シモンの剣
「よし、来い!」
空を割りながら振り下ろされる巨大な『騎士団』剣。
対するシモンの持つ剣は、ことサイズに関してはありふれた長剣のようにしか見えません。比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの違いです。
そして『騎士団』剣を振るう『腕』もまた並の使い手ではありません。
水死体のように青白く不気味な外見ではあるものの、その動きに鈍重さは皆無。
高密度の筋繊維がはち切れんばかりに詰め込まれている、いえ、内側からの圧力に耐えかねたのか実際に一部の皮膚は破れて筋肉が表面に露出してすらいました。
剣そのものの大質量にこの筋力が加われば、その破壊力はどれほどのものになることか。仮にその威力が地上に向けて振るわれたなら、その長大なリーチも手伝って、ただの一振りで学都全域が更地と化すことはまず間違いないでしょう。
「おおおおおぉっ!」
そんな巨大剣が己の間合いに入った瞬間。
これ以上はないというタイミングでシモンは己が剣を一閃。刃と刃を打ち合わせました。
激突により発生した激しい魔力の閃光と衝撃音が周囲一帯の空間を激しく揺さぶります。
『あっ、シモンさんが!?』
「ん」
すぐ近くの空中で見守っていたヒナやライムの驚愕も当然でしょう。
凄まじい勢いで振り下ろされた巨大剣は、まるで時間が停止したかのように勢いを失ってピタリと静止しています。
そして止まっているのはシモンとその剣も同様。
一見すると両者全くの互角として引き分けたようにも見える姿です、が。
ぴし、ぺき、ぴしり。
永遠のようにも感じる静寂は、金属が砕ける甲高い音によって破られました。
初めは微かな、しかし次第に聞き間違えようもないほど大きく。
「……ふっ、どうやら勝負あったようだな?」
そして伝わってくる手応えから勝利の確信を得たシモンがニヤリと笑みを浮かべると同時。刀身に無数のヒビが入った剣は柄の部分だけを残して粉々に砕け散ってしまったのです。
「って、なにーーーーっ!?」
そう、シモンの剣のほうが。
◆◆◆
「シモン、カッコ悪い」
『すごいカッコつけたキメ顔で「……ふっ、どうやら勝負あったようだな?」って言ってたものね。「ふ」の前にちょっと溜めた感じで』
「うぐっ」
間近で見ていたライムとヒナからの指摘がシモンの心に鋭く刺さります。
彼としては確かに勝利の手応えを感じた一撃だったのですが、実際この通り壊れてしまったのだから言い訳のしようもありません。ライムの前で格好をつけようと、思わずクールぶったキメ台詞を言ってしまったのが悔やまれます。
「シモン、どんまい……ぷ、ふふ……っ」
『不良品だったのかしら? いや、まあ、あの大きい剣を一回でも止められただけで凄いのかもだけど。それに、まあ怪我しなくて良かったんじゃないかしら?』
「ライム、必死に笑いを堪えるのはかえって心にくるから勘弁してくれ! あとヒナはフォロー感謝するができればそっとしておいて欲しい……」
先程までの緊張感はどこへやら。
シモンのキメ台詞が変なツボに入ったのか珍しく必死に笑いを堪えようとするライムと、なるべく傷付けずに慰めようと頑張って言葉を選ぶヒナ、新品の剣が一回で砕け散った事実を前に凹むシモン。
『…………っ』
『あら、モモってば急にそっちを指差してどうかしたの? ……あ』
そして、もはや言葉を発する余力すら無いものの、必死に左手を動かして『腕』が二撃目を繰り出そうとしていることを皆に伝えようとしているモモ。おかげで三人も今が戦闘中だったことを思い出したようです。
「しかし、どうしたものか」
剣がなければ真正面から受けるのは難しい。
かといって、空中にいるシモン達が振り下ろしの縦斬りを避けたりしたら、空振った攻撃がそのまま地上の街に直撃して建物やレンリ達を根こそぎ吹き飛ばしてしまうことでしょう。
「俺の剣はこの通りだしな……む?」
ですが、ここでようやくシモンも気付いたようです。
ここに来る途中でレンリから剣を受け取った時は、時間がなかったので詳しい説明を聞くことができなかったのですが……刀身を失って柄の部分だけになったはずの剣から強い存在感を感じます。
この剣はまだ死んでいない。
否、ここから先がこの剣の本領である。
シモンの剣士としての勘がそのように告げていました。
「ふむ、柄に魔力を込めれば良いのか?」
