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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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今日は剣の日④


 この時のゴゴは、まあ確かに正気を欠いてはいたのでしょう。

 とはいえ、全部が嘘偽りだったとも言い切れません。



『あ、これならイケるかもしれません』



 ゴゴは黒い球体に近付くと無造作に拾い上げました。

 この『神の残骸』は直径一メートル近い大きさがあり、重さや質感はまるで石のよう。いくら迷宮の化身とはいえ、まだ自分の迷宮外では普通の子供並みの筋力しか発揮できないゴゴが持ち上げられるような重さではなかったはずなのですが、力を入れている素振りすらありません。なんとも不思議なことに、ゴゴが触れた途端に見た目は変わらないまま重さがほとんど消えてしまったのです。


 とはいえ、それを見ていた者達は内心穏やかではいられません。

 具体的には、食欲に支配されて誰が食べるかで言い争っていた迷宮達が、後から割り込んできて横取りするような蛮行を大人しく見逃すはずがありません。



『ちょ、待つの!』


『そうなのです。食べ物の恨みは怖いのですよ』


『ゴゴお姉ちゃん、我もそういうやり方はフェアじゃないと思うわよ』



 と、前から順にウル、モモ、ヒナ。

 互いを牽制し合っていたせいで意識外から獲物に迫ってきたゴゴへの反応が遅れてしまいましたが、それでも一度気付いた彼女達を出し抜いて横取りを成功させるのは至難の業でしょう。

 もしゴゴがこのまま『神の残骸』を持ったまま走って逃げようとでもすれば、ほんの数メートルも進まないうちに、肉体の一部を変形させた動植物や金属ワイヤー以上の強度の髪の毛で全身を拘束されたり、あるいはそもそも足場となる地面や前に進むための手足をドロドロに液化させられてしまうことでしょう。迷宮達は基本的には仲の良い姉妹ではあるものの、モモの言う通り食べ物の恨みは怖いのです。


 ゴゴもそれが分かっているので無様に逃げたりはしません。

 なので、正直にお願いすることにしました。



『ちょっと言いにくいんですけど……これ、我にくれませんか?』


『素直!? でも駄目なの!』


 正直に頼んで、そして当然却下されます。

 まあ、それはそうでしょう。

 これが通るなら最初からウル達も揉めていません。



『まあまあ、少し聞いてください。我は別にこれを食べる気はないんです』



 とはいえ、そもそもゴゴの目的は姉妹達とは違います。

 嘘を言って化石ブツを確保した後で、独り占めして全部食べようなどというつもりもありません。ゴゴには本当に『神の残骸』を食べる気はないのです。まあ聞いた相手がそれを信じるかは別問題ですが。



『そうですね、簡単に言うなら食べる以外の活用法を思いついたというか。なので、我が使い終わった後で皆が食べる分にはご自由に。先を譲ってもらった埋め合わせについても我に出来る範囲でなら』


「へえ、それは私も興味があるね?」



 ゴゴの発言には、一歩引いて迷宮達の会話を見守っていたレンリも興味を示しました。『神の残骸』を普通の人間が食べることはできない。正確には口に入れても味を感じることができないのが既に分かっていたが故に、今回の特別な化石の取り合いに参加する気もなかったのですが、事と場合によってはレンリもウル達の争奪戦に加わる必要性が出てきます。

 たとえば、砕いたり溶かしたりしたモノを剣の素材に使ったり魔法の触媒として活用したり、など。本物の神の死体を素材にした剣なんて、如何にもロマンを感じる響きです。「活用法」の内容次第ではそういう可能性も出てきます。


 そのためにも、まずはその内容を聞いてみないことには始まりません。そもそもゴゴの勘違いだったり、あるいはやはり独り占めするための噓八百だったという線だって、レンリ達の立場からすれば否定できないのです。納得するために説明を要求するのは何もおかしいことではありません。



『すみません。まだ言えません』



 が、ゴゴの反応は意外なものでした。

 ここまで引っ張っておきながら使い道を明かせないと言うのです。これでは他の皆を納得させられるはずがありません。納得させられないはず、だったのですが。



『無理を承知でお願いします。これを我に譲って下さい。どうか、この通りです。お願いします』



 ゴゴがしたのは、ただ深々と頭を下げて、心を込めてお願いしただけ。

 このまま放っておけば恥も外聞も捨てて土下座でも始めそうな雰囲気です。


 彼女なら口から出任せでそれらしい嘘を吐くくらいできそうなものですが(実際、この時点までに細々とした嘘はいくつか言っていました)、というかレンリやモモ達としては作り話の論理的矛盾を突いて反撃できる余地がある分だけ嘘のほうが助かるくらいですが、単に頭を下げられるだけではかえってやりにくさを感じてしまいます。

