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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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契約書はちゃんと読まないと後で大変なことになる


 人間に対して強い警戒心を抱いているであろうバジリスクへの対処。

 その重要な問題を解決すべく颯爽と手を挙げたウルでしたが……。



『ねえねえ、なんでまだ行っちゃダメなの?』



 立候補してから数時間。もう夕方近い時間だというのに特に何をするでもなく、他の皆の作業を眺めながらダラダラと暇を持て余していました。


 いえ、ウル本人のやる気はあるのです。

 今すぐにでも件のバジリスクの巣を探しに行きたいと先程から何度も訴えているのですが、その度に隣で作業をしているレンリに却下されていました。



「まあまあ、待ちたまえ、ウル君。物事には段取りというのがあるのだよ」


『はいはい。ところで、本当にその薬で石になった人を治せるの?』


「うん。まあ私が読んだ本が間違ってなければね……ええと、次は皮を剥いたニンニクを潰して、細かく砕いた岩塩を少々、新鮮なオリーブ油を回しかけながら他の薬草と混ぜ合わせる、っと」


『なんだか、お料理みたいね。ちょっと美味しそうなの』



 レンリの手による薬の調合は、本人曰く順調に進んでいるようです。

 ヒナに頼んで買ってきてもらった各種材料を細かく計量しながら刻んだり、潰したり、混ぜ合わしたりと、手が休まる暇がありません。

 数十種に及ぶ材料には食材として使われる物もいくつかあり、ウルの言うように料理をしているかのよう。普段はもっぱら人の作った料理を食べるばかりですけれど、元々手先は器用なほうですし案外レンリには作るほうのセンスもあるのかもしれません。まあ仮に料理を覚えても、味見の段階で全て消えてしまいそうなのが玉に瑕ではありますが。



「最後に磨り潰した乾燥マンドラゴラの根とミスリル粉末を入れて、全体にゆっくり魔力を込めながらよくかき混ぜて……うわ、なんだか急に臭いが出てきた!? ……でも、うん、これで完成のはず……臭っ!?」



 こうして出来上がったのは緑色のヘドロのようなドロドロした物体です。

 なにしろ今回は石になった人数が人数なので、薬の量は大きなバケツ一杯分にもなりました。これはあくまで薬の原液であり、実際に使う時は多量のお湯で希釈してから患部に塗っていくことになるのですが、大変なのはその臭い。



「あとは出来たコレをお湯に溶いて、石になった人の表面に塗っていけば良いはずだよ。頼んでおいたお湯は沸いてるかい? よし、じゃあ臭いからあとは皆に任せて私は休んで……臭っ!」



 最後に魔力を込めて魔法薬の成分が活性化したせいか、調合中はそうでもなかったのに出来上がった途端にとてつもない刺激臭を放ち始めていました。

 嗅覚の感度を任意で調整できる迷宮達以外は、作った本人であるレンリも、別室で夕食の支度をしていたルカやルグも、調合の様子を見守っていた村の子供達も、そろって鼻をつまみながらこみ上げる吐き気を必死に堪えています。本来であればこの臭気に耐えながら薬剤をいちいち刷毛などで塗って回らねばならないところですが、



『はい、ご苦労さま。コレをお湯で薄めてから塗ればいいのね?』


 

 液体であれば触れずとも念じるだけで自在に操れるヒナのおかげで、この後の治療は非常にスムーズに完了しました。大量のお湯と薬の原液がふわりと浮かんで空中で一塊の球形となり、それらがたちまち人数分にまで分裂して全ての患者に向かっていったのです。何十体もの石像が一瞬のうちに緑色の液体で全身を隙間なく覆われました。



『流石はヒナひーちゃん、見事な仕事なのです』



 念の為にモモの『強弱』で魔法薬の薬効も強化。そして待つこと数十秒。



「おや? うろ覚えの薬でも意外にちゃんと効くものだね」



 灰色の石像と化していた人々の身体が急激に元の色合いと肉の柔らかさを取り戻し、同時に呼吸も再開。皆、最初は意識を失っていましたが、それも数分のうちには目覚めました。そして無事に回復した村人達は全員揃って同じ言葉を口にしたのです。



っさ!?」


「臭い、ナニコレ!」


「おえぇっ、何だこの臭い!?」




 まあ彼ら彼女らにしてみれば、目が覚めたらいきなり全身がとんでもない悪臭まみれになっていたのだから当然の反応ではありますが。






 ◆◆◆







「……旅の方々、村長としてお礼申し上げまする」


 さて、治療行為に伴う混乱が落ち着いた頃。

 レンリ達は村を救った恩人として村の人々から丁重なお礼を言われました。

 石化が治るのと一緒に体内に残っていたアルコールも抜けたのかもしれません。

 酒盛りでハメを外しすぎてバジリスクの卵を盗んだなどと言うから、てっきりどんなエキセントリックな奇人変人揃いの村かと思いきや、至ってまともな対応にかえって面食らってしまいそうです。



「いやいや、大したことはしてないさ。それより肝心の魔物がまだ野放しになっている件だけど……どうだい、そっちの問題も私達に任せてみてはもらえないかな?」



 相手が意外にマトモだとなると、レンリとしてもこれからやろうとしていることに関して多少の手心を加えたくならないわけでもないのですが……そこは村の子供達をちらりと見てグッと我慢。ここは大人としてしでかしたことの責任をきちんと取らせる方針を貫くことにしました。



「おおっ、よろしいのですか?」


「ああ、勿論だとも! 義を見てせざるは何とやらってね。まあ多少の見返りは求めるかもだけど、別に払いきれないほどの大金を払えなんて言うつもりはないから、そこは安心してくれたまえよ」


「ええ、ええ、それはもう! 子供達から聞きましたぞ、レンリ殿のお仲間には空を飛べる魔法の使い手や大岩を放り投げる剛力の持ち主がいるとか。これなら如何に魔物が強くとも物の数ではありますまい!」


「うんうん、もちろん楽勝だとも」



 普通なら女子供の集団にしか見えないレンリ達に魔物退治を依頼しようなどとは思わなかったかもしれませんが、事前に村の子供達から話が行っていたおかげで実に交渉がスムーズです。先程ルカが放り投げた大岩が村から見える位置に転がっているのも説得力を増す助けになってくれたようです。


 そして、これで報酬に関しての言質も取りました。

 たしかにレンリは金銭を要求するつもりはありませんが、タダより高い物はないとはよく言ったもの。この時点で村長が報酬の具体的な内容を確認しなかったのは、軽率だったとしか言いようがありません。端的に言えば、契約書をよく読まないせいで詐欺に引っかかるタイプです。ついでに言えば、レンリは一言もバジリスクを退治するとは言っていません。



「さて、待たせたね、ウル君」


『ホントに待ちくたびれたの!』


「ははは、まあまあ。待たせたぶんだけ活躍してもらうからさ。もう二度と変な真似が出来ないように……たっぷりと畏怖ビビらせてやろうじゃないか」



 レンリはそう言うと、村人達のほうを見ながらニヤリと笑いました。



※厳密には魔法とは異なる迷宮固有の特殊能力ですが、あちこち飛び回って遠くの町や村で買い物をしてきたヒナのことを村の子供達は「空を飛ぶ魔法」の使い手だと解釈していました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レンリの悪笑いがたまりません [気になる点] バジリクスさんおいでやすになりますね 対峙するや退治するとは言ってないし [一言] 更新お疲れ様です 次回腹黒ネゴシエーターレンリ 村人に…
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