煮ても焼いても食えないならば
それでは結論から言いましょう。
駄目でした。
『まったく、煮ても焼いても食えないとはこのことなのです!』
この結果には、のんびり屋のモモも珍しくご機嫌ナナメです。
そのままでは鋭いトゲが生えてきて食べられない『神の残骸』を、油を引いたフライパンで焼いてみたり、表面に小麦粉をまぶしてから油で揚げてみたり、じっくりコトコト煮込んだりしても全部失敗。
迷宮達が近くにいると食材のイキが良くなりすぎて調理どころではないので、自然とルカが一人で料理する形になったのですが、煮たり焼いたりした化石を皿の上に置いてモモ達が試食しようとすると、先程までと同じくトゲが生えてくるのです。
今もモモが油まみれの化石にナイフとフォークを突き立てようとしたら、伸びてきたトゲで危うく脳天を貫かれるところでした。あらかじめその可能性に備えて控えていたルグが、咄嗟に椅子の背もたれを引いて後ろに倒していなければ、きっと頭を貫通していたことでしょう。
ルカも化石など調理したことはないので火の通り具合に関してはとりあえず長めの強め。
なるべくウェルダン気味になるようじっくり火を通していたのですが、どうやら『神の残骸』はいくら加熱しても大人しくなったりしないようです。イキが良いにもほどがあります。
『こっちも……ただのお湯ね』
煮込んだ際のお湯のほうに神様的な成分がダシとして溶け込んだりはしていないかとヒナが味見をしてみましたが、こちらも期待できそうになさそうです。調理器具や材料が不足している関係で試してはいませんが、この分では蒸篭で蒸したりヌカミソに漬けて解決するとも思えません。
「ご、ごめんね……わたしが、お料理すれば……とか、言ったから……」
そもそも他に対案すらないダメ元での実験でしたし、これらの方法では上手くいかないと分かったこと自体が一つの成果ではあるのですが、理屈の上ではともかく感情面ではそうキッパリ割り切るのも難しいのでしょう。
料理という手段を提案したルカも、この結果に責任を感じて申し訳なさそうにしています。
そして、その失点を取り返そうという気持ちが空振ってのことでしょうか。
「え、ええと……じゃあ、次は……あっ」
これまでの調理で化石の表面がベタベタヌルヌルの油まみれになっていたせいもあって、ルカは手に持っていた『神の残骸』をうっかり取り落としてしまったのです。床に落ちた黒い化石は、
「あっ、ど、どうしよう……!?」
カンッ、と軽い音を立ててあっさりと割れてしまいました。
そして――――実は、それこそが正解だったのです。
ルカが落した化石はいくつかの欠片に割れ、床に飛び散ったそれらがモモやウルを目掛けてトゲを生やしてきて、必死に避けたり体表を硬質化させて防御したりと中々大変だったのですが……本題はそこではありません。
真っ先に逃げたレンリが離れた位置から観察していて気付いたのですが、破片の中にトゲを生やすモノと生やさないモノの二種類があったのです。その性質差は、こうして砕いてみなければ見極めることは叶わなかったことでしょう。
「ふむふむ、どうやらトゲを出すためには、ある程度以上のサイズが必要のようだね。これはルカ君のお手柄だね!」
「え、えへへ……いいのかな……?」
トゲを生やすか否か。
二種類の性質の差がどこから来るのかは一目瞭然でした。
単純に、トゲを生やして迷宮を攻撃するためには一定以上のサイズが必要らしいのです。
大体、大きめの飴玉くらいのサイズよりも大きければトゲが生え、それ以下だと生えてこない。小さいほうも迷宮が近くにいると破片が微かに揺れるので全く変化がないわけではなさそうですが、モモ達が手に持っても指を刺されるようなことはありませんでした。
恐らくは、それぞれの破片に含まれる神の力の量が影響しているのでしょう。
大きな欠片だと比較的含まれるエネルギーが多いので、変形して攻撃するような大きな動きができる。小さな欠片は神由来のエネルギーもサイズ相応に少ないので、迷宮達を攻撃しようにもできない。
つまり攻撃される心配のない小さい欠片なら迷宮達も安全に食べられる、はず。
まだ残っている大きな欠片も砕いてしまえば危険はなくなる、かもしれない。
「まあ、結局は仮説でしかないんだけどね?」
『どれどれ、じゃあ我が試してみるの』
仮説を検証するためにウルが手を挙げました。
もしここまでの仮説が間違っていて口内を刺されそうになっても、すぐに口の中の皮膚を硬質化させたりウロコを生やしたりしてトゲをガードできますし、安全面を考えれば適任でしょう。彼女は小さめの欠片を口の中に放り込むと、それこそ飴玉でも舐めるように舌の上で転がして……そして。
『うーん、あんまり味がしないのよ? あ、でも舐めてるとちょっと味が強くなってきたような? だんだん匂いも、あと食感も柔らかくなってきてお肉みたいで…………あ』
突然、ピタリと動きを止めました。
そのまま五秒、十秒、二十秒が経過。ウルは長い沈黙の後に……。
『こ、この味なのよ!? 超美味しいの! おかわり、おかわりを寄越すのっ!』
『ちょ、ウルお姉ちゃん、ここまで来て独り占めはないのですよ!?』
「えっ、そんなに美味しいのかい? じゃあ、私も! 私も食べたい!」
あまりの美味しさに思わず残りの『神の残骸』を独り占めしようとしたウルと、それを阻止しようとする他の面々との間で、ちょっとした攻防戦が起こったのでありました。




