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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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《戦時中間報告:シモンとライムの場合》


 さて、それではサクサク行きましょう。


 ◆◆◆


《戦時中間報告:シモンとライムの場合》


 時を遡ること数十分前。

 まだ今回の事件のことを何も知らなかったシモンとライムは、迷宮都市発・学都行きの列車、その一等客車の室内で呑気に昼寝をしていました。



「……む、いつの間にか寝てしまっていたか」


「私も」



 ここ最近、それぞれの親族や友人知人への挨拶回りで忙しくしていたせいでしょう。体力的にはともかく精神面での疲労は相当に溜まっていたようで、いつの間にやら二人揃って客室のソファで舟を漕いでいました。

 他人の目のない個室であるのを良いことに腕立て伏せやスクワットを何百何千と競うようやったりとか、健全と言える範囲内でイチャついたりとか疲労の原因は他にもありそうですが、それについては置いておくとして。



「はて、何やら妙に明るい気がするな?」


「ふしぎ」



 この時すでに彼らが乗る列車の位置は偽ゴゴが展開した『世界』の効果範囲内。空間そのものが奇妙に発光し、何かしらの異常事態が起きていることは空間内のどこにいようと一目で分かる状態でした。とはいえ、彼らが真に危機感を持つのはこの直後。



「よく分からぬが、腹の空き具合からするともう少しで到着する頃か。俺は今のうちに手洗いにでも……うぉ!?」



 シモンが客室のドアを開けると、通路には何本かの剣が散らばっていたのです。

 もちろん普通の剣ではありません。人間の目鼻や髪の毛などが刀身に浮き出ており、おまけに楽しげな声まで発しているのです。とはいえ、相手が話しているのは幻覚の中の誰か。シモンが呼びかけてみても会話が成立することはありませんでしたが。



「あまり考えたくはないが……これ、人間だよな?」


「たぶん」



 変化の瞬間を目撃しておらずとも、その考えに至るのは容易でした。

 悪趣味な誰かのイタズラであれば良かったのですが、他の車両を見ても自分達以外に人の姿は見当たりません。まさか自分達を残して乗務員を含む全員が途中下車したということもないでしょう。そもそも迷宮都市と学都の間に他の駅はありません。



「おお、もう学都がすぐそこまで近付いてきたな」


「ん」


「まあ、都合良く運転士だけ無事というわけはないよなぁ……いや、だったら俺達だけどうして無事なのかも分からんが」


「なぞ」



 彼ら以外の全員が剣化したということは、今この列車にはブレーキをかける人間もいないということ。学都駅への到着までもう間もないというのに一切スピードを緩める気配がないことからも明らかです。

 シモン達だけなら走行中の列車から飛び降りる程度は危険のうちにも入りませんが、流石にノーブレーキの列車がそのまま駅へ突っ込むのを見過ごすわけにもいきません。後から考えれば杞憂だったにせよ、駅周辺に生身のままの人間がいたら脱線した車両や建造物の破片が直撃して大怪我をする可能性も考えられたのです。


 そうとなれば迷っているヒマはなし。

 シモン達は即座に先頭車両の運転室へと向かいました。

 運転士が動けなくなっているなら、自分達でブレーキをかけるしかありません。



「鍵付き扉か。まあ当然ではあるが」


 

 シモン達は知らぬことではありますが、以前にどこぞの列車強盗が騒動を起こした反省から、鉄道会社も新たな防犯対策を色々と講じていたのです。

 例えば車内の巡回に当たる鉄道騎士の見回り強化であるとか、走行中に一般客が貨物室に入れないよう施錠を厳重化したりだとか。一般の乗客に不自由や物々しさを感じさせない範囲で様々な工夫がされています。

 運転室や機関室の扉をより分厚く強固な物に取り換えたりといった変化もそうした対策の一環でした。頑丈さに定評のあるアダマンタイト合金製の扉は各国の王城や大商会の金庫室にも用いられるほどのシロモノ。複製不可能の専用のカギに加えて、あらかじめ魔力の形を登録してある乗務員の立ち会いがなければ外からは絶対に開きません。



「シモン。開いた」


「お、おう……まあ緊急事態ゆえ仕方あるまい」


 

 ライムは何事もなかったかのように腕力でこじ開けていましたが。

 頑丈さに定評のあるアダマンタイト製の扉は、熱した飴のようにぐにゃりと捩れています。まあ仕方がありません。シモンも言うように、これは必要な犠牲だったのです。



「ところで、ライムなら室内に転移して中から普通に開ければ良かったのではないか?」


「あ」



 実は不必要な犠牲だった可能性も出てきましたが。

 すでに破壊ってしまったものは仕方がありません。



「次から気を付ける」


「そもそも次の機会がないことを願うばかりだが……今はそれよりブレーキだ。ううむ、俺も馬車くらいならともかく列車の運転などさっぱりだからな。こうして見ても何が何やらだ」



 ともあれ、運転室に入り込めた二人は急いでブレーキを探します。

 室内には様々なスイッチやメーター類、レバーなどがあり、素人目にはどれがブレーキなのかまるで判別が付きません。床を見れば予想した通り運転士だったものと思しき剣が一振り転がっていましたが、たまたま都合良くブレーキの在処を独り言で喋ってくれるなどという幸運はあり得ないでしょう。


