迷宮の化身
『ぁ。亜。あ。ア。あ……うむ、声はこの感じでいいか。やっぱり、人型のほうが話しやすいの』
攻撃を受けて狼の姿を破壊されたウルは、周囲の植物や土を用い、何事もなかったかのように再生を果たしました。
ただし、その姿は先程までとは随分と違う、人間の少女に似た姿。
身体を修復する様子を間近で見ていたレンリ達も、その変わりように唖然としています。
「え、ええと、ウル……さん、ですか?」
『うむ。いかにも、我はウルであるの』
何故か敬語で問いかけたレンリの問いにも、もちろん迷わず肯定しました。
狼の時は性別不詳、年齢不詳のくぐもった感じの声だったのですが、現在は見た目相応の女児らしい澄んだ声です。
人の姿だと人語を発しやすいという発言からすると、声帯の構造自体が先程までとは別物なのでしょう。
「その姿がウルの本当の姿ってこと……なのかな?」
『ううん、我らに本当の姿なんてものはないの? しいて言えばこの迷宮自体がそうだけど、人前に姿を現す場合の形なんて、どうにでもなるの。ほら』
ウルが手を伸ばすと、手首から先だけが材料となった草や蔓に一旦分解され、そして一匹のリスに変化し……、
『この我も、そこの我も、どちらも樹界庭園の化身である』
『うむ、そういうことなの』
リス型のウルの言葉を少女のほうのウルが肯定しました(ちなみに前者は狼の時と同じ性別年齢不詳の声です)。
本体と言えるものがあるとすれば、それはこの『第一迷宮・樹界庭園』そのもの。
ただ、その状態では人とコミュニケーションを取れないので、必要に応じて狼やら少女やらの姿を取っているのでしょう。
この様子だと、どうやら別個体同士で記憶を共有しているようですし、一度に複数体の化身を出現させることもできそうです。
「なるほど。特に決まった形のない不定形ってことか」
『うむ、なろうと思えば筋骨隆々のむくつけき大男にもなれるの。ただし……』
「ただし?」
『我の大本の人格はどちらかというと女寄りにデザインされてるから、何も考えず適当に形を作ると大体こんな感じの女で子供な姿になるの。個人的にもこのほうがしっくりくるし』
変形自体に制限はなくとも、ウル自身の好みはあるようです。
今の形態は彼女的に「しっくりくる」姿なのでしょう。
「ところで、子供なのはどうしてだい?」
『だって、我まだ四歳だし』
「よ、四歳?」
『あんまり身体が小さいと動き回るのに不便だから、ちょっとだけ見た目盛ってるけど』
神造迷宮が出現したのが四年と少し前。
人間とは生態も精神構造もかけ離れているようですが、この迷宮はまだ子供と言ってもいいのかもしれません。
『でもね、幼すぎる姿で人前に出ると、よく迷子に間違われるの……迷宮の中なのに』
「た、大変……です、ね?」
良識ある大人が迷宮内に幼い子供が一人でいるのを見れば、当然放ってはおかないでしょう。ウルの立場としては、試練を課すこともできずに迷子扱いで保護されるのは大問題なのですが。
『だから、普段は喋りにくいのを我慢して動物の姿を使うことが多いの』
「逆に言うと、今は喋りやすい姿だから、こうして色々話してくれるのか」
『うん。それに、あくまで化身としての仮の形なんだけど、容姿を弄ればその時々の姿に人格が引っ張られるし、たぶん今のこの身体だとちょっぴり子供っぽくなってるの』
姿を変えてから急に饒舌になったウルですが、単に喉の構造が人語での会話に適するものになったからというだけでなく、目の前の個体の人格が自身の子供っぽい容姿に影響を受けているようです。
「ふぅん……あ、よかったらチョコ食べるかい?」
『食べるの!』
レンリが勧めたチョコに迷わず飛びつく様子もお子様そのもの。
本人曰く“ちょっぴり”子供っぽくなっているようですが、とても“ちょっぴり”には見えません。
「ところで、ウル君。物は相談なんだが、ちょっと試練のほうに融通を利かせてくれたら、鞄の中の高級お菓子セットを丸ごと進呈しようじゃないか?」
『ま、丸ごと……っ!? じゅるり……』
子供姿のほうは一瞬、レンリの買収作戦に心が揺らいだようですが、
『待て、我よ。賄賂に屈してはならぬ』
『はっ!? あ、危ないところだったの……!』
リスのほうの自分の言葉に辛うじて我を取り戻したようです。
どっちもウル本人なので、やっていることは完全に一人コントですが。
「ちぃっ! もう少しだったのに、余計なことを」
「レン、今のは人としてどうかと思うぞ」
「うん……ズルは、よくない……よ」
『次やったらお姉さんだけ失格にするの』
この調子だと不正はできそうにありません。
まあ、それはそうでしょう。
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今回の手首から先がリスに変化するシーンは某漫画のパロディなんですが、気付いてもらえました?