降臨、金剛星殻・神体
その異変は誰の目にも明らかな形で表れました。
レンリ達がゴゴと別れてから一時間ほど経った頃。
だいたい夕方手前といったあたりでしょうか。
仕事や学業を終えた人々が家路に就く姿がちらほらと増え始める時間帯。
逆に、学都の北西部に位置する歓楽街などはこれからが一日の本番。仕事終わりの人々を迎え入れるべく開店準備に追われている頃合いです。
そんな学都に『夜』が訪れました。
とはいえ、本当にこれを夜と呼んでもいいのやら。なにしろ、つい先程まで夕焼けのオレンジ色に染まっていた街が一瞬にして真っ暗闇に沈んでいたのです。
誰が見ても一目で分かる異常事態。
秋の日は釣瓶落とし、にしたって限度というものがあるでしょう。
「うわぁ、急に暗くなった!? おおおお落ちちちちつつつ着けけけけけけ」
「慌てるな、こういう時は冷静に心の目でモノを見るんだ!」
「なるほど分かったぜ! ……無理だったぜ!」
「とりあえず、その辺の馬車とか荷車とか全部止まれ! 下手に動くと事故るぞ」
姿は見えないながらも街のあちこちから混乱の声が聞こえてきます。
衝突音など聞く限りでは少なからず事故も発生しているようです。
それでも出来る範囲で即座に状況に対応している人間があちこちにいるあたり、散々トラブル慣れしているこの街の住人達の逞しさが感じられますが。
季節はようやく暑さが和らぎ始めて秋の気配が近付いてきたあたり。
この時期本来の日没までは優に二時間ほどもあるはずです。
もちろん、天気が急変して分厚い黒雲が空を覆っただけなんてこともありません。
もし天候の変化が原因であれば事前に何らかの前兆はあるでしょうし、本日の学都周辺は無風に近い快晴。そもそも日光を遮っているのが雲であれば、いくら分厚かろうがこれほどの真っ暗闇にはならないでしょう。
ですが、街の上空で巨大な何かが日光を遮っているという点に関してだけは正解です。学都の住人であれば、実際にそれと同じモノを見たことある者も少なくないでしょう。
もっとも、その表面や内部を歩くのと、こうして離れた位置から眺めるのとでは見え方が違いすぎて、その二つを頭の中で結び付けるのは容易ではないかもしれませんが。
「暗くてお靴がわからないわ」
「どうだ明るくなったろう」
「火の魔法使える人、こっちのロウソクにも火ィ点けてくれ」
一、二分も経つと街中のあちこちで灯りが点き始めました。
初歩的な魔法で小さな光を生み出したり、手探りでランプに火を灯したり、あるいは幸運にも最初から調理などしていて火を使っている最中だったり。
自力で灯りを用意する手段がない者でも、周囲を見れば誰かしらの灯りは目に入るもの。急に視界が失われたことでちょっとした混乱は起こりましたが、街中の騒ぎも次第に落ち着いてきたようです。
さて、そうなると当然気になることですが。
そもそも、この急な暗さはどうしたことか?
空を見上げても星の一つも見えません。
人々が魔法などで出した光も遠くを見極めるには足りず。光源近くを照らすのみで、ずっと上空にあるモノの正体を見極めるには光の量も強さも不十分。
それが判明したのは更に数分後のことになりました。
街中の通りに等間隔に立つ魔力式の街灯が一斉に光ったのです。
本来の点灯時間よりはだいぶ早いのですが、恐らくは騎士団なり役場なりの誰かしらが機転を利かせたのでしょう。これでようやく街中が落ち着きを取り戻し……はしませんでした。何故ならば、学都の人々は見てしまったのです。
「なんだ、空に大きな何か、が…………は?」
「ああ! 空に! 空に!」
ソレは直径約五十キロメートルの球状。
大小無数のブロックを組み合わせたような人工物めいた姿。内部にはまるで血管のように無数の通路が張り巡らされ、入り込んだ者を迷わせる構造をしています。
ソレとはすなわち、迷宮。
第二迷宮『金剛星殻』、その本体。
本来はこの世界と隣接した異界にあるべきソレが、今ここにあったのです。
ただし、常とは違う点が一つだけ。
超巨大な球体迷宮の表面には瞳孔の如き黒点が黒々と浮かび、まるで迷宮全体が一つの眼球であるかのように、ギョロリと、地上の街と人々とを鋭く睨め付けていました。
というわけで、本章のボスキャラ登場です。