 こうしている間にも学都はますます近付いてきます。

 もう駅まで二分もかからず突っ込んでしまうでしょう。


 が、しかし。



「これは本……いや、運転士用の説明書マニュアルか! お誂え向きに図入りとはありがたい! 落ち着け、ブレーキの位置についてのページは……」



 ですが、ここでシモンが有用な発見をしました。

 列車の運転法について書かれた説明書を見つけたのです。

 もはや事細かに内容を確認しているヒマなどありませんが、今知りたいのは室内にある何を動かせばブレーキを作動させることができるのかという一点のみ。焦る心を抑えつつ猛烈なスピードでページをめくっていき、そして見事に目当てのページを発見しました。



「よし、分かったぞ。そこのレバーを思い切り引くのだ!」


「うん」



 ライムはシモンの指示通り、目の前のレバーを思い切り引きました。


 ブレーキレバーは根元からへし折れて引っこ抜けました。

 ライムの腕力で思い切り引けば当然そうもなるでしょう。

 ちなみに列車のスピードが緩んだ様子は一切ありません。



「……次から気を付ける」


「ああ、次の機会がないといいな!?」



 もう駅に突っ込むまでの残り時間は二十秒か三十秒か。

 列車を止めるためのブレーキはもうありません。



「……ううむ、仕方ない。これだけはやりたくなかったが」


「ん。仕方ない」



 なので、これは仕方のないことだったのです。

 二人とも最初から思い付いてはいたものの、出来るだけやりたくはなかった。やらずに済むのなら、それに越したことのない最終手段だったのですが、まあ仕方がありません。



「破片が街中に飛び散るようなのはナシだからな」


「ん。じゃあ、壊す」



 その最終手段とは単純明快。

 走行中の列車を走っている車内から壊して、物理的に走れなくしようというのです。


 まずシモンの重力操作で全車両に強烈な負荷がかかり、鋼鉄製の車両の車高がたちまち半分になるほどの力で押し潰されました。列車全体が凄まじい力でレールに押し付けられ、みるみるスピードが落ちていきます。

 それでいながら潰れているのはあくまで全体の上半分のみ。精妙な魔力のコントロールによって、人々が変じた剣や多くの荷物などは重力の影響を受けていません。シモンは緊急時においても周囲への細やかな気遣いができる男子なのです。


 一方、ライムも負けてはいません。

 運転室のすぐ隣の車両にある機関室の扉をこれまた力尽くでこじ開けると、駆動中の魔法装置に迷うことなく蹴撃一閃。この列車は地下の霊脈から吸い上げた魔力でお湯を沸かし、その蒸気圧を利用して動かす仕組みになっているのですが、その動力装置そのものを壁や天井をブチ破って車外にまで蹴り出されてしまってはどうしようもありません。

 ちなみに蹴り出された動力装置は、学都の上空を飛び越えて街の北側に広がる森の辺りに落ちたので、街中に被害を及ぼさないというシモンからの注文はちゃんとクリアしています。ライムは緊急時においても恋人への大雑把な気遣いができる女子なのです。



「ふう、なんとか無事に済んだようだな……いや、無事かこれ?」



 結果を見れば駅に着く直前で列車はピタリと停止。

 代わりに列車は見るも無残なスクラップへと成り果て、想定外の負荷がかかったレールは見える範囲だけでもあちこち千切れていましたが、これはいわゆる大事の前の小事。尊い犠牲というやつです。

 かなりの財産を持つシモンにしても列車は安い物ではありませんが、まあ最悪コスモスにでも借金をすれば弁償できないこともないでしょう。それこそ本当に最悪にして最後の手段ではありますが。



「まあ後始末については一旦置いておくとして、まずはこの街で何が起きているかだな。誰か事情を知っていて無事な者がいればよいのだが」


「いた」


「む? 言われてみれば覚えのある気配がちょうど駅の近くに。これは……案の定というか、やはりレンリ達のようだな。俺達も人のことは言えぬが、あやつらも大概トラブルに好かれる性質であるなぁ。どれ、どうせいつものように腹を空かせているだろうし、買ってきた土産でも持っていってやるか」



 というのが、これまでのシモン達の身に起きた出来事でした。

 この後の出来事については既に語られた通りです。






 ◆◆◆






 さて、ここまで話を聞いた反応はというと。



「ええと、キミ達はアレかな? 何かを破壊することでしか物事を解決できない哀しきモンスターとかそういうアレなのかい?」



 流石のレンリも呆れ顔を隠せません。

 他の面々も大体似たような反応です。



「違う。そういうアレじゃない」



 ライムは誤解を避けるべく訂正の言を述べていましたが。



「別に哀しくはない」


「破壊のほうは否定しないんだ」



 まあ、概ね正しい理解だったということでしょう。この話を聞いたことが今後の戦略を考える上で何の役に立つかというと即答しかねる状態ではありますが。その答えを出すのは、まだ少し先。これから他の皆の話を聞いてからのことになるはずです。



「じゃあ、次は地上組を代表して私が行こうかな。私とウル君と、ルー君とルカ君と、あとユーシャ君をまとめて一気にって感じで」



 そうしてシモンに続く二番手として手を挙げたのはレンリ。

 お次はモモ達が上空の迷宮にいた頃の地上組の動向についての報告です。



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― 新着の感想 ―
[良い点] この世界の列車が国営ならシモンの給与で弁償できるのだろうか? いや、この世界の列車が国鉄管理なのか民間なのかで賠償とか色々別れそう [気になる点] 事件はレベルを上げて物理で殴る夫婦に委ね…
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