恩はなるべく高く売りつけるもの
「さて、どうしたものだろうね?」
流石のレンリも困った顔をしています。
目の前には、最年長でも十歳になるかどうかという子供達が二十人ほど。
それだけならともかく、どうやらレンリ達は食料を要求する彼らに脅されている……らしいのです。あまりに迫力がなさすぎて、もしかすると何かのゴッコ遊びなのではという疑念もまだ捨てきれないでいましたが。
これが大人の盗賊であれば、さっさとウルやヒナをけしかけて(もちろんレンリ自身は仲間の背に隠れつつ)、ボコボコにした上で官憲に突き出すことに躊躇いはありませんが、武器すら持っていない子供を問答無用で叩きのめすのは流石にちょっぴり心が痛みます。他の皆も暴力でこの場を切り抜けることを良しとはしないでしょう。
「……こいつら怪しいぞ。旅人って感じでもないし」
怪訝そうに呟いたのは子供達のボス格と思しき褐色肌の少年。
現在進行形で犯罪行為を働いている彼に言われるのも妙な話ではありますが、たしかにレンリ達の風体は奇妙なモノに映ることでしょう。
どこかから旅をしてきたにしてはロクな荷物もないし、衣服も砂埃で汚れていない小綺麗な状態です。普通に旅をしたら何か月もかかる遠方の国から僅か一時間足らずで飛んできたなどと、まあ想像できるはずもありません。
そんな見れば見るほど怪しい一団を前にして警戒しているのか、食料を要求してきたボス格少年もなかなか近付いてこようとはしません。いっそ暴力に訴えてきてくれれば正当防衛の名目でスピーディーに話を進めることもできるのだけど……と、レンリの思考がやや短絡的な方向に傾き始めたあたりでのことです。
ぐう。
くう。
ぐるる。
獣の唸り声に聞こえなくもないような音が響き渡りました。
いやまあ実際には単なる腹の虫なのですが。
しかし、その音は一つや二つではありません。
見ればボス格少年の後ろにいる幼い子供達が、お腹を押さえてその場にへたり込んでしまっています。もしかすると貧血や脱水症状を起こしているのかもしれません。
見るからに痩せた風貌といい、金銭ではなく食料を要求してきた点といい、どれほどの期間かは分かりませんが子供達はしばらくまともな食事を摂っていないのかもしれません。
「……事情を聞かせてもらいたいのは山々だけど、このままじゃ話もできそうにないからね」
この状況で見捨てるのはいくらレンリでも気が引けました。
子供達の状況は、まず間違いなくこの村に大人がいない事情に関係しています。彼らに詳しい話を聞ければそのあたりの謎も判明するのでしょうが……まずその前に。
レッツ・クッキング!
◆◆◆
「ヒナ君、私の財布預けるから近くの村か街で適当に食べ物買ってきて。なるべく消化に良さそうなやつ。ルー君も荷物持ちで付いてってあげて」
方針さえ決まれば、あとはあっという間です。
元々レンリ達が持っていた食料だけでは、どう考えてもこれだけの人数に十分食べさせることはできません。というわけで、ヒナとルグは食材の買い出し班。
「お、お前ら、さっきから何を……って、人が飛んだ!?」
唖然とする子供達の前でヒナ達は猛スピードで空中に消えていきました。
先程より人数が少ないおかげかスピードのキレも増しています。近隣の街までどれほどの距離があるのかは分かりませんが、ヒナが全速力でカッ飛ばせば片道一分もかからないでしょう。
「ルカ君は二人が買ってきた食材で料理お願い。モモ君も料理できたよね?」
「う、うん……まかせてっ」
『ちょうどそこに食堂っぽい建物があるのです。お店の人には悪いけど勝手に厨房を使わせてもらうのですよ』
ルカとモモは調理班。買い出しの二人が帰ってきたらすぐ調理に取り掛かれるように、近くの食堂に入って厨房でカマドの火入れや調理器具の点検などを始めています。
「で、あとは私とウル君だけど」
『うん、我も頑張ってお手伝いするのよ!』
「今はやることないから大人しく待ってようね」
『なのっ!?』
仕事をもらえなかったウルが見るからにガッカリしていましたが、まあそれは置いておくとして。ほんの十分そこらで買い出し班の二人が、両手で抱えられる限界ギリギリの食料を持って帰ってきました。
「なにかな、牛乳、じゃなくて……へえ、ラクダのミルク……?」
『パンも学都の辺りで見るのとは違って面白いのです』
買い出しの二人が戻ってくる前に、予めメニューの方向性を考えていたおかげでしょう。ルカとモモの作業もスムーズに進んでいきました。
空腹時にいきなり重い物を胃に入れるのは健康上好ましくないので、今回のメニューは柔らかく食べやすいパン粥。赤ん坊の離乳食などにも使われる、千切ったパンを牛乳などに煮溶かした料理です。今回は入手してきた材料の都合上、牛乳ではなくラクダのミルクを使っていたり、刻んだデーツ(ナツメヤシ)が入っているのが風変りではありますが。
カロリー増量のために味のバランスを崩さない程度にバターや砂糖も入れています。ダメ押しににモモの『強弱』で栄養分の吸収効率を強化したオマケ付き。どうやら彼女の能力はとてつもなく応用の幅が広いようです。
そんなこんなで食材調達に取り掛かってから三十分足らずで準備完了。
最初は奇妙なヨソ者に警戒心を抱いていた子供達も、大鍋で煮込まれるパン粥の香りを嗅いでからは、もうすっかりそちらに関心が向かっている様子です。もう、このまま振る舞っても問題はないのですが……。
「さて、諸君。どうやらキミ達はずいぶんお腹が空いているようだ。どうしてもと言うなら我々の食事を分けてあげるのも吝かではないのだけど……」
なんとも意地の悪いことに、レンリはここに及んで焦らしにかかりました。
無論、ここまでして見せびらかすだけなんて気はありませんが、この後の交渉なり聞き取りなりをスムーズに進めるための、まあ仕込みのようなものでしょうか。
「ところで、モモ君。そこの少年がさっき何か言っていた気がするんだけど?」
『あ、そういえば言っていた気がするのです。たしか、食べ物を寄越さないと全員殺して切り刻んで砂漠にばら撒く、とかでしたっけ? いやぁ、モモ、生盗賊とか初めて見たのです。とっても怖かったのですよ、うふふ』
「そ、そんな恐ろしいこと言ってないぞ!?」
レンリが目線でモモに合図を送ると、すぐに彼女も意図を察した様子。
アドリブで話を合わせながら、『強弱』でボス格少年の罪悪感を本人にも気付かせないよう強めています。同時に冷静さも弱められていますし、自身の思考が歪められていることに気付くのはまず不可能でしょう。
「この国の法律は知らないけど、盗賊の罪ってどれくらいの重さなのかな?」
『うーん、普通は縛り首とかじゃないのです?』
「それは可哀想に。まあ私達が黙ってれば大丈夫なんだけど、どうしようかなぁ?」
たっぷり、じっくり、ねっとりと。
そうやって存分に少年の罪悪感と恐怖心を刺激した上で。
「で、少年。私達に何か言うことがあるんじゃないかい?」
「う…………ご、ごめんなさぁぁい!」
「ふふふ、やれやれ! まぁったく、しょうがないなぁぁ!」
完全に心が折れて屈服したボス格少年に、レンリはとても晴れ晴れとした笑顔で凄まじいまでに恩着せがましく言いました。
ラクダのミルクは癖のある風味だけどかなり栄養価が高いのだとか。
日本でもネット通販とかで買えるっぽいです。




