《戦時中間報告・レンリとウルとルグとルカとユーシャの場合》と《ヒナとモモの場合》
空を見上げてみれば第二迷宮の様子はだいぶ様変わりしています。
単に壊れた箇所が元通りになったというわけでなく、元は球形だった表面のあちこちに鋭い刃や砲塔を思わせる突起物が幾千万と生え、どんどんと物々しい形状へ。あちらも第二ラウンドへ向けて着々と準備を進めているということでしょう。
あくまで見た目からの大まかな目安ですが、破損個所の塞がり具合からして既に修復及び改造は半ば以上完了していると考えていいはずです。
しかし、だからといって焦りは禁物。
今は話し合って考えることこそが戦いなのです。
敵が強そうだからと慌てて手を出すようでは勝てるものも勝てません。
というわけで。
さあ、引き続きサクサク行きましょう。
◆◆◆
《戦時中間報告・レンリとウルとルグとルカとユーシャの場合》
「よし、ここならいいだろ」
「う、うん……」
時間は二十~三十分ほど遡ります。
具体的には、街の東側にある倉庫街でルカがモモを打ち上げた直後あたり。
その仕事を終えたルグとルカは当初の作戦通り、なるべく敵から見つかりにくそうなとある商店の地下室に息を潜めていたのですが、
『あっ、見つけたの!』
「な!? ……っと、なんだウルか。敵かと思った」
「ウルちゃん……ど、どうしたの?」
隠れて間もなく、二人を探してウルがやってきたのです。
より正確にはいつもの人型ではなく、ウルが肉体の一部を鳥の姿に変えて飛ばした分身体ですが。その気になれば床や壁や地面の下まで見通せるウルにとっては、二人を見つけるのも難しくはなかったようです。
『我は伝令なのよ。えっとね、お姉さんが、お家から持ってきて欲しい物があるんだって。はい、これがそのメモとカギなの』
「レンが?」
ウルの用件はレンリからの伝言を伝えることでした。
渡されたメモ(工房のカギと一緒にウルが丸呑みしてお腹の中に隠していました)には、マールス邸の庭にあるレンリの工房内のどの棚の何段目から何を持ってくるように云々、といったような内容が書かれています。
「まあ行けっていうなら行くのは全然構わないけど、俺達よりウルが行ったほうが早くないか?」
『我は前にお姉さんの工房で一人野球大会やってから出禁になってるの。自分で投げたボールに追いついてホームランを……それで今も絶対入らないで伝えたらすぐ帰ってくるように言われてるの』
「そ、そう……なんだ?」
まあ気になる部分もないではありませんが、ルグ達としては特に断る理由もありません。地下室を出て表に身を晒すことで敵に狙われる危険度合いが多少上がるにせよ、こうしてウルにもあっさり見つかったわけですし、どこにいようが誤差程度の差でしょう。
それに地下でずっと怯えて隠れ続けるよりは、与えられた仕事に集中しているほうがまだ気分も紛れるというものです。
「ええと、大きいほうの棚の一番上の……すまん。ルカ、俺の代わりに取ってくれ。棚が、高い……」
「ル、ルグくん……わたしは、気にしないから……」
「その気遣いはありがたいけど、これは人がどうとかというより俺の個人的なプライドの話というか……ああ、その左から三つめの瓶な。それと二つ隣の緑のラベルが貼ってあるやつも。で、それの次は――――」
お遣いの詳細については割愛しても問題ないでしょう。
道中のそこかしこに生えている『腕』が不気味ではありましたが、ルグ達に気付いていないのか、あるいはそもそも関心を持たれていないのか、すぐ近くを通っても反応らしい反応はありませんでした。
特に何事もなくマールス邸の庭に建つレンリの工房に到着し、メモに書かれている通りの薬品や実験器具を工房内に置かれていたトランクに緩衝材と共に詰め、そして更に数分後には無事にレンリ達と合流を果たしていました。場所は後に皆が食事休憩を取っているのと同じ道路上です。
「やあ、思ったより早かったね。お遣いご苦労さま。ご褒美に頭でも撫でてあげようか?」
「いらん。で、レン。持ってきたけどこれでいいのか? というか、ユーシャに何やらせてるんだ?」
「ん? 何って、実験の助手?」
ルグ達が来た時点で、別の場所に隠れていたはずのユーシャも一足早くレンリと合流していました。どうやら彼女もウルの伝令で呼ばれて来たようです。それは、まあ良いのですが……。
