レンリとモモの迷宮芸術
と、そんなわけでやってきました第二迷宮『金剛星殻』。
ゴゴが引きこもりになってしまった、らしい。
モモの推測をそのまま信じるかはさておき、ここ最近ゴゴが姿を見せていないのは事実です。レンリ達としても彼女の現状について気になってはいました。
なにしろ相手は迷宮ですし、まさか病気で臥せっているはずはないにせよ、心配なものは心配なのです。ゴゴの事情にずけずけと踏み込みすぎるのも良くないだろうと、これまでは意図して放置していた問題ですが、こうして話題に出たのを機に一度しっかり様子を確認するくらいしても罰は当たらないでしょう。
「これで実は全然大した問題とかなくて、会ってくれないのは単に私やモモ君がゴゴ君に嫌われてるだけだったってオチだったら笑えるよね? もう大爆笑」
『うふふ、全然笑えないのです。というか、そもそもお姉さんはゴゴお姉ちゃんに嫌われる心当たりとかおありなのです?』
「ゴゴ君に嫌われそうな心当たり? いや、ちょっと覚えがないかな。聖剣に対する純粋な学術的好奇心で、色々触ったり舐めたり脱がせようとしたことはあるけど未遂だから無罪だよ? なぁに、それくらいなら友達同士の軽いスキンシップさ」
『どう解釈しても有罪なのですよ。どんだけ自分に甘いのですか』
よくよく振り返ってみると、少なくともレンリに関してはゴゴに避けられてもおかしくない所業の数々が思い当たりますが……まあ、恐らく今回の引きこもり疑惑とは関係ないはずです。
もしそれらの悪行が原因ならもっと早くから避けられていたでしょうし、特にそういった心当たりのないモモやルカ、ルグまで避けられる説明が付きません。全員まとめてレンリの一味として危険視されている可能性からは目を逸らしておきましょう。
「ま、結局のところ本人に聞いてみないと分からないってことだね。問題は、どうやってゴゴ君本人と話をするかなんだけど……」
「前は俺達が迷宮まで来て呼ぶと、そこら辺から出てきたんだけどな」
「うん……い、いないね」
第二迷宮は金属と石の中間のような不思議な材質のブロックで構成された、直径五十キロにもなる巨大な球体。その内部は無数の通路が血管のように入り組む広大な迷宮であり、その上、内部を歩く人間の立ち位置により重力のかかる向きが変動するという奇妙な特性があります。
こんな迷宮を闇雲に探し回っても、目当ての迷宮を見つけ出せるとは到底思えません。もしゴゴが皆を避けているのならば尚更。なにしろ第二迷宮そのものである彼女は、迷宮内のどこにいようが内部にいる人間の位置や状態をリアルタイムで把握でき、迷宮の構造そのものを意のままに組み替えることすらできるのです。
シモンのように迷宮の認識そのものに干渉できるならともかく、レンリ達にそのような人間離れした真似ができるはずもありません。ゴゴが逃げに徹する気なら、真正直にかくれんぼや追いかけっこをするのは愚策でしょう。
ならば、どうすればいいか?
答えは簡単。
「仕方ない。この手は使いたくなくもなかったけど、ゴゴ君のほうから出て来たくなるようにしてあげようじゃあないか」
「出て来たくなるようにって……レン、お前じゃないんだから食べ物で釣っておびき寄せるのは無理だと思うぞ?」
「はっはっは、ルー君も冗談が上手くなったなぁコノヤロウ。まあ、ご期待に添えなくて悪いけど今回は食べ物は使わないよ。ええと、どこに仕舞ったかな……」
レンリは肩に掛けていたカバンの中をゴソゴソと探り、間もなく目当ての品を取り出しました。それは迷宮に来る途中に道中の商店で買っておいた……、
「あったあった。こんなこともあろうかと来る途中で買っておいたんだよね、ペンキ。ほら赤、青、黄、黒。ちゃんと塗るための刷毛もあるよ」
「……なんで? いや、なんか途中の店でモモと買い物してたのは知ってるけど量がおかしいだろ! どう見てもカバンに入らないだろそれ!?」
「ふふ、あら不思議、種も仕掛けもありませんってね」
「わ、わぁ……びっくり、だね……ぱちぱちぱち」
ペンキ入りの大きなバケツが四つほどカバンから出てきました。
中身がこぼれていないのは蓋がしてあるからとして、どう見てもカバンに入り切る量ではありません。ルグは勢いよくツッコミを入れていますし、ルカは手品と勘違いしてパチパチと拍手を送っています。
『うふふ、世の中には不思議がいっぱいなのです。まあ、これに関してはモモがお姉さんのカバンを強化して中の空間をSFな感じにしたからなのですけど』
「モモ君の『強弱』、覚醒してなんだかすごいことになってるね」
『いえいえ、それほどでもあるのです。帰ってからの何日かで色々検証はしたのですけど、まだ自分でも応用の幅を把握しきれてない感が……っと、話が逸れてしまったのです。まずはゴゴお姉ちゃんを引きずり出さないと』
油断をするとまた際限なく横道に逸れてしまいそうです。
