本日の天気は晴れ。ところにより迷宮が降るでしょう。
本日の天気は晴れ。
ところにより迷宮が降るでしょう。
◆◆◆
「「あ」」
と、ルグとルカの声が綺麗に重なりました。頭上から降ってきたヒナを見て、先程まで忘れていた「やるべきこと」の正体に思い当たったようです。
現在、レンリ達は第三迷宮の攻略途中。
ヒナの考えたクイズやなぞなぞを全部で百問解いていくという試練、その九割以上は終えた段階です。ルカのパワーで小舟を漕げば海の魔物は驚異になりませんし、知力や発想力が試される問題はレンリの得意分野。
迷宮との相性が良かったということなのか、これまでになく順調に進んだものです。もうほとんどクリア目前。ここまで来た以上、その気になれば恐らく残りは一日もかからないことでしょう。ですが。
その気になれば、すぐにでも終わる。
それはつまり、その気にならなければいつまでも終わらないというわけで。
『もうっ、なんで来てくれないのよ!』
ヒナがご機嫌斜めになるのも無理はありません。
文句の一つも言いたくなって当たり前です。
これが真っ当に攻略に行き詰っているならまだしも、いつでもクリアできる状態のまま放置。他に大事な用事があるなら一時的に迷宮探索から離れるのは仕方ないにせよ、離れてそのまま忘れてしまうというのはいただけません。
「うん、まあ、それは悪かったよ、ごめんごめん」
流石のレンリも悪いとは思っているようです。
まずは一言詫びを入れてヒナを落ち着かせました。しかし。
「でもさぁ、私に言わせればヒナ君にも責任の一端はあるんじゃないかな?」
『……え?』
この状況から責任の転嫁を狙う図太さはヒナにとっても想定外。
まさかの返しに戸惑って、うっかり会話の主導権を渡してしまいました。
「いきなり怒鳴り込んでくる前にそれとなく忠告するとかさ、もっと段階を踏んでも良かったんじゃないの? 最近も何度か会う機会自体はあったんだし。今日はたまたま予定が空いてたから良かったけど、大事な来客中とか外出中って可能性もあったわけだし、文句を言いにくるにしても事前にアポを取るとかさ」
『う、それは……そうかもだけど』
たしかに一理くらいはあるかもしれません。
一理しかない、とも言えますが。
しかし根が真面目なヒナに考え込ませる効果はあったようです。
明確な落ち度とも言えない程度のささやかな瑕疵を殊更にあげつらって、相手側の非としようとする手口は善人ほど引っ掛かりやすい話術のテクニック。悪い人間はそうやって相手に何か要求したり、自分の責任を回避したりすることがままあるもの。仕組みを知っていないとコロリと騙されてしまいがちなので注意しましょう。
「ていうか、キミ、迷宮に来なくなった全員にこういう風に言って回ってるの?」
『そ、そんなことはないけど……ほら、貴女達は特別っていうか』
何らかの事情で迷宮に来られなくなる人間自体は珍しいものではありません。
自分の実力が足りないと見切りをつけたり、怪我や病気をすることもあるでしょう。冒険者なら他の地方に行く仕事を受けたりとかもありそうなものですし、家族や友人などの人間関係絡みで問題が発生することも起こり得ます。
ヒナもそんな全員に文句を言いに回るほど暇ではありません。
いえ必要に応じて『自分』を増やせる迷宮なら暇はどうにでもなるにせよ、わざわざ迷宮の外まで文句を言いに行く気にはなりません。今のレンリ達のようにクリア目前で止まっていたとしても、他の人間ならそのまま大して気にせず放っておいたことでしょう。それにも関わらずこうして出向いてきたということは、ヒナ本人が言うように彼女にとってのレンリ達が特別だからに他ならず。
「へえ、特別扱いとは光栄だね。それで、具体的にどう特別なのかな?」
『どう、って?』
「そのままの意味さ。ヒナ君が私達をどう思ってくれているのか聞いてみたいな?」