普通の魔剣や、これまでレンリが造ってきた人造聖剣であれば、壊れた後でこんなことをしても意味はなし。ですが、ここはシモンの勘に全てを賭けるしかなさそうです。もはや迷っている時間はありません。
一度止められたことで警戒しているのか、『腕』は先程の一撃を放った時以上に大きく『騎士団』剣を振りかぶっています。上腕から手首にかけて人間ではあり得ない異形の関節が新たに数箇所形成され、溜め込んだ力を伝えるタイミングを今か今かと待っている様子。
言葉を発する器官がないため『腕』が何を考えているのかは不明なれど、あと何秒もしないうちに恐るべき斬撃が放たれることは想像に難くありません。
「お?」
が、シモンは慌てることなく握り締めた柄に魔力を注いでいきます。
その結果どうなったかは一目瞭然。
「おお、なんか直ったぞ」
砕けてどこかへ飛び散った刀身の破片だったもの。
その無数の欠片が魔力の光と化して光速でシモンの手元へと飛来。
ほんの瞬き一つの間に元と同じ姿の剣として復活していたのです。
あくまで同じなのは剣の見た目だけですが。
とはいえ、ガワを取り繕っただけのハリボテという意味ではありません。
その逆です。
『へえ、いくら壊れてもすぐ直る剣ってことなのかしら?』
「便利」
「いや、それだけではないな。多分だが」
この剣に秘められた能力は高速修復だけではありません。
それはあくまで剣が真価を発揮する前の準備段階に過ぎないのです。
「……強いな。さっきまでより」
実際に剣を手にしているシモンにはハッキリと分かりました。
今手にしている剣は、つい数十秒前に砕かれる前よりも明らかに強い。
それも恐らくは強度や切れ味が増して壊れにくくなったというだけではない。
「おおぉっ!? なんだコレ怖ぁ!?」
直した時とは逆に剣からシモンへと送られる膨大な魔力。
自力ではなし得ないほど強力な身体能力や各種感覚の強化、思考速度の加速等が刹那の間に行われていきます。全身の細胞が魔力の過剰供給で残らず爆発してしまうのではないかと錯覚して恐怖すら覚えるほどです。
これこそ、レンリが造り上げたシモンの新しい剣。
受けた衝撃力そのものを瞬間的に形のない概念へと変換し、その概念を剣が成長するためのエネルギーとして転用。観測した情報を成長するためのエネルギー源としている神造迷宮のシステムをパクっ……参考にして応用を加えつつ柔軟に取り入れた形です。
もちろんレンリの力だけでそんなシロモノを造れるはずがないのですが、迷宮そのものへの調査聞き取りやモモの『強弱』による各種ブースト、あとは幸運や偶然やまぐれや悪ノリや深夜テンションなどの諸々も合わさって、奇跡的に完成までこぎ着けました。
ちなみに細かい機能を挙げていけば自己改良の他にもまだ色々あるのですが、要するに「敵の攻撃が強ければ強いほど使い手ごと強くなる剣」とでも思っておけばそれで大体合っています(使い手の強化に関しては得た魔力を使い切るまでの一時的なものではありますが)。
「うむ、では改めて」
先の一撃に倍する速度で、しかし、まるでスローモーションのように迫ってくる『騎士団』剣にシモンは再び刃を合わせました。
爆発的に広がる閃光と轟音。
ここまでは先程とほとんど同じ。
しかし、ここから先の結果は違います。
ぴしり。
金属の砕ける甲高い音が響きました。
シモンの一撃を受けた箇所から巨大剣の刀身に小さなヒビが入り、そのヒビは見る見るうちに大きくなり、やがては刀身全体へ、更には使い手たる『腕』にまで広がって……、
「……ふっ、どうやら勝負あったようだな?」
シモンがニヤリと笑みを浮かべた瞬間、全て跡形もなく崩れ去っていったのです。
◆◆◆
「シモン、カッコいい」
「ははは、さっきは正直あのまま終わるかと思って冷や冷やしたぞ」
ライムがぱちぱちと拍手を送るのを受けて、シモンも悪い気分ではなさそうです。一度格好悪いところを見せてしまったので、その失点を挽回したいという気持ちもあったのでしょう。
『あの、シモンさん? ちょっと言いにくいんだけど……』
「うむ、なんだ? おお、そうだモモも早くなんとかせねばな」
『う、うん、それもそうなんだけど……』
そんな上機嫌のシモンにヒナが少し気まずそうに言いました。
『さっきの大きい剣……たしか職場とか言ってたけど、壊しちゃって大丈夫だったのかなって?』
「し、しまった、途中から忘れてた!? ど、どうすればいいのだ!?」
「シモン、またちょっとカッコ悪い」




