ぶらり迷宮食べ歩きの旅
じりじり。
じゅうじゅう。
フライパンが美味しそうな音を奏でます。
「うん、よさそう……はい、できたよ、ヒナちゃん」
『ありがとう、ルカさん。じゃあ、お先に頂くわ』
迷宮の一画で焚火を熾し、ルカが料理をしていました。
たっぷりのバターにみじん切りのニンニク。
焼いているのはマッシュルームのスライス……なのですが、その大きさは特大サイズのサーロインステーキを彷彿とさせるほど。マッシュルームのステーキといったところでしょうか。これでも元のキノコからすればほんの一部なのですが、一切れ一切れの厚みはちょっとした辞典ほどもありそうです。
味付けの仕上げは各々が岩塩の塊をナイフでガリガリ削って振りかけるワイルドスタイル。お好みで胡椒や唐辛子の粉を足しても面白そうです。
『うん、毒はないみたいよ。味も美味しいわ』
「えへへ……よかったぁ。じゃあ、レンリちゃんも、どうぞ」
「ありがとう。うん、良い焼き加減だね!」
むっちりと心地良い歯応えに芳醇な香り。
満足感ではお肉のステーキにも劣りません。
ちなみに最初に料理の味見をするのはヒナの役目。
というのも、迷宮の化身である彼女には毒の類が一切効きません。
体内に取り込んだ成分の分析も可能なので毒見役には最適でしょう。
いくら美味しそうに見える物でも、常識外れの迷宮産食材となれば、特にキノコ類ともなればどんな成分が含まれているか分かりません。初めて食べる種類に関して念の為の用心をしておくのは悪いことではないはずです。
第四迷宮に通い出してから早数日。
いつの間にやらそんな役割が決まっていました。
「それにしても早い段階でバターが手に入ったのはラッキーだったね。ヒナ君さまさまだよ」
『感心するのはこっちよ。牛から牛乳を取るのまでは分かるけど、我の能力で攪拌してバターだのクリームだの作ろうなんて、よく閃いたわね』
迷宮の中にある物だけで美味しい料理を作るなんて試練を考えるだけのことはあります。第四迷宮の食材の豊かさは当初に考えていた以上のものがありました。
たとえば肉類なら初日に遭遇したようなニワトリ以外にもウシ、ブタ、ヒツジなどは当たり前。今現在までに調査した限りでもゾウやカンガルーやウサギ、ワニ、カバ、キリン、ナマケモノ……等々、非常に幅広いバリエーションが確認できました。正確な正体の分からない魔物の類を含めれば更に倍以上はあったはずです。
もちろん全ての生き物が超規格外のビッグサイズ。すでに聞いていた情報の再確認になりますが、やはり第四迷宮はアリの巣状に広がる洞窟を下に降りるほど生物が巨大化する傾向があるのでしょう。
また同種の動物が異なるエリアにいることもあり、たとえば初日に遭遇した巨大ニワトリの更に三倍はありそうな超巨大種の存在も確認済み。あまりに大きすぎて普通の人間サイズしかないエリア間を繋ぐ通路を抜けられないのですが、もし迷宮の外まで運び出せたら大都市の住人全員がお腹いっぱいになるだけの焼き鳥が作れそうです。
「でも果物とか甘い物はないんだよね、何故か」
『そういえばモモがそんなこと言ってたわね。よく我の第三迷宮に来るのもフルーツ目当てみたいだし』
まあ流石に世界中のありとあらゆる食材が存在するというわけではなさそうですが、これだけの好条件なら試練の合格条件をすんなり満たすことができるかもしれません。
そして、今また一つ新しい食材の追加が来そうです。
「うおぉっ!」
皆が食事の準備を(レンリは見ていただけですが)していた間、修業のために一人だけ狩りを続けていたルグが獲物と戦っています。
相手は『十七面鳥』というトリ型の魔物。
七面鳥の間違いではありません。
