今日は剣の日②
新作の剣の仕上げも無事完了。
作業を終えたレンリがルカの持ってきてくれた朝食――寸胴鍋いっぱいの野菜スープと持てる限界数のパン――を、スープの一滴パン屑の一欠けらも残さず平らげる頃には、大体いつものメンバーが揃っていました。
「へえ、ちゃんと完成したんだな」
ルグが話題に出したのは、もちろん先程完成したばかりの剣のこと。
ここ数日レンリが掛かり切りで作業していたのは彼も知っていますし、剣を使う人間として名剣に関心を持つのは自然なことでしょう。
まあ、もし彼が何も言わなかったらレンリが自分から鬱陶しいほど自慢してくるに決まっているので、早いか遅いかの違いしかないのですけれど。
「ルカに叩かせたっていう割には全然曲がったり折れたりしてないけど、この剣ってそんなに頑丈なのか?」
今朝の出来事についても既に聞いています。
許可を得て鞘から抜いた剣をルグが観察してみても、刀身には僅かな傷も歪みも見当たりません。それにはもちろん剣に秘められた魔法が関係しているのですが……。
「へえ、お母さんが殴っても大丈夫なのはすごいな! よし、それじゃあ、わたしも一発試してみてもいいか?」
『じゃあ、その次は我ね! ルカお姉さんは優しいから壊さないように手加減しちゃったかもしれないの。我なら一発で粉々にしてみせるのよ!』
『うふふ、モモは目の前で見てたから剣の仕組みはもう知ってるのですけど、まあそれはそれです。ここはお姉ちゃんに負けずに強烈なのを一発ブチ込んでやるのですよ。そうそう、風の噂によるとキックの威力はパンチの三倍から五倍にもなるとかなんとか』
と、前から順番にユーシャ、ウル、モモの三人が妙なやる気を出していました。
ユーシャはゴゴがいなくとも独力でルカ譲りの怪力を発揮できますし、覚醒迷宮であるウルとモモは固有能力抜きの単純なパワーでも恐るべきものがあります。より具体的には、腕力だけで大木を根っこから引っこ抜いたり、分厚い鉄板をパンチでブチ抜く程度なら造作もありません。
あとここ最近の迷宮達に関しては、先日街に魔物が出た時の反応からしても力を持て余してウズウズしているのは明らか。有り余る力の振るい先を探しているフシがあります。今のところは流石に誰彼構わずケンカを売って回るほど欲求不満を持て余しているわけではありませんが、こうして機会があれば躊躇する理由はないということなのでしょう。
「ふふふ、諸君やめたまえ。まあ、きっと大丈夫……今回のやつなら流石のキミ達が相手でも大丈夫なんじゃないかなぁと思わなくもないけど、そもそも寄ってたかって人の最高傑作を壊す方向で話を進めるのはやめたまえ」
まあ、流石に今回は実行前にレンリが止めました。
すでにルカの一撃に耐えた実績があるとはいえ、ムキになったウル達が何十発何百発と際限なく殴り続けたら万が一がないとも限りません。熱くなった勢いで、高熱のブレスだの強酸性の毒液だの『強化』だのを使われても困ります。
「ひとまず、剣の細かい仕様についてはまだ秘密ってことで。何度も繰り返し説明するのも面倒だし、シモン君が帰ってきた後でちゃんとお披露目の機会を設けることにするよ。彼らもそろそろ帰ってくる頃みたいだからね。だろう、ウル君?」
『うん、今日の列車で帰るって言ってたの。お土産もたくさん買ってたのよ。銘菓「魔界十万石饅頭」とか銘菓「魔界草加せんべい」とか我的にオススメよ』
「ふふふ、なんのことかよく分からないけど、それは色々と大丈夫なやつなのかい? 頭に『魔界』って付ければ大丈夫とか思ってない? 私にはなんのことか全然分からないけど。ああでも、コスモスさんが販売に一枚噛んでるのだけは分かった」
お土産の内容については深く考えないことにして、ウル経由での話だとシモン達はもう今日にも帰ってくるようです。というわけで、シモンの剣の詳細については一旦後回し。
「これで私も手が空いたし、今日あたりから本格的にゴゴ君の件について、あっちの剣の件について考えていこうかと思うんだけど」
次なる話題は先日ようやく問題の概要が明らかになったゴゴの問題、ではなく。
『あの、その前に皆ちょっといいかしら?』
意外にも、ヒナがレンリの提案を遮る形で別の話を切り出してきました。
『ゴゴお姉ちゃんが心配なのは我もだけど、一応先に皆に言っておいてほうがいいかなって。ちょっと我だけだと、どうしたらいいか分からなくて……』
迷宮の中では比較的良識派のヒナが言うことです。
ゴゴの心配をしつつもこうして後回しにせず切り出したあたり、それなりに緊急性や重要度が高い話であることが察せられます。
『ほら、この間皆で西の砂漠の国まで行ったでしょ? 一人で飛んでいけばすぐだし、ちょくちょく我一人で様子を確認しに行ってたんだけど』
「ああ、そういえばあったねそんなこと」
以前、ゴゴとユーシャを除く皆で飛んでいった際もかなりのスピードが出ていましたが、ヒナ一人であれば更に何十倍もの超高速飛行も可能です。往復でほんの数分程度なら大した手間でもありません。
真面目な気質の彼女は村人達を無闇に怯えさせないよう隠れつつ発掘の進捗を確認したり、村が別の魔物に襲われていないかなど頻繁に確認をしていたのですが、そこで妙なモノが掘り出されたのを見たというのです。
『あの黒い化石……だと、思うんだけど。前に見たのと何か違うというか?』
以前の『神の残骸』とは似て非なる物体が発掘された、らしい。
しかし、現状ではヒナも正確に正体を把握しているわけではなさそうです。
だからこそ自分一人で判断せず、こうして皆に相談を持ち掛けたのでしょうが。
『化石は化石なんだけど、もっとこう気配が……生き生きしてる感じ? その割に、我が近寄っても前のやつみたいにトゲを出して攻撃してこないし。なんだか、とにかく変な感じなのよ』
「ふむ、話を聞くだけだとイマイチ判然としないね。とはいえ、ヒナ君が感じた違和感を安易に切り捨てるわけにもいかないか」
結局、ヒナの話だけではほとんど何も分かりません。
とはいえ、彼女の違和感を気のせいと断じるのも気が引けます。
以前、ウルを捕食しかけた『神の残骸』は超巨大な無数の怪物と化して学都を跡形もなく滅ぼす寸前までいったのです。もしまた同じような怪物が同じように暴れた場合、あの小さな村など簡単に消滅してしまうことでしょう。
「じゃあ、今日はその変な化石の調査。結果次第でそのまま回収ということで」
あの村の子供達とは短い付き合いなりに交流もありましたし、大人達も今では大切な労働力。もし調べた結果危険がありそうなら早めに排除するが吉。調査しても何もなく杞憂で済むのなら、それもまた良し。その時は迷宮の誰かしらの覚醒やパワーアップに使えるので無駄はなし。いずれにせよ何もしないという選択はありません。
というわけで、先日のメンバーにゴゴとユーシャを新たに加えた一行は、再び例の砂漠の村へと向かうことになったのです。




