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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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剣の世界と龍と腕


 まず最初に光が現れました。


 空は依然として迷宮で蓋をされたまま。

 だというのに昼のような明るさです。


 陽光ではありません。

 ランプやロウソクの灯りとも違います。

 不思議なことに、空気そのものが発光しているようなのです。


 柔らかな金色の光は『世界』の全てを照らし出します。 

 街中のみならず郊外の平原や森、もしかすると地中深くや水中までも。

 ゴゴが学都周辺に創り出した『世界』をこのまま放置していたら、この光だけでも生態系にどんな影響が出るか分かったものではありません。



「お、急に明るくなったな」


「また暗くなる前に逃げたほうがいいんじゃねえか?」



 とはいえ目先の状況のみを考えれば、視界が良くなったことは大きなメリットでもあります。単純に行動しやすくなるだけでなく、暗闇が生み出す本能的な不安感が薄らいだおかげもあるのでしょう。

 もちろん上空の『眼』に対する不安は残ったままですが、このままぼんやり呆けたように見上げているのが最善であるはずがなし。可能な範囲で逃げ隠れするなり家族の安否を確認しに走るなり、ほどなくして多くの人々が各々の考える最善を尽くすべく動き出しました。



 まあ、気の毒なことに全ては無駄な努力となったわけですが。 



 ゴゴがわざわざ『世界』を創ってまでやりたかったことが、ただ明るくするだけであるはずがありません。光る空気に次ぐ異変は、すでに人々の身に起こり始めていました。



「おまっ、お前、その頭どうなってんだ!?」


「お、お前こそなんか変だぞ?」


「うわぁぁっ、手っ、俺の手がっ……剣に!?」


 ぐにゃ、ぐにゃ、ぐにゃり。

 まるで飴細工のように人体がぐにゃりと歪みます。

 肉も、骨も、脳も、内臓も、全部が剣になっていきます。


 でも、大丈夫。

 剣になるのは痛くも苦しくもありません。

 自分が別のモノに創り変えられていく恐怖もすぐ消えます。

 だって、この世界では生き物が剣になるなんて当たり前。

 何もおかしいことはないのです。



「……あれ? 俺、こんなとこで何してたんだっけ?」


「あら、やだ。私ったらお買い物の途中でぼんやりして」


「よっしゃ、仕事も終わったし飲みに行こうぜ!」



 かくして全ては元通り。

 人々は一足先に本来の平和な日常へと戻りました。

 上空に出現した『眼』のこともすでに記憶にありません。


 あくまで彼らの主観的には、との注釈は付きますが。


 人体をねじって引き延ばして棒状に、いえ、剣状にされた物体には金属質の刀身や柄の一部に肉らしい質感を残した耳や鼻などが残っていたり、一面にびっしり毛髪が生えていたり、唇が忙しなく動いて幻覚の誰かを相手にしたお喋りの内容を伝えてきたり。まさに悪趣味ここに極まれりといったデザインです。


 おまけにロクに切れ味もないようなナマクラばかりではありますが、頑丈さだけなら聖剣並み。戦いの余波を受けても巻き添えで死ぬようなことはないはずです。このまましばらく剣として道に転がっていれば、違和感なく元の日常に戻れることでしょう。



 そうなるのが、この場の『法則(ルール)』。

 物が上から下に落ちるように。

 夜の後には朝が来るように。

 ゴゴが『部外者』と認識した者はそうなる。

 ここは、そのように創られた世界なのです。







 ◆◆◆







『――――そして、この世界を滅ぼすには我を殺すしかない、なんて言っておきましょうか。これが本当か嘘かの判断はお任せしますけど、どうです、ちょっとは殺る気が出てきたんじゃないですか?』


 と、この世界における数少ない生身の生き物となったレンリ達は、状況についての説明を親切にもゴゴ本人から聞いていました。

 とはいえ周囲にゴゴの姿はありません。この世界に満ちる光る空気が振動し、ゴゴの声を再現しているようです。こうした性質もまた彼女がこの『世界』を創るにあたり設定したものなのでしょう。



