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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十・五章『シモンとライム』

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シモンとライム


 昨夜、シモンは魔王から助言を受けました。


 が、その体験談から来るアドバイスが参考になったかといえば、正直、微妙な線でしょう。というのも、魔王の時と今回のシモンとでは状況が違い過ぎます。


 アリスに親族はいなかったので、魔王が相手方の家族へ挨拶に行ったのはリサの時だけですが、まず結婚云々の前に異世界やら勇者やらの説明から入る必要があったのです。話を信じてもらうための様々な実演付きで。


 今でこそ慣れたとはいえ、当初のリサの家族の驚きは想像に難くありません。

 それに、そういった地球界隈で見かけない要素を抜きにしても、リサ以外にアリスとも同時に結婚を前提に交際していたわけでして。

 地球にもそういった家族形態が文化として認められている国はありますが、一般的な日本家庭にいきなりそういった事情を受け入れろと言っても心情的に難しい部分は多々あったことでしょう。その時点で叩き出されずに話を聞いてくれた点だけでも、実に大した寛容さです。



 今回のシモンの場合は、まあ流石にそこまで複雑な事情はありません。

 そもそも結婚の挨拶に来ておいて、まず手始めに世界観の解説から入らねばならないケースが異常なだけかもしれませんが。つまるところ魔王の体験談は万事が例外的すぎて、具体的に役立ちそうな部分がほとんど見当たらなかったのです。




 しかし、だから話を聞いたのは無駄だったと切り捨てるのは早計。

 あるいは話をした魔王自身も気付いていなかったかもしれませんが。

 具体的に何かの役に立ちそうもない、全ての悩みを綺麗に解決することなど望むべくもない、とてもヒントとは呼べない部分にこそ今のシモンに必要なモノが隠されていたのです。






 ◆◆◆






「覚悟というなら、ライムを悲しませないよう頑張るのが俺の覚悟だよ」


 地味に。地道に。

 泥臭く、努力を重ねる。

 ずっとずっと頑張り続ける。

 それが自分の覚悟だとシモンは言いました。そして、その愚直なまでに頑張る姿勢こそが、彼が魔王の話から得た教訓でもあります。



「それだけ言っても分かりにくいか。ううむ、多分出来ると思うのだが」



 ただ、問題は何をどのように頑張るのか。

 それをライムの両親にも分かりやすく説明すべく、彼は手刀で己の胸をトンと突きました。すると、あら不思議。



「っと、と、服がぶかぶかだ。ちょっと深く斬り過ぎたか? ま、これくらいのほうが分かりやすいし丁度良いか」



 シモンの姿が見る見るうちに縮んで、まるでライムと初めて出会った頃のような、六歳そこらの子供の姿になってしまったのです。「老い」と「成長」の境は分かりにくいものですが、要するに彼は自身の「時間経過」に類するソレを十数年分ほど斬って現実の姿を変じて見せたのでしょう。ライムも、ライムの両親も、これには驚きました。シモンの技にはライムが思っていた以上の応用性があるようです。



「びっくり」


「む」


「あらあら、可愛くなっちゃって。魔法なのかしら?」


「いや、一応は剣術の範疇に入る技術で……と、もう時間切れか」



 これはあくまで一時的な変化です。

 現に、ほんの一分も経たぬうちにシモンの身体は元通り。シモンは急な若返りと成長で乱れた衣服を簡単に整えると、いよいよ話の本題に切り込みました。



「ご主人。母上殿も。もうお分かりかもしれませんが、要は今の技をずっと続けて老いを止めてしまおうかと。そうすればライムを一人にする心配も要りませぬ」



 なるほど、一見すると如何にも名案。

 これで寿命差の問題も解決してハッピーエンド。

 何もかも綺麗に片付いた……とはいきません。残念ながら。



「シモン……」



 この手を使えば、新たな問題が湧き上がると理解しているのでしょう。ライムは、その複雑な胸中を表すかのような悲しげな目でシモンの顔を見ています。



「シモン。それは……」


「いいんだ。俺は、お前を一番大切にすると決めたのだ。父上より、母上より、兄姉きょうだいより、友達より、騎士団の仲間や守るべき街の人々より、他の誰よりも」



 シモンが寿命の縛りを断ち切るということは、すなわち彼もライムと同じく短命の人々を見送る側に立つということを意味します。きっと、これから百年もしないうちに今親しくしている人々の大半と死に別れることになるでしょう。


