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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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逃げるが勝ち! 恐怖の迷宮崩壊拳


『モモ、逃げるわよ!』


 モモの返事を待つ間もありません。

 ヒナはモモの残っている左腕を掴むと、壁を破って入ってきたのと逆側、すなわち迷宮下部へと向けて一目散に逃げ出していきました。真正直に通路を通ることなどせず、高圧水流の砲撃で直線的に壁を破りながら最短ルートを進みます。

 移動と同時に周囲に残る水を操作して分厚い水の壁を背後に作り出し、追跡を防ぐための障害物としてもいました。このまま迷宮下方に突き抜けることが出来たなら、一旦地上に戻って仲間との合流も果たせるかもしれません。



『おや、意外と冷静な。てっきり、怒り心頭で飛びかかってくるものと思いましたけど』



 ゴゴとしては、いえ、もはや見た目が同じだけの偽ゴゴとでも呼称すべきでしょうか。偽ゴゴとしては仕留める寸前だった獲物モモを奪い去られた形になりますが、特に慌てて追いかけるような様子もありません。何故ならば、


『まあ、逃げた先に新しい我を作り出せば済むことですから。貴女ヒナだって迷宮なんだから、ちょっと考えればそれくらい分かることでしょう?』


『このっ!?』



 進む先に待ち構えている別のゴゴを見つけるとヒナは急ブレーキ&方向転換。

 迷宮の壁を破りながら、右へ左へ、上へ下へ。しかし、どちらに行ってもゴゴの姿があって迷宮外まで逃げ切れそうもありません。


 迷宮には各々の固有能力の他に基本的な共通機能とでも言うべき能力が備わっており、新たな化身の生成もその一つ。ですが、その基本にも得手不得手というものがあるのです。

 たとえば生物への分身や分裂を固有のスキルとして持っているウルは、能力間の親和性が特別に高いせいか化身の生成も大得意。生み出せる数は最大で万単位に達しますし、作り出すスピードも一体あたり数秒程度。

 身体が何体あろうと一度に出力できるエネルギー量には上限があるので、先刻のようなドラゴンブレスを一万体のウルが同時発射するようなことは流石に不可能。増やしすぎると運動能力への影響も出てきますが、それでも単純な数の力だけでも大きな戦力には違いないでしょう。


 しかし、他の迷宮に関してはそこまでの数は望めません。

 ヒナは形の融通が利きやすい液体という性質からか比較的得意なほうではありますが、最大で生み出せる「自分」は現状では千五百体程度。しかし現在はこの場にいる一人に全エネルギーを集中している都合上、他の「自分」を別動隊として動かすような真似はできません。


 モモに関してはもっと苦手です。

 数の上限はせいぜい二、三人。

 その上、ここ数か月のモモはそのうち一人を常時第五迷宮ネムの相手をして暴走を抑えるために使っているので、数的な余裕はまったくありません。戦闘に対応するためエネルギーの大半をこの場にいる一人に集中させていたのも仇となりました。

 もし侵食の影響が本体に及ばずとも、戦力になり得るだけの質を備えた新たなモモを生成するための時間が少なくとも数時間はかかるでしょう。


 それらに比べて、従来のゴゴの最大生成人数はおよそ三百程度。

 現在の偽ゴゴのスペックに元の能力がどの程度反映されているかは不明ですが、仮に同等の数を生み出せるとしたら大きな脅威になるのは間違いありません。



『やあ、遅かったですね』


『こっちにも!? このっ』



 迷宮内のどこをどう進んでも新たな偽ゴゴが待ち構えている格好です。

 それでもヒナが本来のスピードを出せれば逃げ切れそうではあるのですが、恐らくはモモの身体を侵食している黒い液体のせいでしょう。能力が弾かれてしまってモモを液体化させることができず、十全の速度を発揮できないでいるのです。

 下手にスピードを上げ過ぎたら、まだ残っているモモの右腕以外の部位が、壁や床にぶつかってあちこちモゲてしまいかねません。



『……ヒナひーちゃん……モモはもうダメなのです』



 まさに絶体絶命の大ピンチ。

 しかし、大量に浴びせられる水が気つけになったおかげでしょうか。

 辛うじてモモが意識を取り戻したようです。


 もしすでに自我を黒い液体に乗っ取られているのなら、逃げるためにヒナと密着している好機を逃すはずがない。さっきモモが偽ゴゴからやられたように一噛みすればおしまいです。そうしないということは、逆説的にモモはまだ本来の自我を保っているということなのでしょう。

