聖剣のひみつ
『……参りました。降参です』
とうとうゴゴも観念したのでしょう。
肩を竦めて苦笑いを浮かべています。
「全然勝った気はしないけどね。普段のゴゴ君ならあんな分かりやすい反応はしなかっただろうし。ずっと気を張ってたせいで気疲れしてたんじゃないの?」
『買い被りですよ、レンリさん。我はちょっと表面を小器用に取り繕うのが得意なだけで、実際のところはこんなものです。見ての通りの小娘ですよ』
ゴゴの態度は意外にも晴れ晴れとしています。
これまで不自然なまでに徹底した秘密主義を貫いてきたわけですが、誰にも頼れず孤独に意地を張り続けるのは、肉体的にはともかく精神的にはそれなりの消耗があったのでしょう。
もう疲れた。
楽になりたい。
そんな後ろ向きな考えが浮かんできても不思議ではありません。そして、ゴゴが自分自身に対してそれほどの無理を課すことになった原因についてですが。
『何から話したものかは迷いますけど、一番大きな理由としては、まあ……情が湧いちゃったんでしょうね。あの子に、ユーシャに』
ユーシャは聖剣たるゴゴが自分の理想的な使い手として造り上げた生命体。
人造聖剣ではなく、人造人間でもなく、しいて言うなら剣造人間。
戦士が自分に合った武器を職人に依頼することは珍しくもありませんが、その逆となると古今東西の歴史を紐解いても前代未聞でしょう。
レンリ達と出会う以前からそういったアイデアを温めていたゴゴは、なんやかんやあった末にルグとルカの精神的・肉体的な素養に惚れ込み、密かに採取していた二人の血液等から人間を一人拵えてしまったというわけです。無断で。
『我ながら酷い話ですけど。いや、今考えると本当に酷いですけど。なんというか、あの時はテンション上がってて細かいことは別にいいかなぁって』
「ゴゴ君、意外と感情で動く子だよね」
その行為の是非については一旦置いておきましょう。
出来てしまったものは仕方がありません。
それに、ここまでの話に関してはレンリ達も既に知っています。
ここまでは、あくまでおさらい。本題はここからです。
道義的にはともかく、最高の武器である聖剣が理想的な使い手を得ることができたのです。今はまだ未熟でも、いずれは先代の勇者と聖剣をも超える最強タッグにもなり得ます。
これならば如何なる怪物や侵略者がこの世界を脅かそうとも物の数ではない。平和を守るための備えは万全、これにてハッピーエンドです。めでたし、めでたし……となっていれば、最初から今回のようなややこしい事態にはなっていません。
ここで先程のゴゴの言葉に戻ってくるわけです。
ユーシャに対して情が湧いてしまった、と。
ホムンクルス同様に大人の姿で生まれてきたユーシャには、最初から様々な知識が植え付けられてはいましたが、それでも経験不足はどうしようもありません。
必然的に、ゴゴがほとんど付きっ切りで生活の世話を焼く必要がありました。
服の着方から食事の仕方から、およそ人が暮らしていく上で必要なことは一通り。
その過程でゴゴも、まあ、色々と思うところがあったのです。
危ない目に遭わないで欲しい。
良き縁に恵まれて欲しい。
健やかに育って欲しい。
幸せになって欲しい。
等々と、普通の母親が子供に対して想うように。
それらの願いそのものは、決して悪いものではないのでしょう。
しかし勇者に向けられるものとしては、言うなれば、相性が悪い。
安全なところから出ないよう危険から遠ざけられていたのでは、勇者としての役割など果たせるはずもありません。
『……本当に、本当に酷い話です』
それがゴゴの秘密。ゴゴの罪。
実際に人間を一人作り出してしばらく一緒に暮らすまで、勇者のことを自分にとって都合が良いだけの道具のように考えていたのです。まるで、人間が剣を使い手にとって都合が良いだけの道具として考えるかのように。
そうではない、と気付いた時にはもう遅い。
ユーシャにはゴゴとは違う人格があり、彼女なりの人生がある。
自由に生きる権利がある。あるべきだ。あらねばならぬ。
けれど、今更どの面下げてそんなことが言えるというのか。
勝手に勇者として生み出しておきながら、勇者なんかになってくれるな、などと。
ゴゴが誰にも悩みを打ち明けられなかったのも無理ありません。こうして語っている間も、ゴゴは自分自身の身勝手さに改めて呆れ果て、恥じ入るばかり……ですが。
罪悪感を持つのも無理ないとはいえ、それはあくまでゴゴ個人だけの悩み。
こうして皆の前で正直に事情を打ち明けても、たとえば話題の張本人であるユーシャが自分のアイデンティティについて思い悩んだりするような気配はまるでありません。
落ち込むゴゴを慮って気にしていない演技をしているとかですらなく、本当に何も気にならないようです。小難しい話に飽き始めたのか欠伸すらしています。
遺伝上の両親であるルグとルカにしても、ユーシャの生き方をこれ以上縛り付けようというならまだしも、その逆で自由にのびのびと生きて欲しいというのがゴゴの願いなわけですから、特に文句を言ったりする筋合いはありません。
その他の外野も概ね同様の反応。
しいて言うなら、ヒナがユーシャの境遇に同情的なくらいでしょうか。
ウルやモモなど面の皮の分厚さに定評がある面々は、そんな「つまらないこと」が秘密の正体だったことに露骨にガッカリすらしています。人間も迷宮も、自分の勝手な都合で他人を振り回す程度のことに、いちいち罪悪感を覚えるような繊細な心の持ち主ばかりではないのです。
「ゴゴ君。でも、それだけじゃあないよね?」
『ええ、まあ。これで大体半分くらいですね』
とはいえ、それだけならばまだ良かったのです。
あるいは、ここからが面白いところなのです。
これまでの話はゴゴの聖剣としての側面から出た悩み。
残るもう半分、 ゴゴの迷宮としての側面がこの問題を更にややこしくしていました。




