ゴリラウル
ゴリラの体長はオスの成獣でもおよそ170~180cm。
身長という点では人間と比較してもそれほど大きいわけではありませんが、全身を覆う分厚い筋肉から醸し出される威圧感はヒトの比ではありません。
新しく出現したウルは、あくまでもゴリラの姿を模しているだけであり、オリジナルのゴリラそのものの存在ではありませんが、それが分かっていてもなおルグ達は気圧されていました。間近で見る大型類人猿の迫力は、それほどまでに凄まじいのです。
「二人とも気を付けろ、あれはゴリラだ! 私も見世物小屋で一度見ただけだが、あの姿は間違いない!」
「あ、あれがゴリラ……初めて見た」
「なんだか……こ、怖い……」
ゴリラという動物はレンリ達の世界にも存在しますが、知識としては知られていても実際に目にしたことがある者というのは、そう多くありません。精々が、見世物小屋や曲芸興行、あとは秘境を旅する冒険者くらいしか見る機会はないでしょう。
……と、その時。
突然、ゴリラのほうのウルが胸を張り、両手でドコドコ叩き始めました。
『あれはドラミングっていう威嚇行動なの。別に習性をなぞる必要はないんだけど、あっちの我も今の姿に引っ張られてるみたい』
すかさず、レンリの隣で少女のほうのウルが解説を入れました。
基本的に争いを嫌うゴリラは、胸を太鼓のように叩くドラミングという習性で、敵対者を威嚇するのです。姿を真似ているだけのゴリラウルがそれをやる必要はないのですが、少女ウルが人の姿になって急にお喋りになったように、現在の姿に精神が影響を受けているのでしょう。
ですが、ルグ達も怖気付いているだけではありません。
「ルー君、そろそろ直った頃だろう? 一発キツいのをお見舞いしてやりたまえ!」
「ああ、いくぞ! ルカもさっきと同じ感じで合わせてくれ!」
「う、うん……!」
そう、先程曲がりに曲がった試作聖剣の修復を、会話を引き延ばしながら待っていたのです。損傷が酷く十分近くもかかってしまいましたが、どうにか完全修復までの時間を稼ぐことができました。
すぐに折れ曲がるので長期戦には向きませんが、最初の数合であれば凄まじい斬れ味を発揮するはずです。如何にゴリラウルが分厚い肉体を有していようとも、先手を取って一刀両断にしてしまえば問題ない……はずでした。
ドラミング中のゴリラウルの頭部に向けて、ルグが渾身の上段斬りをお見舞いしようとして……、
「白刃取りっ!?」
『…………』
パンッと拍手を打つような動作で、高速の斬撃が容易く止められてしまいました。
真剣白刃取りという技術は剣術を嗜む者であれば誰もが知っていますが、実戦で使える者がほとんど存在しない高等技術でもあります。
普通の武芸者はそもそも徒手で武器持ちを相手にするような状況を避けますし、命懸けで一か八かの博打に挑むくらいなら、まだしも背を向けて逃げたほうが生存率は高いでしょう。
ですが、万が一にも白刃取りが成功したならば、攻撃をした側は戦いの要となる武器を相手に制されるという絶対的に不利な状況に陥ります。
「あ……がっ!?」
ゴリラウルが刃を挟んで合掌した状態で捻りを加えると、手首を無理な方向に曲げられたルグは容易く試作聖剣を離し、武器を失って無防備になった一瞬の隙にタックルを受けて吹き飛ばされてしまいました。
震脚(※地面を踏み込む動作)の勢いを足腰から体幹を通じ、破壊力へと変換する一連の動作。
先程の白刃取りといい、ゴリラウルは力任せに暴れるだけの獣にはあり得ない、洗練された格闘技術を有しているようです。
『…………』
「……あ……ひっ」
そして、ルグが一時的に戦線離脱したことにより、連携を狙っていたルカと奪った試作聖剣を手にしたゴリラウルが一対一で対峙することになりました。
ルカも打撃に使える投石杖を持っているので条件としては互角かもしれませんが、そもそも彼女の気性が前線での戦いに向いていません。
傍から見ると、ほとんど抵抗もできずに斬られても不思議はない状況でしたが。
『…………』
「あ……あれ……?」
「剣を捨てた?」
ゴリラウルは奪った剣を使うことなく地面に刺しました。
少女ウルと違って言葉数が少ないために考えが分かりづらいのですが……、
『別に我は汝たちを殺したりしないの。他の人の時も大怪我させないように気を付けてるし、試練関係なく迷宮の中に弱ってる人がいたら、帰り道で襲われないように魔物を遠ざけたりもしてるのよ?』
「ここの迷宮での死亡事故ってほとんど聞かないけど、ウル君のおかげだったのか……なるほど、君達はあくまでも試すだけ。私達に勝つ気はないんだね」
『うむ、だから安心してボコボコにされるといいの』
ゴリラは強いだけではなく優しいのです。小動物を可愛がるような感性も持ち合わせているとか。
でも、力が強すぎるので(特に握力は自然界基準でもヤバいレベル)、たまにうっかり殺しちゃって悲しんだりもするそうです。