ゴゴの秘密の謎の不思議
結局ゴゴが解放されたのはレンリの部屋に着いてから。
迷宮の化身は肉体的な疲労を感じないのですが、精神面の耐久力となると話は違ってくるようです。両手足を拘束された上で半日以上もトランク詰めにして運ばれる体験は、少なからずゴゴのメンタルにダメージを与えていました。
『まったく何考えてるんですか!? それとも何も考えてないんですか!?』
「ははっ、ゴゴ君なんだか久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。お風呂なら今ユーシャ君とウル君が使ってるからちょっと待っててね。あ、それとも朝風呂派かな?」
『会話が噛み合わな過ぎて怖いんですけど! おねがいですから、ちゃんと我と会話をしてください!』
この通り、明らかに普段の冷静さを欠いています。
これならば、うっかり口を滑らせてくれる見込みも増すというもの。ここまでの過程が明らかに犯罪行為である点にさえ目を瞑れば、実に効果的な方法と言えるでしょう。
「おやおや、ということはゴゴ君にはちゃんと会話をする気があるのかな?」
『え? あ、いえそれは……』
痛いところを突かれた。
ゴゴがそう思ったのは明らかでした。
なにしろ元はと言えばゴゴが第二迷宮での呼びかけに応えず無視していたせいで、わざわざ迷宮都市にいた個体をユーシャごと呼び寄せるハメになったのですから。いったい如何なる理由があって距離を置こうとしていたのやら。
「ふふふ、私としてはその理由を聞いてみたくはあるんだけど」
『……』
ゴゴは沈黙で答えます。
とはいえ、無言の時間はそう長く続きません。
「でも、まあ今日は止めておこうか。もう夜も遅いしね。ふわぁ……ねむ」
『はぁ、そうですか……?』
レンリに結果を焦る気持ちはないようです。
すっかり警戒していたゴゴとしては拍子抜け。
二人きりの今ならば、強引にドアを抜けるか窓から飛び降りるかして脱走できそうです。無論、この態度自体が油断させるための罠である可能性にもゴゴは思い至っていましたが、どうしても気が抜けてしまいます。
ちなみにルグとルカは既に帰宅済み。
ユーシャは「両親」と一緒にいたがったのですが、仮にも男の一人暮らしであるルグの部屋に見た目は成人女性である彼女を連れ込むのは、単純に狭苦しいのもありますが外聞がよろしくありません。
ルカの住む家、つまりシモンの所有する屋敷であれば空いている部屋は余っていますが、こちらはルカの家族に対する説明が大変。ユーシャの性格上、うっかり関係性をバラしてしまう可能性は大いにあり得そうです。
元々ユーシャが迷宮都市に移って魔王宅に居候するまでは、第二迷宮のどこかにある秘密の部屋(家具一式付き)に住んでいたのですが、今のゴゴを自分の迷宮に戻して本来の力を取り戻させるのは逃走のリスクからして得策ではないでしょう。
監視の必要を考えると一般の宿屋なども都合が悪い。なので、消去法でユーシャとゴゴはレンリの部屋に泊まる流れになったのです。家主であるマールス氏にも先程挨拶しましたが、急な話にも関わらず快く承諾してくれました。
「はっはっは! 出たぞ、二人とも!」
『もうっ、ちゃんと拭き終わる前に歩き回っちゃダメなのよ』
ユーシャとウルも風呂場から戻ってきたようです。
レンリ一人だけならともかく、ウルを含めた三人が相手ではゴゴの脱走が成功する可能性は万に一つもありません。迷宮の感知能力は睡眠中でも有効なのです。少なくとも今夜一晩はこのまま部屋で大人しくしているしかないでしょう。
「じゃあ、そろそろ寝ようか。四人は流石に狭そうだけど」
『我は床でも構いませんよ』
「ダメダメ、それだと一人だけ仲間外れみたいだしね。ほら、ユーシャ君捕まえちゃって。そう、そのまま抱き枕みたいにして寝ちゃえばゴゴ君も逃げられないでしょ」
かく言うレンリも既にウルを抱き枕にしています。
夏はひんやり、冬はぽかぽか。適度に柔らかくもちもちとした感触のウルを、レンリは普段から快眠グッズとして愛用しているのです。
すっかり慣れているせいか、これに関してはウルも特に抵抗したりはしません。きっと姉妹であるゴゴも快適な睡眠を提供してくれることでしょう。本人の意思はともかくとして。
「ゴゴ君、誰にでも多少の秘密はあるものだし、私達から距離を置こうとする理由を言えないのには言えないなりの事情があるんだろう? 私にだって秘密の一つや二つ……十、百……ちょっと自分でもカウントしきれないけど千や二千くらいはあると思うし」
『……それは流石に多すぎると思います』
「でも、人に言えない秘密と関係のない普通のお喋りくらいは前みたいにして欲しいかなって。そうやって口の滑りを良くして油断させようって下心もないわけじゃないけど、まあ気が向いたらでいいからさ。じゃ、おやすみ」
レンリはそう言い終わると返事を聞く前に寝息を立て始めました。
ウルとユーシャも気付けば完全に熟睡しています。皆、驚くべき寝付きの良さです。
『……変な人』
ゴゴはそれだけぽつりと呟くと目蓋を閉じました。




