戦いやすい?
『まあ、我のことはいいの! さっさとかかってくるの!』
ウルはそう言うと拳を構え、『シュッシュッ』と口で効果音を発しながらシャドーボクシングを始めました。一瞬賄賂に目が眩みかけたのを誤魔化すかのように、必要以上にやる気アピールしています。
一度分離したリス型のウルも、少女のほうのウルの身体を駆け上がって再び手の形になって一体化しました。これならば、中断していた試練を再開するにも問題はなさそうです。
いえ、別の問題もあるにはありますが。
「いや、流石にその姿を斬りつけるのはちょっと……」
「わ、わたしも……ちょっと……」
狼形態の時であれば魔物同然に攻撃できましたが、ルグもルカも、あくまで仮の姿とはいえ年下に見える少女を攻撃するには抵抗があるようです。まあ、変態的な嗜好を持つ猟奇的殺人者でもなければ、普通は躊躇うでしょう。
ですが、根本的な部分で感性が違うのか、ウル自身は攻撃しにくいと言われてもピンと来ないようです。
『……? 我は別にこの身体を壊されても問題ないの。痛覚は簡単にカットできるし、本体の迷宮が無事なら、いくらでも復活できるし』
「サラッととんでもないこと言うね、ウル君!? それって事実上、不死身ってことじゃないか!」
レンリは『いくらでも復活』発言を聞いて驚いていましたが、ウル本人はそれを然程すごいことだとは認識していないようです。
『そうでもないのよ? 我の本体って汝たちの住む惑星の半分くらい面積があるんだけど、その全部を滅ぼせるくらいの相手だとどうしようもないし。それに、流石の我もそんなにまでは強くなれないの』
「……いやいや、そんな人いないでしょ」
『ううん、結構いるのよ? 我が知ってるだけでも少なくとも三人はいるし、相性とか条件次第だけど多分そこからあと二、三人は増えるの』
その言葉を聞いたレンリ達三人は驚きで完全に言葉を失っています。
あまりにも広大な迷宮の面積についてもそうですし、それを丸ごと相手にして勝てる人物が、世界のどこかに最低でも三人以上は存在するというのですから、無理もありません。
『あ、お姉さん達と仲良しさんなエルフの子は違うのよ? 最近は結構ギリギリだけど、今はまだ我のほうがちょっぴり強いの』
厳密に言うとライムに勝利できるのではなく、相手に合わせて同等まで強くなる能力の限界値が、現在のライムを僅かに上回っているという意味ですが。
『でも、安心して欲しいの! 汝たちってまだまだ全然弱っちいから、我も全力は出せないの!』
相手に合わせて自動的に強さの上限が変動するウルは、(限界を超えない限りは)どんな達人とも互角に戦えますが、逆にどれほど貧弱な素人相手でも手こずってしまうのです。
迷宮の防衛・防犯機能として動く場合や、その他いくつかの例外時にはリミッターが外れますが、今回のように試練を課しに来た場合は、相手に合わせなくてはなりません。
だから、『全然弱っちい』ルグ達であっても、きっとそれなりの戦いはできるはずなのです。
ウルとしてはそう主張したかっただけであり、別段挑発の意図はなかったのですが、今しがたの発言がどうにも気に入らない者がいたようです。
「むっ、今のはちょっとイラっと来たよ! ルグ君、ルカ君、ちょっとこのお子様に世の中の厳しさってものを教えてあげたまえ!」
◆◆◆
「いや、それはダメだろう」
「わたしも……それは、ちょっと……」
まあ、実際に戦う二人は雇い主と違って冷静さを保ったままでしたが。
村の子供なり弟なりといった幼児を相手にしていれば、この程度の物言いは日常茶飯事。悪気の有無というのはなんとなく察せられますし、わざわざ腹を立てるまでもありません。
そもそも、この場合は強さではなく、ウルの見た目が問題なのです。
いくら強くとも、幼い子供に武器を向けることには抵抗を感じて然るべき。そういう意味ではルグ達の反応は良識的とも言えましたが、
『もうっ、二人ともワガママ言っちゃダメなの! ちゃんと試練できないと我も困るの!』
実は、戦いを拒否されて一番困っているのがウルなのでした。迷宮の管理者としての役目を果たせないと、何かしら問題でもあるのかもしれません。
そこで、彼女は理解できないなりに現状の改善案を出してきました。
『むぅ……よく分かんないけど、つまり今の我が可愛い女の子の姿だから戦えないの?』
「いや、別に可愛いとは一言も……」
ルグが冷静にツッコミを入れましたが、ウルには聞こえていない様子。
『ふっ、モテる女はツラいの。じゃあ、戦いやすい姿の我なら問題ないのね?』
その台詞を言い終わるや否や、ウルは右手で左の二の腕を掴むと、
『えいっ』
「うわっ……グロ」
「……ひゃっ……!?」
そのまま左腕の肩から先を引き千切ってしまいました。
あまりに衝撃的な光景にレンリも怒りを忘れてドン引きし、グロテスクな方面への耐性が低いルカに至っては卒倒しそうになっています。
ですが、ウルは平然と千切った腕を目の前の地面にポイと投げると……その腕を中心にまたもや周囲の草や土が吸い寄せられて形を成し、一匹の獣の姿になっていました。
『じゃあ、新しい我。あとは任せたの』
『了解した。では参るがいい』
新しく出現したほうのウルに視線を向けられると、ルグとルカは反射的に臨戦態勢を取りました。ある種の獣を模したその姿には、一目見ただけで警戒せざるを得ないほどの威圧感があったのです。
その獣の特徴は、主に以下のような要素が挙げられます。
色合いこそ植物ベースの緑色が主ですが、力強さを感じさせる太い手足。
山脈を思わせる筋肉の隆起と、それを覆う全身の黒い体毛。
獣でありながらも深い知性を感じさせる澄んだ瞳。
表面上の形を模しているだけとはいえ、新しいウルはあまりにも“その動物”に酷似していました。
「ねぇ、ウル君。どうしてゴリラなんだい?」
新しく造った自分とルグ達の戦いが始まるのを待っていた少女のほうのウルは、レンリの横で先程貰ったチョコを食べながら、
『うーん……なんとなく? なの』
ただ一言、そのように答えました。
まあ、たしかに少女に剣を向けるような類の抵抗は皆無でしょうが。
強そうな外見ということでドラゴン型やグリフォン型などに変身させることも考えましたが、ファンタジー世界においてはむしろ「ゴリラ」そのままの方が異様性や迫力が際立つという結論に至りました。ちょっと前にキングコングの映画を観たせいかもしれません。
ちなみに、形は違っても相手が同じなら強さは全部一緒です。