね。規模の大きい攻撃を当てずっぽうで繰り返してるだけで炙り出すことは出来るだろうさ」
敵の推測は当たっています。
レンリとしても隠すつもりはありません。
現在レンリとユーシャを除く皆は、シモンが自分達に向く『認識力』を斬ることで居場所を隠しています。こうしている今もすぐ近くにいるのかもしれませんし、偽ゴゴの背後から不意討ちで斬りかかれば『世界』との接続を断って、今ここにいる個体だけなら倒すことも可能でしょう。
ですが、その必要はありません。
見るべきポイントは他にありました。
敵は未だに続ける必要のない『ゴゴ』を続けています。
『……どうも、やりにくいですね。レンリさん達が何をやりたいのか我にはサッパリ分かりません。というか、もし実際にはやる気がなかったとしても「本当に刺すかもしれない」と思わせなければ人質に意味なんてないじゃないですか。なんですか、その騙す気の感じられない演技は』
まったくの正論です。
ただ危険なだけで何の益もない愚行。
人質が云々と言うならば、それこそ今ここで偽ゴゴがレンリかユーシャのどちらかを人質に取って、姿を隠しているシモン達を誘き出すこともできるでしょう。
ですが、見るべきポイントはそこではありません。
敵は未だに『ゴゴ』を続けています。
「そう、キミの言う通りさ。こんな人質作戦なんて通用するはずがない。もっと本気の演技をしてたところで同じだろうね。役者ならぬ私達が『本当に刺すかもしれない』なんて思わせるのは、まあ無理だ。そもそもゴゴ君を模しているだけのキミにとっては、ユーシャ君が本当に刺されても不利益があるわけじゃないしね。というわけで、ユーシャ君?」
「ああ、いつでもいいぞ」
敵は未だに『ゴゴ』を続けています。
レンリはそれを改めて確認すると、
「そして、だからこそ……刺す意味がある!」
『……な、なんっ!?』
手にしたナイフを、本当にユーシャの喉へと突き立てたのです。
刺したフリだとか、刃が引っ込むオモチャだとかでもありません。重要な血管や神経の隙間を通して致命傷を避けるような神業がレンリにできるはずもありません。鉄の刃は間違いなく喉を深々と抉っていました。
その瞬間の敵の表情。
その驚愕、その絶望を見誤るはずもありません。
本当のゴゴが同じ光景を見たら、間違いなく同じ顔をすることでしょう。
敵は未だに『ゴゴ』を続けていました。
真似は、いったい何のために?
◆◆◆
「人が人の真似をする一番の理由ってなんだと思う? ま、今回はどっちも人じゃないけどね」
誰かになりすまして騙すため。
まあ、それもまったく無いわけではありません。
しかし人が誰かを真似る理由としては、あくまで例外。
そんな良からぬ目的で他者を真似る人間は決して多くはないはずです。
けれど世の多くの人が他者の真似などしないかというと、決してそんなことはありません。
ほとんどの場合はその自覚すらないでしょうが、それは古今東西、あらゆる時代や場所でごく当たり前に行われてきました。これから先も人類が続く限りは間違いなく。あるいは人に限った話ですらなく、様々な獣や鳥でさえ半ば本能的にしていることなのです。
敵がゴゴを真似ていた最大の理由とは、すなわち――――。