 とはいえヒナの助けになるどころか、もう自力では歩くことすらできそうにないほど心身を消耗した状態でした……が、それでも絞れる知恵はまだ残っていたようです。



『馬鹿モモっ、そんなこと言うんじゃないの! 我は仲間を見捨てて自分だけ逃げたりとか絶対しないんだから!』


『あ、いえ、そういうのは今いいので。モモがギリ意識を保ってるうちに代わりにトドメを刺して貰えたら、それでひとまず本体への侵食は防げると思うので……』



 偽ゴゴの元となったであろう『化石』。

 アレはまだ侵食前のゴゴの精神に干渉して、本体の迷宮まで運ばせることで侵食を本格化させたということが状況から推測できます。ということは、敵は化身と本体の迷宮との間にある見えない繋がりを直接辿って侵食することまではできないか、そうでなくとも直接迷宮の本体に触れることができなければ多少なりとも支配の効率が落ちるという可能性はあるでしょう。


 これが都合の良い希望的観測を含んだ仮説であることは否定できませんが、モモが支配されきる前に今の化身の肉体を失えば新たに第四迷宮までもが敵に回るという最悪の事態だけは防げるかもしれない。


 ならば、試してみる価値はあるでしょう。

 瀕死の状態で絞り出したアイデアにしては上々と言えます。

 ですが、ここには残念ながらモモにも思いもよらぬ落とし穴がありました。



『なにっ、うるさくて聞こえないんだけど!? もっと大きな声でお願い!』


『いや、この状態で大声とか無理……というか、うるさいのはヒナひーちゃんがさっきからどっかんどっかん壁を破りまくってるせいなのです……うっ、また意識が朦朧と……』


『ちょ、モモ! 気を確かに持つのよ。ほら、ヒッヒッフー!』


『そ、それは、なんか違うやつ……なの、で、す…………うっ、がくり……』



 迷宮の化身の聴力であれば百メートル先に落ちた針の音だって聞き分けられそうなものですが、壁の破壊音が連続する中で弱りきったモモが辛うじて振り絞った声を聞き取るのは簡単ではないようです。かといって、全方向から追い詰められつつある中でのんびり立ち止まって話を聞くこともできません。



『そろそろ追いかけっこはおしまいですか?』


『まだよ!』



 迷宮を右往左往するうちに、どうやら先程の部屋に戻ってきてしまったようです。

 最初からそれが分かっていたかのように待ち受けていたゴゴに加え、前後左右、あちこちの通路から同じゴゴが迫ってきている足音も聞こえます。このままでは完全に包囲されるのも時間の問題でしょう。


 ヒナに諦めるつもりは毛頭ありませんが、この条件下で逃げることは非常に困難。モモを置いて一人で逃げればその限りではないものの、彼女がその選択肢を取ることは絶対にあり得ません。


 ついでに、現状ベストの選択である速やかにモモにトドメを刺して侵食を食い止めることもしないでしょう。先程のアイデアは結局ヒナに伝えられることはありませんでした。

 一時的に意識を取り戻したモモは再びぐったりしており、おまけに逃走中に壁の破片にぶつかった手足が変な方向に曲がっていたりして、とても喋れそうにありません。いっそ派手に首でもモゲていたら良かったのですが、そう都合良くはいきませんでした。

 付け加えるなら、興奮状態のヒナが自力で同じ案を思いつくことも限りなく望み薄でしょう。彼女はクイズやなぞなぞなどの知的遊戯を趣味として好んではいるものの、別にそれらが人並み以上に得意というわけではないのです。



『モモにこんな酷いことするなんて、いくらゴゴお姉ちゃんのそっくりさんでも許さないわよ!』


『いや、あの、半分以上は貴女のせいだと思うんですけど……』


『なによ、人のせいにする気! あ、今のナシ。なによ、迷宮のせいにする気!』


『……あ、はい、もうそれでいいです。考えようによっては、次の獲物が自分から飛び込んできてくれたって解釈もできますし』



 意外なことにモモを掌の上で転がし切ったゴゴが、ヒナを相手にしていると思うようにペースを握れないでいる様子。性格の相性差によるものでしょうか。それでも圧倒的に優位な立場ゆえか狼狽えたりはしていなかったのですが、



『もう怒ったわ! 謝っても遅いんだからね!』


『はあ、そうですか…………は?』



 ここにきて初めて本心からの動揺を見せました。

 現在この迷宮の支配権を握っている偽ゴゴには、ヒナが何をやろうとしているのかが理解できてしまったのでしょう。そして同時に、理屈ではなく衝動によって後先を考えず何もかも滅茶苦茶にするようなデタラメな相手ヒナへの無理解が偽ゴゴの咄嗟の判断を鈍らせました。



『え、いや、待っ――――』


『待たない!』



 ヒナが逃走にリソースを割くために制御を外れていた大量の水。

 迷宮内に流し込まれた百億トンの水は、ヒナに操られていなければ当然ながら重力に従って下へ向かって流れることになります。モモを連れて逃げ回っていた僅か数分間の間にも流れは進み、今や第二迷宮の八割方は水没状態にありました。