モモの成長具合についてはまた後日改めて話を聞くとして、レンリとモモは当初の目的通りゴゴを誘い出すための作戦に取り掛かりました。
「一番大きな刷毛を買っておいて良かったね。とりあえず挨拶代わりに……レ、ン、リ、参上、夜露死苦……っと」
『うふふ、モモのアート心がビシビシと刺激されるのです。胸の内から湧き上がるインスピレーションに素直に従って……よし、まずはウンコ描くのです、ウンコ。さっき街の子供達が道端で描いてたので』
その作戦とは、落書きです。
レンリとモモは、第二迷宮の壁にいきなり落書きを始めました。
レンリなど日々の地道な日本語学習の成果を遺憾なく発揮して、わざわざ漢字で夜露死苦しています。恐らく教材として使っている本でそういった文化を学んだのでしょう。
「何してんの、お前らーっ!?」
「何って、ゴゴ君が耐えかねて出てくるように嫌がらせを……じゃなかった、思わず賞賛せずにはいられないような芸術活動をだね。おや、モモ君、なかなか絵が上手じゃないか。ううむ、薫り立つような迫力があるね。まるで今にも壁面から飛び出してきそうな躍動感があってすごく嫌」
『いやそれが実はまだ試してなかったのですけど、ダメ元で画力を強化してみたらなんか出来ちゃったのです。ううん、我ながら実にリアルな温もりが感じられるウンコなのです』
ルグが喉も枯れんばかりにツッコミを入れていますが、すっかり興が乗ったレンリとモモはまったく止まる様子がありません。特にモモは両手に加えて髪の毛まで駆使して刷毛を振るい、迷宮の壁一面にやけにリアルタッチな茶色い物体を次々描き上げています。
『ほら、モモ達迷宮は飲み食いした物を100%エネルギーに変換できるので。これは自分に生み出せないモノに対する憧憬の表れとか、そんな意外と深いテーマがあったりなかったりするのです。まあ、ないのですけど』
「だろうなっ!」
『あれ、でも意図して化身の身体の内臓機能を調整すればモモ達でもワンチャンいけなくもないかもです? ううん、これはまた検証が必要なのですよ』
「絶対必要ねぇだろっ! 本当お願いだから、やるなら俺とルカを巻き込まないでくれマジで! ていうか、今回横道の逸れ方がいつにも増して酷いなおい!」
と、そんなこんなで一時間も経つ頃には見渡す限りの『作品』が完成しました。この辺りは迷宮に入る際にほとんどの人間が通る入口付近なので、先程からも多くの注目を集めています。
第二迷宮は他の迷宮のように食べ物の採取には向きませんが、武具の入った宝箱などが見つかることが比較的多く、特に入口付近の安全な範囲はそれなりに人気があるのです。嫌がらせ、もとい、ゴゴにアピールするための芸術活動としては十分な効果があることでしょう。
「ふう……ペンキも空になったし、こんなところかな。たまにはアートに親しむのも良いものだね。モモ君、迷宮としての意見はあるかい?」
『そりゃあもう、自分の迷宮でこれだけ好き勝手やられたら、誰だって怒って文句の一つも言いに来るに決まってるのです。あ、ネムはちょっとよく分からないですけど。秒で復元できるから意味ないですし……でも普通はキレキレのブチ切れなのです』
居た堪れなさそうにしているルグとルカとは反対に、レンリとモモはとても満足気。これならば強情に引きこもっているゴゴも出て来てくれるだろうと思っていたのですが……どうやら考えが甘かったようです。
「これでもダメとは恐れ入ったね。あとはもう、ルカ君のパワーをモモ君の『強弱』で極限まで強化して、この第二そのものを片っ端から粉々に破壊して挑発するくらいしか思いつかないけど」
「えと、あの……暴力は、よくない、かな……って」
『それだと無関係の一般の人が巻き込まれて生き埋めになりそうですし、モモ的にもオススメはしないのです』
どれだけ待ってもゴゴが姿を現す様子はありません。
あれほどの挑発行為でも姿を見せないとなると、ゴゴには相当の覚悟があるのでしょう。
レンリが出した別案も、まずルカが実行しそうにありませんし、モモが言うような危険性もあるので却下。はっきり言って手詰まりです。
「うーん、仕方ない。今日のところは引き下がるしかないか」
ゴゴの忍耐勝ち、ということになるのでしょうか。
なにしろ相手が出てこないので実感も何もあったものではありませんが。
◆◆◆
他の作戦を考えるにせよ、一旦引き下がるしかなさそうです。
皆、今日のところは解散する流れとなりました。
レンリも居候先の自室に戻り、先に帰っていたウルに今日の出来事についての愚痴などグチグチと零してみたのですけれど……。
『え、我は普通に毎日ゴゴと会ってるのよ?』
ウルは不思議そうに小首を傾げるばかり。
『それ、本当にお姉さんが嫌われてるだけじゃないの?』
「はっはっは、馬鹿を言っちゃあいけないよ。いやいや、まさか、ははは」




