《追加報告・ネムの場合》と正義の新戦術
「勝ち筋が見えた」
レンリの口からそのような言葉が出てきました。
敵は何をどうすれば勝てるのかも不明な謎の存在。
例えば黒く染まったゴゴの姿をした何者か、地面から生えてくる無数の『腕』、あるいは上空に浮かぶ巨大迷宮、その全てを一片すら残さず打ち砕いたとしても、それで勝てるのかは分かりません。
ましてや、敵に乗っ取られていると推定される元々のゴゴを無事に取り戻すという条件が加わるとなれば、完全勝利への道筋は困難を極めるでしょう。もし敵を倒せたとしても、ゴゴや仲間達や街の人々、その一つでも犠牲にするようでは敗北に等しいとすら言えます。
レンリが口にした「勝ち筋」とは、そうした勝利条件全てを満たすもの。完全なる勝利へと至る道筋ではあるのですが……しかし、まだまだ全ての謎が解明されたわけではありません。
「この考えを補強するための材料が欲しいかな。今のところ根拠となるのはモモ君達の感覚だけだからね。100%確実な物的証拠とまでは言わないけどさ、せめて状況証拠でも構わないから一つか二つ」
結局、最後は一か八かの賭けに出ざるを得ないにせよ、その決断を下すのは今ではありません。もし賭けに勝てば今この瞬間に勝利が確定するとしても、です。
故に、必要なのは判断材料。
つまり、この後もこれまでと基本方針は変わりません。
必要な情報を集めて、分析して、考える。
その具体的な方法についてですが……。
『はいっ! はいっ!』
「え、なんだいネム君? そんな元気良く手を挙げて」
具体的な作戦内容にレンリが触れるより前に、ネムが大きな声と共に元気良く手を挙げました。正直、彼女に苦手意識(※「嫌い」ではない)があるレンリとしては、あまり聞きたくはないのですが、そういうわけにもいきません。
『レンリ様、我も皆様みたいにお話がしたいです!』
「なるほど、そういうことね。言われてみれば、そもそもキミが何でここにいるのかとか、まだ聞いてなかったっけ」
どうやらネムは皆がこれまでの出来事について話すのを聞いて、自分でも真似をしたくなったのでしょう。恐らく、そういう遊びとでも思っているものと思われます。
レンリや他の皆としては悩みどころです。
時間の余裕は恐らくごく僅か。上空の迷宮の修復具合を見る限りでは、もういつ攻撃が始まるか分からない状況です。合理的に考えるならばネムの頼みを断るべきかもしれません。
ネムの性格上、ここで望み通りに話を聞いてあげなかったとしても機嫌を損ねるようなことはないでしょう。まあ機嫌の良し悪しなどに関係なく常に暴走の危険がある以上、まったく安心できるものではありませんが。
「うん。じゃあ聞かせてもらおうか」
しかし、レンリはあえてネムの話を聞くことにしました。
彼女がこの場に現れた理由など、たしかに分からないことはあるのです。今はどんな情報がどのようなヒントになるかも分かりません。
『はいっ! それでは皆様、お耳を拝借』
◆◆◆
《追加報告・ネムの場合》
『ええと、今日これまでにあったことをお話するのですよね? まず朝ご飯にコーンフレークを山盛り二杯頂きまして。パンやお米もいいですけれど、たまに食べると美味しいですよね。それでデザートにはヒナお姉様から頂いた果物を』
「ネム君、手短にね? その辺の情報はたぶん端折ってもいいやつだから」
『あら、そうなのですか?』
いきなり重要度の低そうな情報が来ました。
まあしかし、この程度であれば質問の仕方で克服できます。
「今日あったことでも割と新しめの……そうだね、具体的にはここ一時間、いや三十分以内くらいで何か目立ったことはなかったかい?」
『それだけでよろしいのですか? じゃあ、我のオススメおやつレビューはダメそうですわね……』
「うん、それは興味なくもないから個人的に今度聞くね」