 その水の全てが突如として超高圧・超高速のウォーターカッターと化したのです。

 ただし狙いもクソもあったものではありません。

 しいて言うなら、狙いは周囲に存在するすべて。

 デタラメに水鉄砲を乱射しているも同然ですが、なにしろ総重量百億トンの弾丸です。その破壊力がどれほどになるか想像すら容易ではない上に、発射元は言うなれば敵の体内、人体に例えるなら全身の血管が内側から破裂したような形になるわけです。



『やっちゃった……ううん、やってやったわ! ざまーみろ!』



 無論、これまでだって無意味に壁の破壊を控えていたわけではありません。

 迷宮の中を逃げ回っていた時のような小規模の破壊では気に掛けるほどの脅威ではありませんでしたが、迷宮内の大量破壊に伴ってあちこちの壁の中を血液のように流れていたと思しき黒い液体が大量にあふれ出しました。


 それらは地上に降り注ぐのを待つ間もなく迷宮内にて全長数キロにも及ぶ巨大な青白い腕を形成。偽ゴゴがどこかから操作しているのか、『腕』自体に独立した意思が存在するのかまでは不明ですが、いずれにせよヒナが敵から大きな恨みを買ってしまったことに間違いない様子。城が迫ってくるかのような巨大極まる握り拳を迷宮深奥にいるヒナ目掛けて叩き込んできたのです。


 すでヒナの乱射攻撃によって大きなダメージを負っているとはいえ、まだ無事だった壁すら自ら砕きながらの自傷覚悟の攻撃。その恐るべき攻撃は、



『あ、外だわ』



 いくら凄まじい威力があろうとも、冷静さを欠いたがゆえの悪手だったと言うほかありません。迷宮下側から繰り出された拳撃の連続はそこに至るまでの壁という壁を大きく抉り、ヒナに絶好の逃げ道を用意してしまったのです。迷宮の奥深くにあったはずの小部屋は、今や地上にある街が直接見えるほど風通しが良くなっていました。

 いつの間にか水と巨拳の大破壊に巻き込まれたのか、先程まで周囲を取り囲んでいた偽ゴゴ達の姿も見えなくなっています。逃げるなら今このタイミングしかありません。




『モモ、ちょっと我慢してね? せぇ、のっ!』


『……ぐぇー……です』



 そして攻撃の狙いがヒナ一人であれば回避は十分に可能です。

 まずは一時的にモモを拳が当たらないであろう安全圏へと全力で投擲。

 その後に自身を液体化してからの全速飛行で拳を回避したら、先に投げておいた空中のモモに追いついてキャッチ。そして次の攻撃が放たれる前の隙を狙って一目散に地上へと飛んで逃げるだけ。

 迷宮下部から生える巨大腕の指先すら届かない高度まで逃げ切って、ひとまず上空の『腕』は脅威ではなくなりました。


 

『よし、これで……って、別の!?』



 ヒナに誤算があったとすれば、地上からも先程のものに並ぶほど大きな『腕』が生えてきたことでしょうか。その大きさからは想像も付かないほど素早く、地上へ向けて落下するヒナ目掛けて攻撃を仕掛けてきたのです。


 今の第二迷宮は破壊されればされた分だけ厄介な敵を生む。

 すでに分かっていたことではあります。

 やはり迂闊に迷宮にダメージを与えるべきではなかったということなのか。


 いえ、『腕』だけであればヒナなら回避もできたはず。たとえ予想もしていなかった不意討ちだとしても、そしてモモを抱えていたとしても、攻撃を喰らうギリギリで避けられたはずです。


 ただし、それはあくまで『腕』が素手であればの話ですが。

 地上から伸びる『腕』は、その大きさに相応しい超巨大な『剣』を握り締めていたのです。

 果たして、そんな得物をこの短い時間でどこからどうやって調達したのやら。

 刀身のあちこちに表れた木や石らしき見た目の質感からすると、偽ゴゴが変身した聖剣という風でもなさそうです。武器の正体も気になりそうなところですが、今まさにモモ諸共に斬られようとしているヒナに、そんな謎を考えるだけの余裕はありません。



『そんな、急に止まれな――――』



 空中で急制動をかけようとするも、もはや遅い。この『剣』に大きさ相応の質量があるとしたら、とてもヒナ達が耐え切れるような威力ではないでしょう。


 回避も防御も絶対不可能。

 ヒナは迫ってくる巨大剣によって真っ二つに斬り裂かれ――――ませんでした。






 ◆◆◆







 ほんの数秒ほど前。

 地上にて。



「ううむ、帰ってきたばかりで俺には何が何やらさっぱりだが……とりあえず、あのデカい腕は敵ということでよいのだな?」


「ん。倒す」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪ゴゴのターン 〉我の戦闘力は53万です とか 〉我はまだ後変身を三回残している とか余裕してそう [気になる点] 声の主気になりますね(笑) たぶん 二人から 〉お前の罪を数えろ?とか言…
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