「知っての通り私はひねくれ者でね。そう言われると意地でも言われた通りにしたくなくなるけど、巻き添えの心配無用というのはありがたい。壊れた建物とかは……まあ、ちょっと怖いけど後でネム君にでも頼むとして。じゃあ、ウル君。手筈通りに」


『ふぅ、待ちくたびれたの』



 ここまで懇切丁寧に状況を整えられていましたが、レンリ達とてゴゴが世界を創って人々を剣にする間、ただおとなしく見物していたわけではありません。

 今のゴゴには未知数の部分が多すぎるため変更前提の大雑把なものではありますが、一応の作戦は立ててありました。


 複数のチームに分かれての役割分担。

 まずはウルとレンリによる初手最大火力での先制攻撃です。



『変身、なの!』



 巻き添えを恐れる心配がないなら手加減無用。

 ウルが両手を左右に広げると、その腕が瞬く間に太く長く伸びて大通りに収まらないほど巨大な巨龍の頭に変じました。ですが、今回はその程度では止まりません。

 周囲の建物を遠慮なく押し潰しながらサイズを増していき、それどころか木の枝が伸びるが如くに首の途中から新たな首が生えて頭を増やし、増えた頭が更に枝分かれして倍々に増え、更に増えて、増えて、増えて……たちまちのうちに学都全域を埋め尽くす、史上空前、実に一二八頭の巨龍へと変貌を遂げたのです。いえ、厳密には大量の首の根本にいる元の姿のウルと合わせて一二九頭ですが。



『おしおきの時間なの!』



 今のウルの大きさは、おおよそ五キロ四方の空間をほぼ埋め尽くすくらいでしょうか。

 街の面積の半分以上にまで及んでいます。

 龍頭の一つ一つの大きさは、二階建ての家屋程度なら丸呑みできるほど。

 もちろん、大量の頭が脅しのためのハリボテということもありません。

 その証拠に龍達の口には今にも爆発しそうなほどの熱エネルギーが急激に集まり、もっと熱く、どんどん熱く、白炎が青みを帯びるほどの高熱が集中して……そして、地上一二八箇所から上空の第二迷宮へと撃ち出されました。



『ふーっ、なの!』



 その様は例えるなら極太のレーザービーム。一応、息吹(ブレス)ではあるものの速度と威力が高すぎて直線的に撃ち出されたソレは、もはや炎にすら見えません。


 上空数キロメートルの位置に浮遊する迷宮へ届くまで一秒足らず。

 巨大な鉄塊すらも一瞬で蒸発させるであろう熱は、神造迷宮を構成する謎物質のブロックすらも容易く砕き、全長五十キロのうち実に表層から三分の一以上までを深々と焼き抉りました。


 異常な高熱の影響は迷宮内の通路を通して直接焼かれていない部位にまで及び、内圧が高まりすぎての破裂、爆発、延焼、飛散した破片による連鎖的崩壊、構造物の著しい劣化等々。それほどのダメージが同時百箇所以上。



『あ、あれ? やりすぎちゃったかしら?』



 一分近くもかけて息吹を吐き終えたウル自身、思わずオーバーキルを心配するほどです。息吹に伴う強烈な閃光が消えた頃には、第二迷宮は地上から人の目で見ても分かるほどボロボロに傷付き黒焦げになっていました。

 特に念入りに狙った表面の『眼』のような黒い部分など、どこが元々黒かった部分でどこが焦げた部分なのかウルの視力ですら判別が付きません。これでゴゴに憑りついていた悪いモノが焼き尽くされていたら良かったのですが。