「レンリ、これでいいのか? もっと捕まえてくるか? レンリはいっぱい食べるからな!」
「ああ、ひとまずはそれくらいでいいかな。ご苦労さま。あと流石の私も食べるために集めてもらったわけじゃないからね、その『腕』」
一足先に実験の手伝いをしていたユーシャは、そこらの地面に生えている『腕』を引っこ抜いては、近くの店屋や工房などから借りてきた鎖やロープでグルグル巻きにして動けなくしていました。
集めた『腕』の数は全部で三十本くらいはあるでしょうか。
水死体を思わせる青白くブヨブヨとした質感の肌に、ところどころ皮膚が破れて中の筋肉や骨が露出しているグロテスクそのものな外見……にも関わらず、ユーシャは特に気にした様子もありません。
ルカ譲りの剛力で『腕』を鎖で締め上げ、その過程であちこちの骨が折れたり指が千切れたりしてもお構いなし。その光景をまともに見てしまったルカが顔を青くして卒倒しそうになっているのとは対照的です。
「じゃあ、待っていた品物も届いたし早速楽しい実験タイムといこうか」
そう言うや、レンリは手際良くルグ達が運んできた薬品をガラスのビーカーに注いで混ぜていきました。化学や魔法薬学の知識などさっぱり分からない皆は見ていることしかできませんが、
「よし、できた! じゃあ、ユーシャ君。これを、そうだね、そこの小さめの『腕』に少しずつ垂らしてくれたまえ。とりあえず、思いついたやつから反応を見ていこう」
「うん、分かったぞ! で、これって何なんだ? 美味しい物か?」
「うーん、私も飲んだことはないけど多分美味しくはないかな。ちなみに、それは濃硝酸と濃塩酸の混合液ね。金をも溶かす、いわゆる王水ってやつ。目に入ったら失明するかもだから、ちょっとずつ慎重にかけるんだよ」
「よし、慎重にだな!」
ユーシャがバシャリと豪快にビーカーの中の王水をかけると、『腕』はジタバタともがいた末に何本かの指が溶け落ちてしまいました。ここだけ見ると、まるで捕虜に対する悪質な虐待のように見えなくもありません。またも直視してしまい倒れかけたルカを、慌ててルグが支えています。
「なあ、レン。結局それって何の意味があるんだ?」
「だから実験さ。ほら、そこに転がってる指を見てみたまえよ。なかなか興味深い結果だろう?」
ルグが嫌々ながら『腕』から溶け落ちた指に視線を向けると、たしかに驚くべき現象が起きていました。なんと落ちた指の指先から新たに極小の指が生え、手首や肘と思しき関節が発生し、ほんの数秒で新たにミニサイズの『腕』となっていたのです。よくよく見れば王水で溶け落ちたものだけでなく、先程鎖で締め付けられて千切れた指も同じように変形しています。
「見たかい? なかなか興味深い現象だろう。じゃあ、次は別の薬品で――――」
その後にも何種類かの薬品で実験を行いましたが結果は概ね同じ。
『腕』はミリ単位まで小さく切り刻んでも死ぬことはなく、新たに小さな『腕』と化すのみ。ほんの僅かな皮膚片や肉片、骨片でも同様。また小さくなった『腕』同士を接触させると、融合して大きくなる性質も判明しました。これは、つまり……。
「やあ、ちょっと楽しくなってきちゃったな。それにこれくらい小さいのだと見慣れてくると意外と愛嬌もあるっていうか。どれ、次は趣向を変えてメスで攻めてみようか。完全に切断する以外にも半分くらい切れ込みを入れたらどうなるかとか、傷口を焼いたり凍らせたりも試してみないと」
「いや、いやいやいや。そろそろ本当にルカが限界だから! レン、お前いい加減に止めとけよ。というか、結局お前何やってんのマジで? ユーシャも、こいつに言われたことに全部従う必要はないんだぞ?」
「ははっ、いや、すまないね。つい興が乗ってしまったよ。ええと、それで元々の主旨だっけ? それはまあ、見ての通り不死性の検証と倒し方の調査だね。結果については――――」
結果についてはご覧の通り。
この『腕』の倒し方は分からないということが分かりました。
◆
「いや、それはおかしいぞ」
まだレンリの話の途中ですが、シモンがその内容に対して反論しました。
「俺がさっきあのデカいのを倒したろう? あれはどうなんだ?」
シモンが違和感を覚えたのも無理はありません。
レンリが数々の実験を行なった直後、シモンは新しい剣で全長数キロはあろうかという超巨大『腕』を消滅させているのです。実際に倒せた以上、今の話における「何をしても殺せなかった」という内容と食い違います。
