極めて合理的な戦法
「え……えいっ……!」
『…………む』
背後から忍び寄ったルカの投石杖による強烈な近接打撃。
まともに直撃しさえすれば、いくら重厚感溢れるゴリラ姿のウルとはいえ、肉体の大部分を喪失するほどの損傷を受けることでしょう。
普通ならば回避された可能性が高いですが、今回は正面からの絶え間ないルグの連続攻撃でゴリラウルの注意が僅かに緩んでいました。二人の連携によって難敵ゴリラウルに少なからずダメージを与えることに成功したのです。
ただし、ダメージを与えたのはルカではありません。
「な……っ!? こいつ、自分から!」
正面にルグ、背後にルカ。
そして両者から同時に攻撃を放たれている状況では、いくら技量に優れたゴリラウルとはいえ、無傷で切り抜けることは不可能。
だからこそ、前方に倒れこんでわざとルグの剣に刺されに行くことで、より致命的なルカの一撃を回避したのです。
結果、角剣による刺突を下腹に受けて背中まで貫通しましたが、
「がっ!?」
「きゃっ……!?」
剣が刺さったまま身体を九十度反転。
その上、回転の勢いを乗せた掌打で、左右の二人に対して同時に反撃までしてみせたのです。
スピードが乗っていないために、“打つ”というよりは“強く押す”ような低威力の打撃でしたが、予想もしていなかった反撃を無防備で受けたルグとルカは、天を仰ぐように倒されてしまいました。
◆◆◆
「うーん、あれでもダメなのか。今のは惜しかったと思うんだけど」
『うむ、流石は我なの! でも、あの二人もなかなかやるのね。今のはちょっと危なかったの』
外野で観戦していたレンリと少女ウルも、ギリギリの攻防を見て手に汗握っていました。
ルグとルカの連携は未熟ながらも効果的でしたし、咄嗟に攻撃を喰らいにいき反撃に繋げるゴリラウルの状況判断も見事。
ダメージとしてはウルのほうが大きいですが、ルグも体力と魔力を少なからず消耗していますし、今のところはほぼ互角といったところでしょうか。やはり、スピード面での弱さを突いて手数で押す戦法が効果的だったようです。
「……ところで、ウル君。一つ確認したいんだが、いいかな?」
『なぁに?』
「試練の内容は『あの二人が私の造った武器を使って戦う』というものでいいんだよね?」
『うん? そうだけど、それがどうしたの?』
「いや、ちょっとあの剣がね……」
レンリが指差した先には、ルグの持つ試作聖剣がありました。
先程の連撃は刃筋を立てるも何もない乱暴なものでしたし、遠目からでも分かるほどに折れ曲がっています。無論、その状態からでも直るのが特性ではあるのですが、現在は肝心のルグに刃の修復に回すだけの魔力が残っていないようです。
「だから、ほら、こうやって……新しい武器を渡してもいいかなって」
レンリの手に握られているのは指輪型の使い捨て聖剣。
すでに変形も完了させています。
これを渡せば、魔力の残り少ないルグでもまだしばらくは戦えるかもしれませんが、
『うーん……』
少女ウルは何やら考え込んでいる様子。
つい先程、言葉巧みに弱点のことを聞き出されたことで警戒しているのでしょう。
『……構わぬ』
しかし、離れた距離から会話が聞こえたのか、あるいはウル同士で記憶を共有しているからか、ゴリラウルがレンリの提案に直接許可を出しました。
『え、いいの我?』
『うむ、我よ。相手が十全の状態であってこそ、我らも公正な判断を下せよう』
『うーん……まあ、我がそう言うなら別にいいけど、なんだか露骨に怪しいの……』
ウル同士の間でも無事に話がまとまりました。
これまでほとんど言葉を発していなかったゴリラウルですが、どうやら彼(?)は高潔な武人のような性格をしているようです。
「じゃあ、今から渡すけど後からやっぱり反則とかナシだよ? あと渡すときに近付くけど、私は戦わないから攻撃しないでね」
無事に新たな武器を渡す許可を得たレンリは、これ見よがしに使い捨て型の試作聖剣を持って、再度確認をしました。
『……構わぬ』
まあ、最後まで一度たりとも「この“剣”を“ルグ”に渡す」とは言っていませんでしたが。
「よし、この際だから全部使ってしまおう」
レンリは既に剣に形を変えた以外に装備していた指輪と腕輪をまとめて最大限に体積を拡大し、変形させ、
「ああ、ちょっといいかい? ルカ君、ちょっと耳を貸して」
「う、うん……? え、いいの……かな?」
「大丈夫、大丈夫。そこのゴリラ君本人がいいって言ってるんだから」
鎖を編んだ投網状に変化させた使い捨て試作聖剣をルカに渡し、
「じゃあ、二人ともあとは頑張ってね」
そして、元の観戦場所に戻っていきました。
◆◆◆
「ま、最初からスピードがないって分かってたら、もっと簡単だったんだけどね」
『ひ、酷いの……あんまりなの……』
そこから先の展開は一方的なものでした。
ルカが放った投網を無論ゴリラウルもかわそうとしたのですが、剣や杖と違って広範囲に広がる網は避けきれるものではありません。
無論、ルカには網を投げた経験などありませんでしたが、投げるのに必要な腕力は有り余るほどですし、狙いの甘さは面積で補えます。
それでも、頭上に投げられてから落下するまでの一瞬の間に範囲外に出ればまだチャンスはあったかもしれませんが、そのために必要なスピードがゴリラウルには欠けているのです。
捕らえられてから先も、どうにか脱出しようとしたり網を引き千切ろうとはしていたのですが、網の端をルカに引っ張られると簡単に転ばされてしまいます。これではロクに力を込めることもできません。
「なんていうか、悪い……」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
あとはほとんど抵抗できなくなった相手を、網の隙間からひたすら突き刺し、叩きのめすだけ。これでは技も何もあったものではありません。
流石に気が引けるのか、ルグとルカの攻撃にはあまり力がこもっていなかったのがまだしもの救いでしょうか。まあ、使い捨て型の効力が切れるまでの数分間に勝負を決めないと困るのは確かなので、結局やることはやったのですが。
「くっ、すまない、ウル……!」
「ウ、ウル……さん……」
『……気に病むな少年少女よ。これは、単にこの我の思慮が足りなかっただけのこと……』
とうとう形を保つことが出来なくなったのか、ゴリラウルは最後にそう言い残して、元の草や土の塊へと戻ってしまいました(まあ、何度でも復活できる仮の身体が壊れただけなので、そこまで深刻な話ではありませんが)。
「うん、お望み通り君のことは一切気にしないでおくよ、ゴリラ君! あっはっは、勝利とはいいものだね!」
「いや、レンは一番気にしろよ!?」
「うん……レンリちゃん、今回は……流石に、どうかと……!」
『お姉さんは気にしたほうがいいと思うの!』
心底嬉しそうに笑うレンリに、他三名が一斉にツッコミを入れました。
究極奥義『網で捕らえて動けなくしてからフクロにする』。相手は死ぬ。
古代ローマにも網闘士という種類の、片手に投げ網、片手に三つ又槍(もしくは銛)を装備して戦うスタイルの剣闘士が実在したそうです。




