ワクワク、ドキドキ、夏休み
レンリ達はあれだけやっても会うことができなかったのに、どうやらウルは毎日ゴゴと顔を合わせていた、らしい。つまり会えないのは本当にレンリが嫌われていただけ……というわけではなさそうです。多分。
「ふっふっふ、まあ私は最初から全部分かっていたけどね」
『逆にすごいの。ヒトってこんな薄っぺらな言葉を言えるのね』
よくよく話を聞けば不思議なことはありません。
今日の昼間はいませんでしたが、もしヒナがいたらウルと同じような反応をしたことでしょう。というのもウルとヒナ、そしてゴゴを含めた三人は、自分達の分身をそれぞれ迷宮都市の魔王一家のところに住まわせているのです。
「同じ家に住んでるんだから、そりゃ顔くらい合わせるよね。そっちにいるゴゴ君は部屋に引きこもってたりしてないのかい?」
『特にそういうのはないのよ? お家やお店のお手伝いとかもちゃんとしてるの。あ、我も! 我もちゃんとお手伝いしてるの!』
ウル曰く、迷宮都市にいるほうのゴゴは家事や店の手伝いなども熱心にしているようです。特に逃げたり隠れたりする気配もない様子。家の人々や店を訪れるお客さん相手の接客も問題なくこなしているのだとか。
『ん~……でも、言われてみれば最近何か悩んでるように見えなくなくもなくなくないような?』
「ウル君、それは結局あるのかないのかどっちなんだい?」
『えっとね、考えてみたらなんとなくそんな気がするってだけなんだけど、無理して普通なフリをしてるっていうか、必要以上に明るくしてるっていうか? あと、一人の時に考え事をしてることが多いような気がしなくもないの』
「あくまで些細な違和感があるって程度かな? ウル君の違和感をそのまま信じるとすれば、ゴゴ君には何か隠しておきたい悩みや本心があるってことなんだろうけど……あの子、モモ君とは別ベクトルで嘘が上手いタイプでしょ」
ひとまずウルの違和感が正しいと仮定しての話ですが、ゴゴが本気で隠し事をしているとすれば秘密を暴くのは容易ではありません。
本性を隠さなくなってからのモモもなかなかの切れ者ぶりを見せていますが、ゴゴも聡明さにおいては劣るものでなし。必要とあらば嘘を吐くことも厭いません。まともに話をしても煙に巻かれるのがオチでしょう。
「悩みの原因については心当たりがないこともないんだけどね」
『そうなの?』
「うん。まあ、十中八九くらい。多分だけどユーシャ君絡みの何かじゃないかな。具体的な理由までは分からないけど。日々の育児疲れとか?」
まあ、育児疲れはレンリの冗談として。
聖剣であるゴゴが相棒にして使い手であるユーシャとの関係で悩んでいるというのは、それなりにあり得そうに思えます。具体的にどこがどうとなると思考材料が不足していますし、本人達に話を聞かない限りはこれ以上考えても妄想にしかなりませんが。
「ちなみにユーシャ君ってあっちでどうしてるんだい? あの子もウル君達と一緒にお店で働いてるんだろう?」
『うん、すっごく頑張り屋さんなの。我ほどじゃないけど、お客さんからも人気なのよ。我ほどじゃないけど』
「はいはい、すごいすごい。ちなみに彼女は特に変わった様子は?」
『そういうのはないと思うの。毎日元気にしてるのよ』
「私もあまり長く付き合いがあったわけじゃないけど、何かと分かりやすい子だからね。そちらは特に隠し事とかはなさそうか……ふむ」
レンリは顎に手を当てて、しばし思案。
考えをまとめるとウルにいくつかの伝言を頼むのでした。
◆◆◆
さて、その翌朝。
迷宮都市の魔王の店にて。
「ユーシャちゃん、お店のことは気にしないでゆっくり楽しんできてね」
「うん、ありがとう店長! ほら、ゴゴもこんなに喜んでいるぞ」
『むーっ! んんーっ!?』
店内には魔王とユーシャ、そしてゴゴの三人が。ちなみにリサは日本にある実家の店で仕事中、アリスは子供達を幼稚園まで送りに行って不在です。
朝の仕込み途中である魔王はいつものエプロン姿ですが、ユーシャは普段のウェイトレスの制服ではなく半袖のシャツにハーフパンツ、スニーカーといったラフな私服姿。背中のリュックサックと片手に持った大型のトランクを合わせれば、いかにもこれからバカンスに向かう旅行者といった風情です。
「夏休みか、世の中にはそういうのもあるんだな!」
「うん、僕は正直言われるまで気が付かなかったけど。教えてくれたレンリちゃんには感謝しないとね」
『んーっ!? んんーっ!?』
昨夜、ウルを通して従業員に夏季休暇を取らせてはどうかとレンリから連絡があったのです。魔界で一般的な習慣ではないせいか魔王もうっかり失念していたのですが、彼も学生時代のリサを見ていたので夏休みというモノの存在は知っています。
元々、魔王は従業員に対する福利厚生を渋るような性格でもありませんし、この際だからと先ずはユーシャとゴゴに長めの休みを与えることにしたのです。
「あと、これお弁当だよ。ユーシャちゃん、ハンバーグ好きだったよね? 列車の中で食べるといいよ」
「おお、ありがたい。わたしはハンバーグが大好物なんだ! ほら、ゴゴもこんなに喜んでいるぞ」
『むーっ!? むむーっ!』
「そうか、そんなに嬉しいんだな。わたしもだ」
テイクアウト用の紙箱に入った弁当を受け取ると、ユーシャは片手に提げたトランクに向けて語り掛けました。ガタガタと揺れるトランクの中から聞こえてくるのは、両手足を頑丈なダクトテープで何重にも拘束され猿轡を嚙まされたゴゴの声。
真面目なゴゴは急に休めと言われても素直に休んでくれないだろうから、多少無理にでも連れ出したほうがいいと、これもまたレンリからの伝言で指示されていたのです。この家の奥方達に見つかる前に、手早く用意して送り出すようにとの注意付きで。短い付き合いながらも、ここの一家の人となりを実によく把握しています。
人並外れて素直なアホ二名、魔王とユーシャは信頼する友人からのアドバイスということで、深く考えることなくあっさりと指示に従ってくれました。
ゴゴは肉体を刃物に変形させることができるのですが、未覚醒の迷宮である彼女は自身の迷宮外では大きく切れ味を落としますし、トランクの内側はどこのご家庭にもある鋼板でしっかりと補強されています。いくら迷宮といえどゴゴが独力で抜け出すのは不可能です。
「じゃあ、いってらっしゃい。ゆっくりしておいで」
「うん、いってきます店長! お父さんとお母さんに会うのも久しぶりだな、楽しみだ。おお、ゴゴもそんなにハシャぐほど嬉しいんだな?」
『むーーーーっ!?』
かくして、なんかユーシャとゴゴが学都まで来ることになったのでありました。




