騙し合いの結果
イチかバチかの賭けに出て黒いゴゴを斬り捨てたモモ。
辛うじて勝ったとはいえ、相手は今のモモよりも明らかに格上でした。
ヒナの水流を使った奇策も二度とは通用しないでしょう。肉体的な疲労に関しては化身の身ゆえ無視できますが、精神面の消耗に関してはそうもいきません。当面の危機は過ぎ去ったことですし、このまま床に倒れ込んで一晩ぐっすり眠りたい気分です。
『……って、いやいや一息吐いてる場合じゃねーのです』
が、ここはまだ敵地。
のんびり休んではいられません。
それに何より、すぐ目の前には未だ囚われたままの白いゴゴがいるのです。
敵の復活や反撃を危惧して救出よりも警戒を先回しにしてしまいましたが、モモとしても一刻も早く助け出したい気持ちに揺るぎはありません。
『あの黒いの、めっちゃくちゃ性格悪かったですからね……助けようと思って触れた途端に、ボンッ、と爆発とかもあり得そうなのです』
逸る気持ちを抑えて、まずは白いゴゴが磔にされている柱の調査から。次いで、手足や胴体に何本も打ち込まれている太い釘に髪の先端で触れてみて、異常な魔力や物理的な仕掛けがないかの確認です。
この痛々しい姿を見ると一秒でも早く釘など抜き取って解放したい気持ちはあれど、仮にここでモモがトラップに引っ掛かって木っ端微塵に爆散でもしたら、再びフリダシからやり直しになりかねません。慎重かつ迅速な確認が求められます。
『おや? 流石はヒナ。気が利くのです』
幸いだったのは、つい先程大量の水が流れ込んできて半ば水没状態だった部屋の、モモのいる中央付近の水が引いて動きやすくなったことでしょうか。
数メートル離れた壁付近は未だ水没しているのですが、モモのいる位置だけを避けるようにして水が流れているのです。ヒナが操作する水は彼女の手足も同然。水が触れた際の感触や内包する魔力の質からモモがここにいることを把握し、気を利かせてくれたようです。おかげで救出作業も捗りました。
『……あの黒いの、思ってたより更にだいぶ性格悪かったのです』
白いゴゴの身体に打ち込まれた釘の何本かには細いワイヤーが結び付けられており、それに気付かず引き抜こうとすると人質の服の下に隠された火薬式の爆弾が起爆、救出しようとした相手が人質もろとも爆散する仕組みになっていました。
魔力を感知して気付かれないように、わざわざ手間暇かけて爆弾を手作りしてまで非魔法式のトラップを仕掛けていたのでしょう。先程、怒り心頭のモモは迷わず戦闘を選択しましたが、もし人質を奪取してそのまま逃走するような戦略を取っていたら、その時点で完全にアウトでした。モモが相手の性格の悪さに呆れ果てるのも無理はありません。
『さあ、もう安心なのです』
とはいえ、慌てて助けようとせず確認した甲斐はありました。
黒いゴゴの仕掛けはいずれも不発に終わり、釘と爆弾のワイヤートラップも全て解除。残る仕掛けなしの釘も全て引き抜くと、白いゴゴはモモに体重を預けるようにして正面からもたれかかりました。
◆
少し前。
『ぐぬぬぬ……おーもーい!』
第二迷宮の上空ではヒナが力一杯に迷宮を引っ張ろうとしていました。
迷宮の内外に流し込んだ水だけで百億トン、迷宮自体の重量を合わせたらその倍にも届くでしょうか。念動力の出力を全開にしても人が歩くより遅い程度の速度しか出せません。いえ、ゆっくりとはいえこの重量を動かせるだけですごいのですが。
『うーん、一気に全部動かすのは無理があった気がするわ。こう、いくつかのパーツに切り分けてバラバラにしたのを一つずつ運ぶのは……あ、でも大きいダメージ与えるのはダメなんだっけ?』
もし迷宮が地上に落下しても影響の出ない場所まで運ぶ。
万が一を考えると必要な役目だとヒナも理解してはいるつもりでしたが、実際にやってみると無理があったような気がしなくもありません。