『え、あの、それは……ちょっと恥ずかしいっていうか……』
もう完全にレンリの手のひらの上で転がされています。
最初にあった威勢もすっかり消えて、ただもじもじと俯くばかり。
ヒナがレンリ達に抱いている感情というのは、大まかに感謝や恩義など。
一時的に怒りを抱いたとしても、それも根本に大きな親愛があるからこそです。
生まれついての心性ゆえに孤独に苦しんでいた彼女が、まともに人間と付き合えるようになったのはレンリ達のおかげ。少なくともヒナ本人はそう思っています。決して狙ってやったわけでなく、成り行きに任せていたら運良く上手くいっただけだとしても、その感謝は揺るぎません。
「ふふ、恥ずかしいなら私から先に言おうか? 私はヒナ君のこと好きだよ。ちょっと気難しいところはあるけど良い子だし、話してると面白いし」
『すっ……!? ああ、もうっ! そんな風に言われたら我だって言わないわけにいかないじゃない! 貴女達には感謝してるし、その……もっと仲良くなりたいなって思うし、一緒に遊んだりしたいのよ! 何よ、悪い!?』
ヒナは真っ赤になってヤケクソ気味に言いました。
もう自分が何をしに来て何をしてるのかも分かっていないでしょう。
「そうかい、そうかい。つまりヒナ君は私達がなかなか会いにこないから寂しかったんだね? それならそっちから気軽に遊びにきてくれても良かったのに」
『それは、だって、呼ばれたり約束もしてないのに急に押しかけて、重いとか迷惑とか思われたらイヤだし……』
「ヒナ君は奥ゆかしい子だね。そんなところも可愛いと思うよ?」
『かわっ!?』
これに関してだけはレンリ本人に自覚はないのですが、年下の同性と話していると何故か口説いているかのような流れになってしまいがちなのです。
「寂しさに気付いてあげられなくてゴメンよ。反省してこれからはもっとキミの迷宮に……ああ、でも困ったな」
『……こ、困ったって何が?』
「ああ。ヒナ君の第三迷宮はもうクリア目前だろう? 順当に行けばその後はモモ君の第四に行くことになるだろうし、結局、キミの迷宮にはあまり長く通わないことになるんじゃないかって」
『あ』
迷宮に来る催促をしに来たのに、その後のことは考えていなかったようです。これではせっかくレンリ達が来ても一日足らずで第三迷宮からはオサラバということになってしまいます。
「まあ反省の証として第四の攻略を遅らせて、しばらくヒナ君のところに通うようにしてもいいんだけど。必ずしも迷宮の中である必要がないなら一緒に街で遊んでもいいしね。どうする?」
『そ、それはダメよ! 気持ちは嬉しいけど我のために迷惑はかけられないし……それに我にだって迷宮としてのプライドがあるの! 完全な自由意思で来る分には歓迎だけど、攻略が終わってるのに情けをかけられて居残ってもらうとか絶対ダメ!』
「そういうもの? その感覚はちょっとよく分からないけど」
迷宮ならぬ人間には分かり難い感覚ですが、迷宮本人がここまで言うのだからそこは譲れないこだわりがあるのでしょう。この口ぶりだと、攻略済みの迷宮のために他の迷宮の攻略を先延ばしにするのも良く思ってなさそうです。
「でも、私としてもヒナ君にこれ以上寂しい思いをさせるのは本意ではないし……ああ、そうだ。良いことを思いついたよ!」
『え、な、何を……?』
さて、ならばどうするべきか?
全部の問題を解決する名案が一つだけあります。
「ヒナ君。キミ、今日から私達の仲間ね。頼りにしてるよ」
『え? えっ?』
迷宮が迷宮を探索してはいけないという法はなし。
責任者である女神に聞いても恐らく否とは言わないでしょう。
かくして、上手く丸め込まれたヒナを新メンバーに加えて、レンリ達は第三迷宮の残り少しと、その後に続く第四迷宮に挑むことになったのでありました。