 それだけで無条件に全部譲るほどではないにせよ、この時点で皆はゴゴにある意味気圧されていたと言っても過言ではないのでしょう。



「なんだか、やりにくいなぁ……ゴゴ君。そんなにするほど、その変な化石が必要なわけ?」


『はい』


「なのに、使い方については言えないと。言わない、ではなく」


『はい』


「なんだろ、他人に知られたら効果が消えるとか? 魔法関係だとそういう縛りのある道具もないわけじゃないけど……いや、やっぱり全然分からないな」



 レンリが探りを入れてみるも、さっぱり真意は掴めず。

 先日ゴゴの秘密を暴いた時の問答ともずいぶんと感触が違います。まるでゴゴが同じ姿をした別人になったような……まあ、ある意味核心に迫った感想ではあれど、手持ちの判断材料ではそれ以上の何かが分かるというものではありません。



『我は皆さんを信じています』



 そして、極め付きはこれでした。

 策も何もない真っ直ぐな信頼をぶつけるだけ。

 事実、ゴゴのこの言葉には嘘偽りはありません。

 これがその場凌ぎの軽い言葉であったのなら、それを聞いた皆もまた違ったニュアンスを感じ取ってこの後の対応が変わってきたかもしれませんが、ゴゴは本当にこの場の皆を心から信頼しているのです。故に、厄介。



『皆さんは我を信じてくれますか?』


「……う」



 こう言われてしまっては、釈然としないものを抱えつつも、なかなか否とは言えません。特にレンリやモモのようなひねくれ者タイプは、こういう真っ直ぐな信頼には案外弱いのです。

 そして、それ以外の元から素直な面々については言わずもがな。信頼には信頼で返すのが当然であり、力及ばず応えられないならともかく、積極的にそれを裏切るなど考えつきもしないでしょう。



『皆さん、ありがとうございました』



 だから各々釈然としないものを抱えつつも、最終的にゴゴが化石の権利を勝ち取ったのは当然の流れでした。彼女の言葉をそのまま信じるならば他の迷宮達が食べる分は残るはずですし、そもそもこれが最後の『神の残骸』とは限りません。また他に手に入る可能性があるのだから、惜しいとは思いつつも今回は我慢して見送る判断ができたのでしょう。


 ゴゴは小さな身体で抱えるように黒い球体を持ち上げると、



『ユーシャ』


「うん、どうしたんだゴゴ?」


『ああ、いえ。貴女は毎日元気だな、と』


「うん、わたしはいつも元気だぞ?」


『ええ、貴女はどうかそのままで。それでは』



 最後にユーシャとそれだけ言葉を交わすと、自らの本体である第二迷宮に確保した『神の残骸』を運び込むべく足早に走り去っていきました。






 ◆◆◆





 ゴゴが発見した『神の残骸』の新たな活用法というのは実に単純。

 他の皆がそれに気付かなかったのは知恵において劣っていたからでなく、むしろ逆。あまりにも愚かに過ぎて、わざわざ考えるような価値がなく、結果、思考の盲点に入っていたからこそ。正常な精神状態であればゴゴもきっと思い付きはしなかったでしょう。


 『神の残骸』を使えば出来ないことができる。

 普通の迷宮には出来ないことができる。

 自分自身を欠片も残さず食い尽くさせることが。


 つまり、自殺ができる。


 そうして第二迷宮と聖剣とを消滅させれば、最早ユーシャが勇者としての責務を負うこともなく、ただ一人の人間として自分の人生を歩んでいける。

 まだ勇者と聖剣の繋がりが完全でない今のうちに聖剣だけが消滅すれば、ゴゴの覚醒に引っ張られる形でユーシャまで神となってしまうような事態も避けられる……と、そんな形でゴゴは責任を取ろうとしていたのです。




 この時のゴゴは、まあ確かに正気を欠いてはいたのでしょう。

 とはいえ、全部が嘘偽りだったとも言い切れません。

 抱えている問題を解決したい気持ち、様々な問題の責任を取りたい気持ち、もう何もかも放り出して楽になりたいという気持ち。元々あったそれらが歪められ、増幅され、そして実際の行動として出力されたといったところでしょうか。


 ゴゴの身に起きていた異常について皆が知るまでには、さほどの時間はかかりませんでした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴゴの親心がいい [気になる点] これ皆に知られたら絶対怒られる 特にレンリには知られたら 猫が近づいただけで 「我のそばに近寄るな!」になる [一言] 更新お疲れ様です 自殺に使うとはと…
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