食レポ、神喰らい
検証の結果、更にいくつかのことが分かりました。
「ぺっぺっ! なんだい、ウル君。これ全然味がしないじゃないか!」
『ふっふっふ、この味が分からないなんて味覚がお子様ね。うーん、やっぱり何個食べてもメチャクチャ美味しいの!』
食い意地の張ったレンリがウルと同じように小さな欠片を口に含んでみたのですが、特に何の味もしませんし、食感の変化などもありません。
『ええと、多分、子供舌がどうとかの話ではないと思うのですよ?』
これはモモの推測になりますが、普通の人間には神の力を受け入れる肉体機能が備わっていないのでしょう。故に、消化吸収はもちろん味を認識することすら叶わない。
対して、元より神の幼体として設計された迷宮達は、同種の力を取り込んで成長の糧とすることができるし、人間には認識できない味覚を感知することもできる。
普通の人間も不足している栄養素を含む食べ物を普段より美味しく感じることはあります。
ウルが夢中になってがっつくほど美味しいと感じているのも、彼女達の本能が化石に含まれる神様的な成分を求めているからなのでしょう。
『普通の水では全然ダメだったのにね』
『これにはモモもビックリなのです。まさかヨダレが正解とは』
ただの水やお湯でいくら煮ようが浸けようが何の変化もなかった『神の残骸』でしたが、ウルが口の中で舐めているうちに食感は柔らかく変化し、迷宮にしか認識できないものではあれど徐々に味や香りも感じられるようになりました。
ここから分かる点とは、カギはヨダレに有り、ということ。
まあヨダレに限らず迷宮達の持つ神由来の要素を含んでさえいれば、汗だろうがそれ以外だろうが何でもいいのですけれど。要はその体液由来の神的成分を小さな欠片に与えて意図的に活性化させることで、以前学都を襲った怪物の弱体化バージョンを作り出せるというわけです。
うっかり大きな欠片を活性化させてしまったら、たちまち膨れ上がって小さな村や街くらい一瞬で押し潰されてしまうかもしれませんが、あらかじめ砕いてから怪物化させれば大した脅威にはなりません。というか変化した時点ですでに口の中にいるわけで、後はモタモタせず徹底的に噛み砕いて飲みこめばそのまま消えてなくなります。
『ふっふっふ、力が漲ってくるの! 不死身! 不老不死! 美少女!』
すでに覚醒迷宮であるウルも、新たな神力をダイレクトに取り込んで先程までより一段と力を増した様子。ついでに言動のアホっぽさまで増している気もしますが、まあ、きっとパワーアップにより一時的にテンションが上がっているせいでしょう。
『じゃ、じゃあ、モモの前に我も毒見するわね、一応。ほら、念には念をね?』
ウルの次にヒナが毒見役として手を挙げました。
一応、適切な取り扱い法が見つかったとはいえ、今のところ『神の残骸』を実際に食べたのはウル一人のみ。万が一、その対神摂食能力そのものが迷宮の中でもウルだけの固有能力だったりしたら、ここまでの苦労が台無しです。
吸収できないだけならともかく、逆に復活したモノが腹を食い破って中から飛び出てきたりしたら一大事。いざとなればヒナは自身の肉体を液状化して物理攻撃に対して無敵に近い状態になれますし、特にそういった変身系の能力を持っていないモモより先に試すのは理に適っているはず。
あまりにウルが美味しそうに食べるものだから、味に対する好奇心も少なからずあるのでしょうが、まあそれはそれ。生真面目なヒナも時には自分の欲望に従いたくなる時もあるのです。
『どれどれ。あ、確かにだんだん味が………………う、うぇ』
しかし、ヒナの反応は意外なものでした。
『う、ううう、うぁ、美味しい……美味しいよぉ……っ』
『泣くほどなのです!?』
まさかの本気泣きです。
あまりにも美味しすぎて感動したということなのでしょう。
ヒナはぽろぽろ泣きながらもモグモグ口を動かすのを止めません。
『あ、もうなくなっちゃった……って、違うの!? 今のは、そう、違うのよ! 忘れて、もうっ!』
『うふふ、思わず泣いちゃったヒナも可愛いかったのです』
食べ終えて平常心を取り戻してから恥ずかしがっていましたが、それ以外はヒナの様子に異常は見られません。ウルと同じように少なからず力を伸ばしてもいるようです。安全のための検証としては、これでもう十分でしょう。
『これは俄然楽しみになってきたのです!』
そして、いよいよ本命のモモ。
元はといえば、モモを覚醒させることが今回遠出してきた目的だったのです。
もちろん目的はパワーアップそのものですが、味が良いに越したことはありません。
「モモ君達だけ良いなぁっ! 羨ましいなぁ、くっそぅ!」
「はいはい、羨ましいのは分かったからレンはこっちで大人しくしてような」
『うふふ、なんだか悪いですねぇ。では』
全力で床を転げ回りながら奇怪な抗議をするレンリはさておいて、いよいよモモが化石の欠片を口に放り込みました。そして待つこと数秒。
『おおぅ、たしかにコレは絶品なのです! 完全に未知の味覚ですね。甘くも辛くもしょっぱくもあるようなないような…………それに、おや、なんだかちょっとシュワシュワというか、ピリピリというか、そんな感じもするのです? 炭酸みたいな』
『炭酸? 我の時はそんな感じしなかったわよ。もしかして部位によって味や食感が違ったりするのかしら?』
『ほほーう、それは我も気になるの』
どういうわけかウル達の時にはなかった感覚がある様子。
モモはそのままモグモグ口を動かして味を確認していましたが。
『あ、たぶん違うのです。これ、モモのお肉を逆に食い破ろうとしてる刺激ですね。口とか舌とか』
「え、それって大丈夫なやつなのかい?」
『はい、むしろ適度なピリピリ感がかえってクセになるというか……ゴクンっ。よく噛んで食べれば全然余裕なのです』
同じ迷宮の化身でも覚醒済みか否かで肉体強度に大きな差があったせいでしょうか。モモがなんだか不安になりそうなことを言っていましたが、この様子なら心配はなさそうです。むしろ新たな楽しみ方を見つけるヒントになるかもしれません。
『おや、この感じは……? あの、もうちょっと追加もらうのです!』
そしてモモが『神の残骸』を取り込んだことによる変化は、元々覚醒済みだった他二人よりも顕著な形で表れました。モモは長い髪の毛を解くと、自身の第四迷宮にいる時と同じように髪を手の延長のように操って残りの欠片を残らず確保。そのまま大口を開けて一気に放り込んだのです。
『あ、ちょっ!? 独り占めは良くないのよ!』
『埋め合わせは後でするのですよ、バリバリ、ゴリゴリ、モグモグモグモグ……』
ついさっき自分も独り占めしようとしていたウルが抗議しましたが、すでに口に入れてしまったものはどうしようもありません。モモはそのまま化石の残りをバリバリと噛み砕き、体液を吸収して急激に活性化しつつある『神の残骸』が自身の肉体を食い破ろうとする勢いよりも強い消化力で逆に溶解、吸収。
こくり、こくり、と噛み砕いたモノが喉を通るたびにモモの力はどんどんと増していき、今や自分の迷宮にいた時と同等の、いえ、それすら大きく上回るパワーが感じられます。
『……けぷっ。ご馳走様でした、なのです』
と、このような形でウル、ヒナ、ネムの三迷宮に続いてモモも覚醒。
四番目の神の“なりかけ”となったのでありました。
このあたりで今章の前半は終了。
次回からは学都に戻って後半戦の開始です。




