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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十一章『迷宮大紀行』

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モヤモヤの正体


 そして翌日。

 今日もルカとルグは朝からレンリの部屋の掃除をしていました。


 ゴミ捨て、雑巾がけ、掃き掃除。

 更には衣服やベッドシーツの洗濯まで。

 根が真面目な二人は丁寧かつ着実に仕事を進めていきます。

 世界広しと言えど、これほどハウスクリーニングの腕前に秀でた冒険者もそうはいないでしょう。そもそも冒険者がする仕事かという疑問は置いておくとして。



「おお、たったの一日でずいぶん変わるものだね」



 ちなみにレンリは一人だけ居間のソファに寝転がりながら優雅に本を読んでいます。一見サボっているように見えますが、家事手伝い用の綿ゴーレムを二人の手伝いに回しているので決してサボりではありません。

 というか下手に本人の手で何か手伝おうとしても足手まといにしかならないので、レンリは手を出さないのが一番の手伝いだと言っても過言ではありません。故に、これは適材適所。仮にサボりだとしても良いサボりです。



「ははっ、久々に思いっきり働くと気分が良いな!」


「ふふ……久しぶりに、ちゃんと……お仕事したもんね」


「ふふふ、やり甲斐のある仕事を提供できたようで何よりだよ。これからも定期的にお願いしようかな?」



 そんなこんなで昼頃までにはほとんどの作業は完了していました。

 あとは庭に干した洗濯物が乾くのを待つばかり。それも今日のカンカン照りなら午後のお茶の時間までにはすっかり終わることでしょう。

 やや遅めの昼食を摂るために近所の料理店を訪れた頃には、まだ日も高いというのにすっかり一仕事終えたような雰囲気が漂っていました。三人とも大盛りの肉料理に果汁のドリンク、食後のデザートまで付けて、ちょっとしたお疲れ様会の風情です。



「そういえば」



 その食事の最中のこと。

 ルグがこんな話題を口にしました。



「昨日言ってた論文がどうとかって、結局何だったんだ?」



 昨日はすでに遅かったので詳しく聞くことができませんでしたが、ルグはまだ気にしていたようです。レンリの説明が胡散臭すぎたせいで、かえって印象に残ったのかもしれません。



「何だったって、昨日も言ったろう? 研究成果を世のため人のために役立てるのが研究者の本分というものだよ」


「はいはい。で、本当のところは?」


「うん。キミ達にはあまりピンと来ないかもしれないけど、魔法使いの世界では未知の魔法系統の発見というのはなかなか大したものでね」



 昨日は説明が面倒臭かったせいか適当にお茶を濁したレンリでしたが、今はお腹が満ちてご機嫌なおかげか、すんなりと理由を話してくれました。


 昨日、レンリが実家に送った概念魔法の研究論文。

 流石に神様直々に伝授されたとは明かせないので、神造迷宮の探索中に発見したということにしてありますが、問題なのは発見過程ではなくその内容です。


 レンリが言ったように、魔法使いの世界において未知の魔法系統の発見というのは、少なからず注目を集める大事件。もちろん新発見なら何でも良いというわけではなく、新奇性のみならず有用性も問われることになるわけですが、その点、聖剣の製法や神造迷宮の成立にも関わる(らしい)概念魔法なら文句なし。



「どうせ発表するなら、私個人じゃなくて実家の名前を使ったほうが学会へのウケも良いだろうからね。父様や姉様ならちょっと読んだだけで価値を分かってくれると思うし、まあ多少の手間をかけさせても文句は言われないだろうさ。使えるものは親でも使え、ってね」



 奇人変人の集団として知られるレンリの親族も、研究者としては世界有数の名門一族。学問分野における権威は大したもので、それが重大な発表をするとなれば国内外から大きく注目を集めることでしょう。少なくとも後ろ盾のない在野の一研究者が、不心得者に大事な研究成果を掠め取られるようなことは起こらないはずです。



