モモの部屋
食材集めと試食を繰り返しながら第四迷宮を進むこと数日。レンリ達はこれまでの洞窟とは明らかに違う雰囲気の場所に辿り着きました。
「神殿、かな? なんだか、こじんまりとした感じだけど」
第四迷宮に入って初めて目にする人工物らしき建造物。
まあ単に人工物っぽいというだけで実際には人の手によるモノではないのでしょうが。
その大きさはレンリの言うように随分とこじんまりとしています。
広さはそこらの一軒家よりも狭く、納屋や物置小屋に毛が生えた程度。
外観については、しいて言うなら石造りの神殿に近い意匠でしょうか。そこらの街中で見かける神殿のミニチュア版といった風情です。
ちなみに近くに魔物や動物の気配はなし。これまでは下に降りるほど生物のサイズに比例してエリアの面積も増していたのですが、この神殿があるエリアはその法則の例外のようです。
この場所に降りてくる一つ前のエリアは学都の街全部を合わせたくらい広い野原で、お城サイズの猫が猫じゃらしと延々戯れていたのですが、そのサイズ感とは比べ物になりません。
一番最初の野菜エリアの半分以下。
その狭い場所の中央にポツンと小さな建物があるだけです。
「どう見ても特別な場所って感じだな……ん?」
「あれ……なんだろ、看板……じゃなくて?」
用心して建物の周囲をぐるりと回りながら観察していると、ルグが短い文字の刻まれた石板のような物を発見しました。そこにはこう記されています。
【モモの部屋】
どうやら表札だったようです。
自身の体内にも等しい迷宮の中にあえて決まった住処を作るとは、これまでの迷宮達には見られなかった変わった趣味ですが、まあ何事も分かりやすいのは悪いことではありません。
「なるほど、それじゃあ呼んでみようか。モモ君、あーそーぼ!」
『はいはい、ちょっと待つのです』
かくしてレンリが呼びかけると、ミニ神殿の中から第四迷宮の守護者であるモモが、以前と変わらないのんびりマイペースな口調で返事をしてきたのでありました。
◆◆◆
『うふふ、どうぞ粗茶なのです』
モモに招かれて建物内に入ったレンリ達は、以前からの顔見知りということもあってか、やけに丁重なもてなしを受けていました。
建物に入ってすぐの部屋にはちょうど人数分のイスと石造りのテーブル。
部屋の隅には簡素ながらキッチンまで備えてあるようです。
テーブルの上にはモモが淹れたばかりのお茶のカップが湯気を立てており、お茶受けとして切った果物や焼き菓子までたっぷり並んでいます。どういうわけか第四迷宮では果物や砂糖などの甘味は取れませんから、わざわざ他の迷宮や街まで出かけて入手してきたのかもしれません。
『ささ、ひーちゃんもどうぞなのです』
『あ、ありがと……モモ、貴女ってばこんなマメな子だったかしら?』
『うふふ、おかしなひーちゃんですね。モモは見ての通りいつものモモなのですよ?』
予想外の歓待ぶりに、なまじ姉妹としてよく知っているヒナは戸惑いを隠せないでいました。第三迷宮の海をゆらゆら漂っては度々サメに喰われているモモと同一迷宮とは思えません。
「まあ細かいことはいいじゃないか。それよりモモ君、さっきの髪のやつもう一度よく見せてよ」
『はいはい、もちろんお安い御用なのです』
一方、レンリはモモにとあるリクエストを一つ。
ついさっき、モモがお茶や果物の支度をする時にも見せたのですが。
『はい、こんな感じでいいのです?』
「おお、やっぱり便利。だからモモ君はそんなに髪を長くしていたんだね」
モモ自身はイスに腰掛けたまま、その異常に長いピンク髪が部屋のあちこちに伸びて食器や食べ物を器用に掴んでいます。包丁を掴んだ髪の毛が果物の皮をたちまち剥いて正確に切り分け、別の髪が用意した皿に盛りつけるという芸達者ぶり。街中で披露すれば、そのまま大道芸としてお金を取れそうな技術です。
『まあ、これは今はまだ自分の迷宮でしかできないのですけど』
「ふぅん、そうなのかい?」
もっとも迷宮の常として能力に制限はあるようですが。
第四迷宮の外では便利な髪も邪魔な重りにしかなりません。
まあしかし、それでも大したスキルであることに違いはないでしょう。こうして話しながらも髪の毛は常に動き回り、空いたカップにお茶を注いだり皿洗いをしたりと忙しなく働いています。
『ところで、晩ご飯は食べていくのです? 今日あたり皆さんが来ると思って、ちょうど今朝方に下層でイキの良いトリケラトプスを仕留めてきたのですよ。モモ的にはジューシーなモモ肉のステーキでもご馳走したいのですけど。モモだけに、うふふ』
とはいえ、少しばかりもてなしの度が過ぎている感は否めません。
試練の内容はモモに料理を食べさせるはずだったのに、これではまるでアベコベです。
『ちょ、ちょっとモモ。本当にどうしたの?』
『何もおかしくはないのですよ。うふふ、変なひーちゃんですね?』
このあたりになるとヒナは明確に違和感を覚えていたのですが、肝心のモモはというとニコニコ笑うばかりでまるで正体が掴めません。少なくとも悪意はなさそうですが、あまりにも度が過ぎる好意というのは、それも受ける側に覚えのない好意というのはかえって不安になるものです。
ヒナほどモモのことを深く知っているわけではありませんが、ルグやルカもヒナの動揺ぶりを見て何かがおかしいと思い始めたようです。ヒナが指摘していない以上、飲食物に一服盛るような真似はしていないと確信できる点だけは幸いですが。
「おや、皆どうしたんだい? モモ君がこう言ってるんだから素直にご馳走になろうじゃないか。トリケラトプスって、ここに来るまでは見かけなかったけど美味しいのかい?」
『はい、それはもう絶品なのですよ』
一方、仲間の不安をよそにレンリだけは堂々としたものです。肝が据わっているのではなく、単に食い意地に目が眩んでいるだけかと思われました……が。
「じゃあ、とりあえずステーキについてはありがたくご馳走になるとして――――その前に、『取引』の話をするとしようか? 『試練』じゃなくてね」
『うふふ、お姉さんはお話が早くて助かるのです』
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《おまけ・モモ(※再掲)》