ドラゴンの一種に胴体から何本もの首が生えたヒュドラという種類がいますが、アレのトリ版と考えればいいでしょう。サイズもおおよそ同じくらい。胴体から伸びる十七本のトリ頭が足下を走り回るルグを啄もうと迫っています。
その奇怪な構造上、悲しいことに重心が身体の前側に寄り過ぎて、このサイズにしてはスピードがあまり出ていませんが。
『ルグさん、手伝ったほうがいいかしら?』
「いや、まだ大丈夫だ! 危なくなったら頼む!」
この数日でルグも巨大生物相手の戦いの経験を積んでいました。
見上げるほどに巨大な怪物だろうとも生物である以上は弱点が存在します。
「隙、あり!」
どれほど首の数が多かろうと、一度に攻撃できる数には限りがあるものです。
頭上から迫るクチバシの突きを躱しざまに剣を一振り。更に追加で一振り。
それでトリ頭の一つが切り落とされ、隣の頭の目潰しにも成功。
クチバシという強力な武器を備えた頭部がこれだけ多いのは驚異的ではありますが、それは同時に弱点の多さをも意味しています。よくよく見れば十七面鳥はすでに三十四もある目の十近くを潰されているようです。これでは素早く動き回るルグを捉えるのは難しいでしょう。
そうこうしている間にルグは更に二つ三つと首を刈ることに成功。
彼の慣れに加えて相手の動きが失血で鈍っているおかげもあるのでしょう。
この様子なら後は放っておいても出血多量で戦闘不能になるかもしれません。
「だ、大丈夫……かな、ルグくん?」
「大丈夫でしょ。ルー君もやるようになったもんだね」
ルカはまだハラハラと心配しながら見守っていますが、レンリの頭はすでにこの後の焼き鳥のことでいっぱいです。が、しかし。
「やばっ!?」
『あ、アレはちょっとまずいかも』
ですが、戦いとは最後まで分からないもの。
実力のみならず、ほんの些細な運不運が勝敗を分けることも珍しくありません。
今回に関して言うならば、激しく暴れる十七面鳥から抜け落ちた羽根の一枚が偶然にもルグの顔に落ちてきて、ほんの一秒か二秒視界を塞ぎ……致命的な隙が生まれたかと思いきや、特に何も起こりませんでした。
「あー……悪い、ヒナ。助かった」
『いいえ、どういたしまして』
十七面鳥は時が止まったかのようにピタリと動きを止めています。
視界を奪われたルグに残った首が攻撃を加えようとする直前の刹那、ヒナの能力で体内の血流全てを停止させられてしまったのです。首の傷口から噴き出る血液まで完全に止まっています。ヒナがその気になれば、この状態からでも再び血液の流れを元に戻して動けるようにもできますが。
『ルグさん、どうするの? 修業、まだ続ける?』
「いや、今回はもういいや。次はもうちょい周りを見ないとなぁ」
『それじゃ、このまま血抜きと解体までやっちゃうわね』
ヒナが一瞬意識を集中すると、十七面鳥の身体中から猛烈な勢いで血が噴き出しました。
その勢いというのが尋常ではありません。血液が超高圧・超高速の刃となってたちまち全身をバラバラにしてしまったのです。なにしろ敵の体内からの攻撃なので回避も不可能。液体操作能力の本領発揮といったところでしょうか。決してバターやクリームを作るためだけの能力ではないのです。
あとに残るのは……モモ、皮、ササミ、レバー、砂肝、ハツ……など羽根の上に綺麗に分けて並べられ、食べやすいサイズに切り分けられた大量のトリ肉。このまますぐにでも調理できる状態になっています。
「ヒナ君、将来は立派なお肉屋さんになれそうだよね」
『ええと、それって喜んでいいのかしら?』
と、まあ大体のところはこんな感じで。
一行は食材を集めながら第四迷宮を奥へ奥へと進んでいくのでありました。