「まあまあ、慌てるものじゃないよ。話はまだ途中だからね」
しかし、レンリの話にはまだ続きがありました。
不死身の『腕』の倒し方。
それに加えてモモを救った治療法の発見についても。
レンリがそれらに気付いたのは、更に少しだけ先の話になります。
◆
レンリ達の実験がひとまず「完全に倒し切るのは無理」という方向で決着しかけた直後のことです。上空の迷宮が大きく壊れてモモを抱えたヒナが飛び出してきました。
『あっ、二人が危ないの!』
「そうなのかい?」
とはいえ、その様子を目視できたのはウル一人だけ。
単純に距離がありすぎて普通の人間の視力では見ることができません。
ルカの身体強化は筋力の強化に偏りすぎていますし、聖剣なしのユーシャも同様。レンリとルグに関しては言うまでもないでしょう。
『間に合うか分からないけど、ちょっと我が行って……』
「いや、それには及ばぬ」
ですが、ウルが飛び出す直前に援軍の到着が間に合いました。
「ここは俺達に任せておくがいい」
「ただいま。これ、お土産」
「ありがたい、ちょうど小腹が空いてきたところだったんだ。あ、これ新しい剣ね」
「うむ、確かに。なんとも忙しないが、まあ積もる話は後でということでな」
「じゃあ、助ける。二秒」
このジャスト二秒後。ライムの蹴りが巨大剣の横っ腹に突き刺さり、その後に関してはすでに語られた通りです。問題は、レンリの実験結果に反して超巨大『腕』が消滅したこと。その現象を目の当たりにしたレンリは『腕』の不死性に関する新たなヒントを得ることになりました。
「復活や再生する様子はなし、と。ある程度以上の大きさになると不死性を喪失する? いや、それならそもそもリスクを考慮せずに合体なんてするかな……ということは、原因は『腕』そのものじゃなくてシモン君のほうにあるとするほうが自然か。彼の技の性質と、あと最初のゴゴ君の発言からすると……ああ、そういうこと」
この考察の答え合わせはすぐ済みました。
「モモをこの『世界』から切り離す? まあ、やってはみるが」
レンリの仮説通りにシモンが一時的にこの『世界』とモモとの繋がりを断つと同時、彼女の体内を蝕んでいた黒液は存在を維持できなくなって消滅しました。『腕』や黒液や、もしかしたら偽ゴゴ達も、この『世界』の内部に現れた異常な存在の数々は、この『世界』の内部でしか存在を維持できないということなのでしょう。
◆◆◆
不死身かつ無尽蔵とすら思われた相手の明確な弱点。
今のところ、その弱点を狙って攻撃できるのはシモン一人しかいないとはいえ、この発見は戦略上においても非常に大きな意味を持つことでしょう。
「なるほど、あれはそういう意図だったのだな。ならば、そこらに落ちている街の人々も俺が繋がりを断てば剣から元の姿に戻せるかもしれんな。どれ早速……」
「いや、それは待ったほうがいいんじゃないかい? 下手に戻してパニックにでもなったら面倒だし。剣のままのほうが頑丈だから怪我の心配とか少なそうだし」
「む、それもそうか」
街の人々の救出に関しても可能性が出てきました。
敵を倒せば勝手に元に戻ればいいのですが、そうではない、という可能性だってあるのです。使えそうな手札は多いに越したことはありません。
『これで、お終いかしら?』
『じゃあ、お次はモモとヒナの番なのです』
そして地上組の話もこれで一段落。
お次は上空の迷宮で戦っていたヒナとモモの迷宮組です。
◆◆◆
《戦時中間報告・ヒナとモモの場合》
全てはすでに語られた通りです。
二人は起きたことをそのまま皆に伝えました。
◆◆◆
敵が使う騙しの手口。
攻撃や追跡の様子など。
新たに得るものは色々とありました、が。
「……ヒナ君。モモ君も。それ、本当に本当かい? 『そうであって欲しい』って願望とか曖昧な推測じゃなくて、明確な事実として」
『モモ的には間違いないと思うのです。あくまで感覚の話なので客観的に証明可能な証拠をここで出すってわけにはいかないですけど』
二人の報告のとある箇所にレンリは大きな衝撃を受けていました。一緒に聞いていた皆は迷宮内での出来事の何に対してレンリがそんなに驚いたのか、まだ理解が追いついていませんでしたが。
「もし、それが真実なら全部の前提が引っくり返る……勝ち筋が見えた、かも?」




