今日は剣の日③
……というわけで、回収してきたモノがこちらです。
『ね、我が変って言ったの分かるでしょ?』
「うん、確かに何か変な感じ。私にはヒナ君達みたいに気配とかは分からないけど」
現在位置、学都郊外。
現在時刻、正午を回って既に二時間強が経過。
そして皆の目の前には、数時間前にヒナが言っていた奇妙な『残骸』が置かれていました。直径約一メートルもある真っ黒な球体。まるで黒曜石の真球です。
「まあ、変って言ったらコレを手に入れるまでの過程からして変だったけど」
『うん、本当に。どういう確率なのよ、アレ……』
詳細については省きますが、コレを回収するまでにも色々ありました。最初は単に村人に一声かけて貰ってくれば済むとだけ思っていたのですけれど、
「まず魔物が、サソリのやつとコブラと、あと砂のゴーレムもいたね。それから食い逃げと空き巣と、自称盗賊が四十人くらいだっけ?」
『あと偽の権利書で土地建物を騙し取ろうとする詐欺師と、クズ石を宝石の原石だって言って売りつけようとしてた悪徳商人で全部……と、悪人以外のを含めると、たまたま固定具が壊れて逃げ出したラクダが二十五頭とギックリ腰で動けなくなったお年寄り二人も追加なのです』
指折り数えながら先程の砂漠の村での出来事を振り返るレンリに、モモが補足を入れました。事情を知らなければ何の話だか全く分からないことでしょうが、実はこれらはつい先程、レンリ達が例の村を訪ねた時に遭遇した事件の羅列なのです。
「この際来るのは仕方ないにしても、せめて一つずつにして欲しいよね。あの空気、完全に衝突事故だったし。全員が一斉に喋るものだから誰が何なのか聞き取るのがまず大変だったし。素性を把握したらしたで悪人同士で謎の譲り合いが起きてたし」
『あの流れ、ほんと何だったのかしら? 謎だわ……』
ヒナ達が首を傾げるのも無理はありません。
とりあえず、面倒になったウルやモモやユーシャが悪人っぽい連中を一度軽めにシバいて一列に並ばせ、今度は先頭から一人ずつ自己紹介をさせてリスト化した上で改めて殴り直して一人一人縛り上げていったのです。
ついでに作成したリストを添えて、ヒナが悪人全員を近くにある大きな街の兵舎前に届けてもきました。終始、全員が頭に疑問符を浮かべながらの作業ではありましたが。
一つや二つ重なるくらいなら、そういう偶然もあるかもと思えなくもありませんが、これら全てがピッタリ同時に起こったのです。これでは何者かの作為を疑いたくもなります。調べても結局何も出てはこなかったのですけれども。
『我とユーシャは前回のことは知りませんけど、あの村、本当に大丈夫ですか? とてつもなく性格の悪い呪いがかけられてたりとか……いえ、特にそういう気配はなかったんですけど』
「わっはっは、良い事をすると気分がいいな! 村の人も無事だったしな」
今回が初来訪のゴゴも困ったような顔をしていましたが、まあ、何も分からないなりにやるべきことはやりました。悩んでも仕方のない以上、ユーシャのようにさっぱり割り切るのが一番なのかもしれません。
その後は退治した魔物を食材にして村で昼食をご馳走になり、ほとんど忘れかけていた本題を思い出して前述の奇妙な化石を回収し……そして、ちょうど今しがた学都に戻ってきたというわけです。
◆◆◆
「これは、多分……眼球なのかな?」
さて、回収したブツについての話に戻りましょう。
黒い球体の正体は恐らく眼球。
微かにではありますが瞳孔と思われる色違いの部位が見て取れます。
「水分が抜けて萎むでもなくこんな形で化石化するのはおかしいだろうとか、視神経とか眼筋がくっ付いてた形跡が見当たらなくて真球に近い球形なのはどういう理屈なんだとか、そもそもサイズ感どうなってるのとか、まあ言いたいことは色々ないわけでもないんだけど」
化石の元になった神様が神様なだけに常識が及ばないことばかりです。
これまでにもいくつかの『神の残骸』を見てきたレンリ達ですが、どこの部位かハッキリ特定できるモノを見るのはこれが初めてです。以前の『残骸』はいくらか衝撃を加えたら砕けてしまいましたが、今回のモノは不思議と傷の一つも見当たりません。磨き上げられた水晶玉のようにツルツルです。
「ふむ、こうしていてもウル君やヒナ君に攻撃しようとする様子はないか。おかげで安全に持ち帰ってこられたんだけどさ。どうしようか、この先もずっと安全とは限らないし一応細かく砕いておく?」
『それも勿体ない気がするのです。前のやつとの性質の違いについては……推測しかできませんけど、重要度の差ですかね?』
「ほほう、モモ君、その心は?」
『そのまんまの意味なのです。人間のヒト達でも、たとえば盲腸よりも脳や心臓のほうが大事ですよね? で、身体の色んな部位に重要度で順位を付けていくなら眼球ってそこそこ大事なほうじゃないのです?』
元となった部位によって『神の残骸』の性質が変わる、かもしれない。
これはあくまでモモの仮説ですが、それなりの説得力はありそうです。
真偽を確認するには更に深く踏み込んだ調査が必要になりますが……。
『どれどれ、それじゃあ場所ごとにどれだけ違うかモモが責任持って味を見ておくのです。これはあくまで性質の違いを確認するために必要な作業であって、決して他の皆に取られる前にさりげなく私利私欲を満たそうなどという浅はかなアレではないのです』
『あっ、モモだけズルいの! それなら我も食べたいの!』
『ええと、せっかくだし我も味見くらいは……』
この調子だと調査名目の試食で綺麗さっぱり食い尽くされてしまいそうです。
これまでの事例を鑑みるに『神の残骸』は迷宮達の味覚を強烈に刺激するのは間違いありません。だとすれば、より重要度の高い器官ほどより美味しいという可能性もあります。その味を一度でも体験した迷宮達が飛びつくのも無理はありません。
「あれ、ゴゴは要らないのか?」
『ええ、まあ。聞いた限りでは随分と刺激が強いモノのようですし、まず貴女との問題をどうにかしないことには――――』
この場にいる迷宮の中で唯一その味を知らない、なおかつ現状ではユーシャとの問題もあって覚醒を先延ばしにしたいゴゴだけは、やや離れた位置で姉妹達の取り合いを眺めていたのですが。
『――――え?』
目が合った、と。
ゴゴはそう感じました。
そのあり得ざる視線は彼女の心の底の底、ゴゴ自身ですら自覚していないほどの奥深くにまで瞬き一つの間に届き、染め上げ、そして……。




