人間、大抵の状況にはなんやかんや慣れる
それからの数日は意外なほど平穏に過ぎていきました。
「えへへ……いっぱい、食べてね……たくさん、作ったから」
「わたしも手伝ったぞ! お母さんは料理が上手いな!」
この日は学都の郊外にある草原でピクニック。
ルカとユーシャが一緒に作ったお弁当を皆で堪能しています。
「その肉のやつはわたしが作ったのだな。まかないで食べて美味しかったから店長に作り方を教わったんだ。どうだお父さん、美味しいか? どうだ?」
「ああ悪くない……いや、美味いぞ。よく頑張ったな」
まだ若干のぎこちなさはあるものの、ルグの反応も上々。
タレ漬けの鶏肉を焼いたモノとシャキシャキの葉野菜を買ってきたパンに挟んだだけのシンプルなサンドイッチですが、タレの甘じょっぱい風味に粒マスタードのピリ辛が合わさって食欲がモリモリと刺激されます。
「そうか良かった! 遠慮しないでもっと食べてくれ、レンリみたいに。わたしもいっぱい食べるぞ、レンリみたいに」
「いや、やめとけ。アレを真似したら腹がはち切れて死ぬ」
ルグ達の視線の先ではレンリが何十キロあるかも分からない料理の山を、目にも留まらぬスピードでどんどん消滅させています。他の人間が同じことをしたらほぼ間違いなく内臓が破裂するので良い子は真似してはいけません。
『うふふ、たまにはお外での食事も乙なモノなのです』
ちなみに本日の食材の多くは、パンや調味料などの一部を除いて、ほとんど第四迷宮で調達した物。普通の食材店や市場でレンリが満足できる量を買い揃えようとすると、量や値段や他の客への迷惑など考えねばならず色々大変なのです。
巨大生物が闊歩する第四迷宮なら多少の危険はありますが、その手の面倒は概ね解決できます。それに迷宮そのものの協力が得られるなら、その危険もほぼゼロに。その対価というわけではありませんが、本日はモモもピクニックに参加して一緒に舌鼓を打っていました。とはいえ、わざわざモモが出張ってきた理由はそれだけではありませんが。
『ゴゴお姉ちゃん、ちゃんと食べてるのです?』
『はいはい、食べてますよ』
表面上は姉妹による和やかな会話。
ですが、その実態はモモによるゴゴの監視と観察です。
詳細は不明ながらも、何かしらの問題を一人で抱え込んでいるらしいゴゴ。その一挙手一投足、僅かな表情の変化や会話の内容から秘密を探ろうとしているのでしょう。密かに『強弱』まで使用して、自制心を弱めたり感情の起伏を強めたりといった口を滑りやすくする細工までしていました。
『お姉ちゃん、最近どうです? 何か悩みとか』
『いえ、特に』
しかし、ゴゴもそのあたりは承知の上。
先程からずっと当たり障りのない言葉しか発さず、なかなか内心を見せようとしません。モモの『強弱』は、こと応用力の広さに関しては迷宮達の中でも上位に入る使い勝手の良い能力ですが、万能とまではいきません。
どういう用途で『強弱』が使われるかの予測ができれば、あらかじめ用意した返答を機械的に返すなりして備えることも可能。心構えがあるかないかの一点だけでもかなりの違いが出てきます。能力のタネが割れている相手に、それも相当に頭が回る相手に十全の効果を発揮するのは容易ではないのでしょう。
『うふふ』
『ふふふ』
結果、こちらは特に進展なし。
秘密を隠し通した点からすると、ゴゴの粘り勝ちでしょうか。
表面上は二人とも終始穏やかな笑みを浮かべているように見えましたが、モモの笑みは悔しさで少しばかり引き攣っているように見えなくもありませんでした。
◆◆◆
「こら、顔に食べかす付いてるぞ。ほら、拭いてやるからこっち向け」
「おお、ありがとう、お父さん!」
ゴゴの件に関しての進展はありませんでしたが、ユーシャと「両親」の関係については、ここ数日間で更に改善したようです。元々仲が悪かったわけではありませんし、正確には改善というよりも適度に折り合いを付けられるようになってきたといったところでしょうか
「やあ、ルー君。なかなか父親ぶりもサマになってきたじゃあないか。前はあんなに取り乱してたのに、いったいどういう心境の変化だい?」
「ああ。なんか、慣れた」
ユーシャとルカが食事の後片付けをしている時に、ルグとレンリはこんな話をしていました。ルグ曰く、慣れた、と。あまりにあっさり言うものだからレンリも少々驚きました。
「ふぅん? 聞いといてなんだけどさ、ソレってこんなすぐ慣れるものなの?」
「自分でもすんなり慣れすぎて不思議なくらいだけどな。正直そんな悪い気分じゃない、ような気がする。まあ現実問題として考えたら将来的に家族として引き取って一緒に暮らすのかとか、あいつの戸籍ってどうなってんのかとか、周りへの説明をどうするかとか、面倒は色々ありそうだけどな。そのあたりルカとも色々話してみたけど、シモンさんとか魔王さんに頭下げて力を貸してもらえばどれも解決できなくはなさそうだし」
「ははっ、世の中持つべきものはコネだねぇ。ていうか、私が思ってたよりずいぶん具体的なところまで考えてて驚いたんだけど」
「いや、そりゃ考えるだろ? 自分の子供のことだし」
「……お、おお。さらっと言い切ったね。キミ、たまに凄いな」
ここからどう転がるにせよ、当の本人達がここまで割り切って受け入れる覚悟ができているのなら、誰にとってもそう悪い結果にはならないだろう。部外者であるレンリから見てもそう思えます。多少の妥協や諦念もないわけではないにしろ、基本的には前向きな気持ちであるようです。
ルグが懸念しているような問題、あるいは現状からでは予想できないトラブルの類に関しても、彼が言うように本人達の努力と人脈でカバーできなくはないでしょう。
「当人達が納得してるなら私から言うことはあんまりないかな。仲良きことは美しき哉、ってね。キミらとユーシャ君が幸せになってくれるよう願うばかりさ」
当事者が皆揃って納得しているのなら、この件については最早なんの問題もありません。
まだ当分はユーシャも魔王の店で働くつもりのようですし、両親たるルグとルカの仲も更に進展させる必要があるでしょう。物事がすべて順調に運んだとしても三人が実際に親子らしく暮らせるようになるまでまだ何年もかかるかもしれませんが、当事者が皆納得しているのならば問題はありません。
……ですが。
本当に、皆が納得しているのでしょうか?