ネムは珍しくちょっとだけ残念そうにしています。
が、ここは心を鬼にして時間と内容を絞るしかありません。
『ええと三十分前というと……ああ、そうでしたわ。いつものようにモモお姉様と我の迷宮で新装開店の準備をしていましたの』
「新装開店って、迷宮の?」
『はい! 近日リニューアルオープン予定ですわ』
「それはそれで興味はなくはないけど、『いつものように』ってことは今日起きた事件とは関係なさそうかな。続けて」
ある意味重要そうな情報が出てきました。
しかし、今回の事件には関係なさそうです。
レンリは話の続きを促します。
『砂漠に穴を掘ったり穴を埋めたりをずっとしていたら、モモお姉様が急に倒れてしまわれて。それで全然起きなくて』
「モモ君、心当たりは?」
『あ~……それは多分、モモが身体を乗っ取られかけてた時なのです。侵食を受けると別の場所にいる他のボディにも機能不全とか起こるっぽいですね』
「なるほど、その話は有用といえば有用か」
だとすると、例えばウルが大量の分身を生み出して人海戦術で敵の迷宮を攻めるような手は悪手でしょう。一体でも侵食を受ければその時点で他の分身全てが機能停止に陥る危険があります。
『いくら声をかけてもモモお姉様が起きていらっしゃらないので、日差しを避けて快適にお昼寝できるように、ひとまず掘っていた穴の底に埋めまして』
『いや、その理屈はおかしいのですよ……って、うわ、本当にあっちのモモ生き埋めにされてるっぽいのです。真っ暗だし、ロクに身動き取れないし。ネムってば、どんだけ深く埋めたんですか』
ともあれ、これで謎が一つ解けました。第五迷宮にいるモモに異常が発生し、それでネムは他のモモの様子を確認すべく行動したのでしょう。
『いやまあ、細かいことはともかく、それで心配してこっちのモモの様子を見に来てくれたって感じですか。それは何というか……どうも、ありがとなのです』
『いえいえ、別に心配とかは。ですけど、モモお姉様に聞かないと改装の工程が分かりませんので。また図面を風に飛ばされてしまいまして』
『……そですか。いや、まあいいんですけどね? モモは全然気にしてないですし?』
「ネム君、モモ君がメチャクチャ気にしてるから、そこは嘘でもいいから心配で来たってことにしてあげてくれないかい?」
『はぁ!? 気にしてないって言ってるじゃないですか! はい、この話は終わりなのです!』
と、いうわけで。
意外にも役立つ情報がちょっぴり増えて、ネムからの報告も終わりました。
◆◆◆
そうして、いよいよ戦いは後半戦へ。
目標はレンリの見つけた「勝ち筋」の補強。
そのための具体的な作戦はというと……。
「じゃあ、皆。今言った通りに頼むよ」
「ええ……」
誰ともなく嫌そうな反応が出てきました。
まあ、レンリの提案を聞けば無理もないでしょう。その作戦というのが、いくら街や仲間を救うためとはいえ、加担するのに抵抗を覚えずにはいられないほど卑怯なものだったのです。
「この作戦の要はユーシャ君だよ。キミにしか出来ない役目だ。頑張ってくれたまえ」
「うん、わたしは頑張るぞ!」
しかし、この通り作戦の要となるユーシャが乗り気である以上、他の面々も渋々ながら従わないわけにもいきません。ここまでの戦いであまり活躍できなかったユーシャは大いに張り切っていました。
◆◆◆
数分後。
街でも一際高い建物の屋根上にて。
「あっはっは、これは困ったな! ゴゴ、助けてくれ!」
「はっはっは、どうだい人質の命が惜しければ今すぐ武装を解いて投降したまえ! おおっと、ちょっとでもおかしな真似をすればユーシャ君がどうなっても知らないよ?」
人質であるユーシャの喉元に抜き身のナイフを突き付けながら、とても楽しそうに敵を脅迫するレンリの姿がありました。




