ゴッドハンド掘る
かくして砂漠の村は存亡の危機から脱したのでありました。
翌日の昼頃には大量の物資を運んできた隊商が到着したことで食料不足も解消。土砂崩れに対処すべく商人達が引き連れてきた臨時雇いの人足や魔法使いは無駄足になってしまいましたが、まあ結果的に早く解決したのだから良しとしましょう。
さて、そして村の危機を救った英雄となったレンリ達はというと。
「なるほどなー、変な姉ちゃん達は化石掘りに来てたんだな」
「あ、あたし知ってる。そういうの考古学って言うんでしょ?」
「うん、まあちょっと違うけど説明がややこしいからそれでいいや」
村長宅で丁重なもてなしを受けながら遠慮の欠片もなく寛いでいました。
村の名産品だという豪奢な絨毯の上にごろごろ寝そべり、次々運ばれてくる料理や飲み物を堪能しながら村の子供達とのんびりお喋りをしています。
まだまだ暑い時間帯ですが元々風通しの良い部屋であることに加えて、接待役の村人が植物の葉を加工して作った扇であおいでくれるので不快感はありません。実に快適です。
『あ、このお肉を焼いたやつ美味しいのよ。お代わりくださいな、なの?』
「ははぁ、ただいま!? おい、ウル様がお代わりをご所望だぞ!」
「はいぃぃ! ウル様、ただちにお持ちいたしますので……!?」
たまに村の大人達の顔が恐怖で引き攣っているのが、少しばかり気にならなくもありませんが。特にウルに対しては昨夜の恐怖が残っているようで、彼女が何か言葉を発するたびにビクビクと怯えています。少し気の毒にも思えますが、まあ彼らには良い薬となったことでしょう。
村人達が反省のしどころについて勘違いをすると良くないのでレンリからも伝えてあるのですが、魔物や動物を狩ったり卵を採ろうとするのは……別にいい。
食べるために他の生き物の命を奪ったり、それで逆に返り討ちに遭って殺されるのは、いずれも自然の摂理というものです。基本的にそこに善悪はありません。
しかし自分達の力量も弁えずに無謀な真似をして、挙句、子供達を飢えさせることになったのは完全にアウト。命を懸けるようなリスクを取るのが必ずしも悪というわけではないにせよ、自分が果たせる責任の範囲を踏み越えて他者の生命までを危険に晒すべきではないでしょう。今回の件で犠牲者が出なかったのは、たまたま運が良かっただけでしかないのです。
◆◆◆
『えっとね、身体をピーンって伸ばした時に海が見えたから、多分この辺まで頭が来てたと思うの』
「ふむふむ、尾っぽの先がここだったから縮尺を計算すると……大雑把な計算だけど八十キロくらいかな? ウル君がすくすく育ってるようで何よりだよ」
食事も一段落してヒマになったのか、レンリは大陸の地図を取り出してウルの身体測定などしていました。もちろん数字の大きさから分かるように今の姿ではなく昨夜の大蛇の時の体長ですし、地図の縮尺とウル自身の証言を元に計算しているだけなので測定と言うには語弊がありそうですけれど。
昨夜は現在のウルが変身できる最大サイズにまでなっていたのですが、その全長はおよそ八十キロメートル。胴部の直径は五十から六十メートルくらいでしょうか。同じ総体積までであれば他の生き物になることもできるのですが、ヘビのシンプルな形状と細長い姿がこういう計算をする上で都合が良かったのです。
主にヒマ潰し目的で計算しているに過ぎませんが、ウルが神としての力を増すごとに変身可能な大きさの上限も比例して上がっていくのは間違いないようです。これからもその時々での最大サイズを測れば、今後の成長度合いを見極める指標になるかもしれません。
◆◆◆
「ふぅ、ちょっと休憩だ」
「おや。ルー君、ご苦労さま。村の人達に任せてればいいのに」
「いや、それもかえって居心地が悪いし……まあ、筋トレにはなりそうだしな」
レンリ達が雑談をしていると、仲間内で一人だけ化石掘りを手伝っていたルグが戻ってきました。炎天下で作業していたせいでシャツが汗でびっしょりです。
「村の人達にも交替で休憩とか水分摂ってもらってるぞ。それくらい別にいいだろ?」
「うん、無理をして大事な労働力に倒れられても困るしね。私やウル君が前に出ると彼らが怖がって頑張りすぎてしまいそうだし、そのあたりはキミが適当に緩めてあげたまえ。で、肝心の進みのほうはどうだい。もう何か出たかな?」
「いや、正直掘ってても全然分からん。一応、村の詳しい人が言うには大昔の動物の骨の欠片だっていうのが出たけど、俺が見ても普通の石ころとの違いが分からなかったし。第一、普通の化石がいくら出ても俺達には意味ないだろ?」
「それはそうだ。うーん、これは思った以上の長期戦になるかもしれないね」
村の人間に聞いた話では、この村には以前から考古学関係の研究者が度々訪れては化石の発掘に取り組んでいるのだとか。村の規模の割に大きな宿屋や食堂があるのも、そういった外部からの需要に応えるためなのでしょう。
実際、村を少し離れると発掘現場の跡だという大穴がいくつもあり、木材で組んだ足場なども残っていました。さっきまでルグが発掘を手伝っていたのも、そのような大穴の一つです。
そういった学者が肉体労働の作業員として村の人間を雇うこともあったようで、化石について多少の知識がある者も何人かいました。あくまで素人に毛が生えた程度とはいえ、発掘作業に慣れている人間がいたのは実に幸運だったと言えます。
「まあ長引きそうなら一度学都に帰って、ここには月に二、三回くらい様子を見に来るだけでもいいさ。そもそも、ここらに例の化石が埋まってるって保証があるわけでもないしね。気長に行こ――――」
とはいえ、基本的には腰を据えて気長に取り組むべき作業です。今日のところは一旦学都に戻って、以降は何日かおきに様子を見に来ればいいだろう……なんて、思っていたのですけれど。
『むむむっ、なの!』
『この気配……すごく弱いけど、あの時と同じ?』
「おや、ウル君にヒナ君。二人揃って急にどうかしたのかい?」
以前に『神の残骸』に直接触れたことのある迷宮二人が、まったく同時に発掘現場のある方向に顔を向けました。