『ふふ、今のはなかなか刺激的で良かったですね。引き続き、その調子で頑張ってください……ああ、そうそう』



 聞こえてくるゴゴの声音からは特に消耗した気配はありません。

 いえ、ただダメージが浅いというだけならマシだったのですが。



『元々の我の理性、もうだいぶ削れてきて、そろそろ抑えが利かなくなってくると思いますので。具体的には姉さん達や聖杖狙いの攻撃が行くと思うので、殺す前に殺されないように注意してくださいね』



 ゴゴの警告に偽りはありませんでした。


 ぽと、ぽと、ぽとり。

 空が塞がっているというのに雨が降り始めたような水音が聞こえてきたのを、不思議に思う間もありません。水音はどんどん多く大きくなっていきます。

 その原因は一目瞭然。

 ウルが迷宮に付けた無数の傷跡から大量の血液が、いえ血の赤に『眼』の黒を足したような赤黒い液体が、雨の如く地上に降り注いでいたのです。それらの液体が地上へ届くと……。



『うげげ、これ何なのなの!?』


「うわ、気持ち悪っ!? ほら、ウル君さっさとなんとかしたまえ!」


『ちょっ、こら、我を盾にするんじゃないの!』



 赤黒い液体が降り注いだ地面や建物から、水死体のように青白くブヨブヨとした巨大な人の腕が無数に生えてきたのです。土も石も、ガラスや金属からでもおかまいなし。液体を浴びたレンリやウルの皮膚から直接生えてこないのを見るに、どうやら生物から腕を生やすことはできないようですが、この状況では大した慰めにもなりません。


 腕の大きさは最小のもので赤ん坊の腕程度。最大だと大木以上。

 腕の関節の節が普通の人間と違って三つも四つもあったり、指が片手に十本以上生えていたり、皮膚が剥げて筋肉や骨が剥き出しだったり、造形の甘さがまた一段と不気味さを引き立てています。


 それでも素手のままであれば、どれほど見た目が気色悪かろうとウル達にとっては大した脅威ではなかったかもしれません。ですが、困ったことに今の学都にはそこら中に武器が、剣と化した住人達が山ほど落ちているのです。


 悪趣味な使い手に相応しい悪趣味な武器。

 この『腕』達は、ゴゴが用意した剣士ということなのかもしれません。

 そして、これらの元が迷宮から流れる血液らしき液体だというのなら、その剣士はゴゴがダメージを負う度に際限なく増えていくわけで。



『……うぅん、我ながらこれは酷い。こういうのも一周回って逆に芸術的かもと思って創りましたけど、自分で見てても若干引きます。よく考えると逆とか意味わかんないですし。思考を引っ張られてても急にグロテスク趣味が生えてきたりはしないみたいですし。もっとチョウチョとかお花とか可愛いのが生えてくるようにしたほうが良かったかも……いえ、そもそも何かを生やす発想から離れるべきかもですけど、まあ、わざわざ創り直すのも正直面倒ですし、気持ち悪くても別に我が触るわけじゃないですし。それにいきなり素っ裸になられても困るから服や靴からは生えないようにしておいたのを我に感謝してくれてもいいんじゃないかというくらいで、ええと、つまり……なるべく死なないように頑張ってくださいね! 皆さん、気合でファイトです!』


「ゴゴ君、コノヤロウ!? そこはもうちょっと頑張って欲しかったな!」


『出てくるの! 我がグーでぶっ飛ばしてやるの!』



 どこからか聞こえる声に抗議するも反応はありません。

 街中の道という道、建物という建物に何千何万と生え、そして今もなお増えつつある無数の腕を馬鹿正直に全部倒して回るのは、どう考えても得策とは言えないでしょう。ゴゴのアドバイスを聞き終えるのを待つまでもなく、レンリとウルは一時撤退を即断しました。



※ゴゴがおかしくなる前から第二迷宮にいた探索者は、迷宮が街の上空に移動した時点で剣にされて街中の適当な空き地に排出されています。前回ゴゴが言っていた「練習」というのがそれ。

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