バジリスクのリスク
やはり子供達は相当にお腹を空かせていたのでしょう。ルカからパン粥の注がれた椀を受け取ると、ほとんど顔を突っ込むような勢いで食べ始めました。
がつがつ。
もぐもぐ。
現状、彼らにしてみればレンリ達は未だ正体不明の怪しい一団であるはずなのですが、食べ物に一服盛られた可能性を疑う素振りすらありません。まあ、それに関しては元々年齢一桁の幼子が大半なので仕方のない面もありますが、この場合は警戒する余裕もないほど消耗していたと見るべきでしょう。
「どれ、それじゃあ私も味見、味見っと」
『あ、我も! 我も食べてみたいの!』
パン粥は大きな寸胴鍋いっぱいに作ってあります。
子供達全員に配ってもまだかなりの量が残っていましたし、異国の食材に興味を惹かれたという理由もあるのでしょう。どうせ食事が終わるまでは村の事情を聞くこともできなさそうですし、レンリ達も一緒に食事を摂ることにしました。
『変わった味だけど結構イケるわね』
「そうか? うーん、俺はちょっと苦手かも……」
ラクダのミルクに独特の癖があるせいか、どうも好みが分かれる様子。
迷宮達は抵抗なく食べ進めていますが、ルグやルカの匙の進みは普段の食事より遅めです。迷宮達に関しては味覚や嗅覚の感度を自分の意思で調整できるので、そもそも嫌いな食べ物というものが基本的に存在しないのですけれど。
「ふふふ、ルー君。そうやって好き嫌いをしていると大きくなれないよおかわり」
「そう言うレンはそんなに食べて巨人にでもなる気か? ていうか、なんでお前はこの状況で一番食べてんの?」
あえて言うまでもなさそうですが、レンリの食欲はいつも通り。
他の皆や子供達が一杯を食べ終えるまでの間に軽く五杯は食べています。
普段なら既に一人で寸胴を空にしていてもおかしくないことを鑑みれば、これでもレンリなりに気を遣って抑えているのかもしれませんが。
「おや、キミ達はもうお腹いっぱいかな? これ以上食べないのなら私が責任持って全部片付けるから、別にそれでもいいのだけど」
まだ距離感を計りかねている様子の子供達でしたが、レンリの一言で目の色を変えました。常識外れの食べっぷりを見て、下手に遠慮なんてしていたら本当に全部食べられてしまうと思ったのかもしれません。
「お、おかわりっ」
「わ、私も……!」
「まだ、たくさん、あるから……慌てなくて、大丈夫……ちゃんと、順番、ね?」
遠慮も警戒も今は忘れて、空っぽになったお椀を次々差し出してきます。
ルカが自分の食事の手を止めてパン粥を注いでいきますが、どの子もあっという間に食べ終えてまたすぐ後ろに並ぶので、しばらくは順番待ちの列が途切れそうにありません。
「こら変な姉ちゃん、横入りすんな!」
「そーだそーだ、ズルいぞ、変な姉ちゃん!」
「ふはは、大人とはズルいものなのだよ諸君! あ、ルカ君、私のは大盛りでね」
「う、うん……いいのかなぁ?」
食い意地の張ったレンリが子供達の列に横から割り込むなど見苦しい真似をしていましたが、そのおかげで子供達との距離が若干縮まったような気がしないでもありません。
『足りなくなりそうだから追加で色々買ってきたわ』
『えーと、ラクダ肉の串焼きにサソリの揚げ物、あとシロップ漬けの超甘いドーナツみたいなやつとか色々あるのですよ』
途中、気を利かせて再度の買い出しに出たヒナとモモが更に様々な料理を持ってきて、それらもまたレンリと子供達で奪い合いのような勢いの争奪戦になって……全員が満足するまで食べたところで、ようやく話し合いができそうな雰囲気になったのです。
◆◆◆
「魔物?」
子供達曰く、この村に大人の姿が見当たらないのは魔物に襲われた影響なのだとか。
それもただの魔物ではありません。魔物の知識に明るくない者でも一度や二度は聞いたことがあるであろう有名な、かつ危険な種類の魔物でした。