「私の姉様が研究成果をお金や権利に換えるのが引くほど上手いから、まあ任せておけば安心さ」


「え、あの……引く、ほど……って?」


「言葉通りの意味だけど? いやぁ、身内から見てもアレは引く」



 どうもレンリの姉はなかなかの曲者のようです。

 そこについてはそれ以上詳しく語られなかったので、ルカ達には詳細が分からないままですが、きっと知らないほうが良い類のことでしょう。



「一石二鳥、いや三鳥か四鳥、もっとかもしれないけど。これで後は放っておいても権威もお金もガッポリ入ってくるって寸法さ。重大な発見をした偉人として私の名前が歴史書に刻まれることになっちゃったらどうしよう? そっかぁ、後世の学生は試験のために必死に私の名前を覚えることになるのかぁ。念の為、サインの練習とかしておいたほうが良いかな?」


「……ああ、うん、まあ色々納得した」



 ともあれ、ルグの疑問は綺麗さっぱり解消しました。

 世のため人のためと言われるよりも余程納得できてしまうのが困りもの。これくらい堂々と私利私欲を追求する姿勢がブレないと、かえって清々しさすら感じられます。



「で、あとこれは上手くいけば御の字って感じなんだけど」



 名誉や金銭のためというのも嘘ではないのですけれど。本命と言うべき理由について、レンリは最後に軽く付け足すだけに留めました。というのも、それについては上手くいくかどうか全く先が読めないのです。



「現状だと私一人で概念魔法の基礎研究を進めてるわけだからね。もっと魔法の存在が知られたら興味を持った人がたくさん研究するようになるかもしれないだろう。どんな分野でも裾野が広いほうが発展が早いものだからね。そこから出てきた成果を私の本来の分野に生かせれば良いなぁ、って」







 ◆◆◆






 さて、長めの昼食を終えて帰ってきたレンリ達。

 あとは干していた洗濯物を取り込めば現状抱えている仕事はお終いです。


 案の定、仕事らしい仕事は十分とかからず終わってしまいました。

 レンリ達が食事に行っている間も綿ゴーレム達は働いていたようで、屋敷内はレンリの部屋以外もピカピカに仕上がっています。少なくとも今日のところは、もう掃除の必要はありません。



「うーん、また仕事がなくなってしまった」


「レンリちゃん……この後、は……どうするの……?」



 基本的に三人の行動方針を決めるのは雇い主であるレンリです。

 ルカに尋ねられたレンリは今後の目的を決めるべく候補を口にしていきます。



「そうだね。綺麗になったシーツで昼寝をするのも良いし、まだ読んでない本もある。ああ、街に出てショッピングも悪くないかも」


「なあなあ、ちょっといいか? 俺、他にもっと何かやるべきことがあった気がするんだよ」


「ルグくん、も……? わたしも、そんな気が……何だっけ?」



 昼寝や読書やショッピングが嫌だというわけではないのですけれど。

 レンリ以外の二人は何やらモヤモヤした感覚を覚えている様子です。何かやるべき用事があったような気がするのに、肝心のそれが何かは思い出せない。そんな感覚に覚えのある人は少なくないのではないでしょうか。

 最優先事項であったゴミ屋敷問題が片付いたことで、他の物事を考えられる余裕が戻ってきたのかもしれません。もっとも、まだ肝心の記憶は曖昧なようですが。



「忘れてること、かい?」


「うん……何か、やりかけてた……ような?」


「そんな用事あったっけ? キミ達の気のせいじゃないかな」


「そう、かなぁ……?」



 現状あるのはモヤモヤとした薄い違和感のみ。

 強く否定されるとルカも自分の気のせいだったように感じられてしまいます。

 けれど完全に気のせいだったとも納得できずに屋敷の庭先でしばらく首を傾げていたら……なんと、頭上から疑問の答えが降ってきたのです。



「……あれ……雨?」



 ザァッ、と辺り一面を濡らす急な大雨。

 最初、三人は早めの夕立かと勘違いしましたが、見れば空は晴れたまま。

 晴天のまま雨が降る天気雨でもありません。というのも、ここいらに降ってきた雨粒の一滴一滴が猛烈な勢いで集まって大きな水塊となり、そのまま更に変化して見覚えのある人の姿を形作ったのです。


 特徴的な水色の髪に白い水兵服。

 三人もよく知る人物、いえ、よく知る迷宮でした。



『もうっ、何で全然来てくれないのよ! 我、ずっと待ってたのに!』



 迷宮に来ないので迷宮が来た。

 いつまで経っても攻略途中の迷宮に来ないことに痺れを切らした第三迷宮ヒナが、かなりのご機嫌斜めっぷりでレンリ達に文句を言いに来たのです。



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