その時です。
『あれ、これってモモよね? なんか片腕取れてるっぽいけど……』
ヒナが迷宮内の水の流れからモモの居場所を発見しました。
水飛沫の当たり具合から大まかな状態も把握。
どうやら片腕を失っているらしいと気付いた時は肝を冷やしましたが、現在は戦闘行動や激しい移動を行っていないことからして、強敵と戦って勝利したか安全圏まで逃げ切ったか、いずれにせよ危機は脱したと判断しました。
安心したところでモモの周囲の水だけ操作して、動きやすいようサポートすることを思いつき即座に実行。そうしてからヒナは元々の自分の仕事に意識を戻そうとして、そこでようやく気付きました。
『え、これ……なに?』
視覚に頼っていなかったぶん、かえってソレの見た目に惑わされることがなかったのでしょうか。あるいは釘を引き抜いた穴にたまたま数滴ばかりの水飛沫が入り込んだことで、僅かなりとも直接ソレの中身に触れたからか。姿こそよく知る姉妹の姿にそっくりですが、中身は似ても似つきません。
『モモ、さっきから誰と一緒にいるの!?』
◆
ぷつり。
『え?』
白いゴゴが体重を預けるようにして倒れかかってきたのを、モモは身体で支えるように受け止めて、そして自らの首筋から細い糸のようなモノが切れる音を聞いたのです。
いざという時に備えて一本だけ首に巻き付けておいた髪の毛が、白いゴゴに首の肉ごと嚙み切られた。そう理解するまでの数秒が致命的な隙となりました。
『まさか……まさか、そこまで……っ』
『ふふ、どうやら化かし合いはこちらの勝ちみたいですね?』
そして、ここで初めて白いゴゴは悲鳴以外の言葉を発しました。
いえ、ここに至っては「白いゴゴ」などという呼称を使い続けるべきではないでしょう。善の心を象徴する白も、悪の心を象徴する黒も、そんなもの最初からありはしなかった。しいて言うなら、全て余すところなく「真っ赤な嘘」だったのですから。
『どこから嘘だったのか、って顔ですね。うーん、細かく説明すると長くなりますけど……まあ、全部ですかね。なかなかの演技力だったでしょう?』
魔物の配置を偏らせて狙った場所に誘い込んだこと。
自分に自分を拷問させてモモを怒らせ冷静さを奪ったこと。
ヒナの水流に気付かないフリをして、あっさりやられてみせたこと。
衣装の色を白黒で分けたのも、殊更に露悪的に振る舞ってみせたのも、黒いほうの悪あがきと見せかけるための爆弾を仕掛けたのも、全てはこの本命の罠を成功させるための真っ赤な嘘。
『まあ、でも良かったんじゃないですか? 拷問を受けて苦しむ白い我なんて最初からいなかったんですから』
モモは抵抗したくともできません。
元より右腕を失っている上に、首を噛まれた際に件の黒い液体を体内に流し込まれてしまったのです。今は辛うじて意識を保っているものの、このままでは数分と持たずに今のモモの人格はゴゴと同じく何者かに塗り潰されてしまうでしょう。
『ただ戦って勝つだけなら簡単だったんですけどね、こっちが貴女を取り込む前に自殺を防げるかっていう課題はなかなかの手応えでした。これで、こっちの戦力は二人に増えたことですし、どうせなら他の姉妹も単に滅ぼすのではなく仲良く取り込む方向でいきたいものです』
そんなゴゴの、いいえ、ゴゴに憑りついた何者かの目論見は、
『――――そんなの、させるわけないでしょ! この馬鹿!』
迷宮内外の水流制御を全て放棄し、マッハ三桁に及ぶ全速力で迷宮の壁という壁を一直線に貫いて飛び込んできたヒナの手で脆くも崩れることとなりました。
思ったより筆が乗って長くなりすぎたので、元々今回でやるはずだった内容の後半部分を次回に回します。そっちも大体は出来てるので次の更新はいつもより早めになると思います。