「ああ、それはきっとバジリスクだね」
バジリスク。
蛇の王とも称される存在で、その性質は凶悪そのもの。特に注意すべきは、一睨みするだけで生き物を石化させる特殊な魔力を秘めている点でしょう。
様々な亜種がいて、猛毒を持っていたり、口から火を吹いたり、蛇なのに足や羽毛が生えているのもいたりだとか……まあ、一口にバジリスクと言っても色々いるわけです。
この村に出たバジリスクがどの程度のモノかは実物を確認してみないと何とも言えませんが、いずれにせよ、ロクに魔物と戦ったこともないような村人だけでは手も足も出ないくらいには厄介でしょう。
とはいえ、いくら強力な魔物とはいえ相手は警戒心の強い野生の生き物。わざわざ人間の集まる村に入り込むなど、よっぽどの事情がなければないはずなのですが……。
「そうだ……そうだ……! ウチらの村長も魔物の魔の手に……!」
「親父も魔物に殺された! 卵をほんの十個ぽっち盗んで茹で卵にしようとしただけで……魔物ら、血も涙もねえ!」
「救いは……村に救いはねえのか!? オレら、このまま死……死んで……!?」
……どうやら、そのよっぽどの事情があったようです。
オイオイと泣く子供達の話からするに、どうも村中の大人が集まって宴会をしている時に酒で気が大きくなったのか、何人かの村人が酒の肴にでもしようと度胸試しがてらに魔物の巣に忍び込んで卵を盗んできて……当然、怒った親バジリスクが卵を取り返しにきた際に、村の集会所に集まっていた大人がまとめて石像にされてしまった、と。
ちなみに卵を盗んで云々という事情を知っている子が無事なのは、夜遅かったために魔物が来る直前に帰宅していたから。なので状況証拠からの若干の推測も入っていますが、恐らく大筋を外してはいないでしょう。
「ふむふむ、なるほどね…………アホなのかい?」
『ぶっちゃけ、魔物のほうに同情するの』
案内してもらった集会所で村人が変じた石像を指先でコンコンと叩きながら、レンリやウルは率直な感想を述べました。現場の様子を見るに、どうやらお湯を沸かしている途中に襲われたようなので、卵が無事だったであろう点だけがまだしもの救いでしょうか。もし調理済みであったら石化だけでは済まなかったかもしれません。
しかし話はまだ半分。
災難はそれだけで終わりません。
村の大人達が石にされた翌朝。
ようやく起き出してきて事態に気付いた子供達はそれはもう大変です。泣くわ叫ぶわの大騒ぎ。どうにか全員が落ち着きを取り戻すまでには丸一日近くを要しました。
それから皆で相談して他の村に住む親類に窮状を報せて助けを呼ぼうなどと考えたりもしたのですが、落ち着くまでにかかった丸一日が致命的でした。運悪くその日に降った雨の影響か、他の集落に通じる一本道が大規模な崖崩れを起こして道が塞がってしまったのです。
下手によじ登って乗り越えようとしたら、きっと積み重なった岩がバランスを崩して生き埋めになってしまうでしょう。救助を期待できない状況で事故でも起きればまず助かりません。
そうして村から出ることすら出来なくなった子供達は、籠城戦を余儀なくされたというわけです。数日おきに村を訪れる行商人が道の状態を見れば何らかのアクションを起こしてくれるだろう……という、か細い希望だけを頼りにして。
村中の家々から調理無しでも食べられる物を集めたりはしていましたが、それも魔物の再襲撃を警戒しながらとなると随分と神経を削られます。子供とはいえ二十人近くもいれば消費量もかなり多くなりますし、節約しながら食べてもすぐに余裕はなくなりました。そうして、いよいよ本格的にマズそうだとなったタイミングで――――。
「なるほど、そこで私達が来たわけだ」
というワケだったのです。
ワクチン二回目の副反応でダウンしてたせいで更新が遅れてしまいました。すまぬ