 それだけではありません。

 異種間の混血として生まれた者の寿命は人によってまちまちですが、いつか生まれてくるであろう自分達の子供や孫が、自分達より早く年老いて先立つのを見送ることもあるかもしれません。


 それはきっと、とてもとても悲しいことです。

 ライムが彼の提案を素直に喜ばなかったのも、自分のためにシモンにそうした重荷を背負わせてしまうと理解していたからこそ。けれど。



「きっと、すごく寂しくて悲しいことがあるのだろうな。だけど、お前一人だけにそれを全部背負わせるのは駄目だ。それは、いやだ」



 シモンも、それは承知の上。

 他の誰よりもライムを一番大事にして、健やかなる時も病める時も、嬉しいことも悲しいことも分かち合う。己が生き様そのものを以てして、その覚悟を証明し続けることこそが、すなわち彼の覚悟であったのです。



「ライム。俺達は、ずっと一緒だ」





 ◆◆◆



 ……と、そんな出来事から早数日。

 シモンとライムは迷宮都市から学都へ向かう列車の中におりました。



「なあ、ライム。もう戻っては駄目か?」


「駄目」


「これ、結構恥ずかしいのだがなぁ……」


「ふふ。シモン可愛い」



 ライムはシモンを膝の上に乗せ、ぬいぐるみか何かのようにギュッと抱きしめて離しません。普段の体格差ではサイズ的に小柄な彼女の手に余りますが、今のシモンは先日ライム宅で見せたように奥義で子供の姿に戻っているのです。


 この能力が本当に剣術扱いでいいのかどうかは彼自身大いに疑問ではあるのですが、まあ変わった姿を維持するのは良い鍛錬になりますし、それに何よりライムがこの姿を大層気に入ってしまったのです。

 ライム宅を訪れた翌日から昨日までは、主に迷宮都市の友人知人に挨拶回りをしていたのですが、その合間を縫ってシモン用の子供服を密かに買い集めていたほど。先程、客室内で二人きりになってからは、ライムの気の向くままに着せ替え遊びに付き合っていました。

 城にいた時は王家の女性達から等身大着せ替え人形として可愛がられていたライムですが、その趣味が移ってしまったのかもしれません。



「母上殿がお前達の小さい時の服を持ち出そうとした時は焦ったがな」


「シモンはわがまま」


「お前、まだ諦めてなかったのか……? 子供服までは妥協してやったんだから、女装は流石に勘弁してくれ」


「むぅ。きっと可愛いのに」


「駄目なものは駄目だ。父上殿にも相手の嫌がることはするなと言われたろうに」



 色々あった今回の旅ですが、なんだかんだ最終的には両家の家族から良い返事を貰えたことが最大の収穫でしょう。ライムの実家や魔王宅での出来事は、すでに手紙に記して迷宮都市の大使館を通じてシモンの兄へと送ってあります。


 順調に進んだのと引き換えにライムが新たな性癖しゅみに目覚め、シモンの尊厳が脅かされる可能性が生じてしまった気もしますが、まあ大きな成果の前では些末なことです。むしろシモンに同情したライムの父との関係が良くなったことを思えば若干のお得感すらある、と言えなくもないかもしれません。



「学都までは、もう二時間そこらか。なんだか随分長く留守にしてしまった気がするな。兄上に呼び出されてから、だいたい一か月くらいか?」


「うん。懐かしい」


「迷宮都市を発つ時までにウルが何も言ってなかったから滅多なことは起きていないと思うのだが、俺達が帰った途端にまたロクでもない大事件が起きたりしてな? ははは、もちろんこれは何の根拠もない軽い冗談なのだが」


「ありそう」


「……ありそうだなぁ」



 今や二人にとって第二の故郷(もしかすると第三か第四くらいかもしれませんが)とも言える学都の街まではもうすぐです。帰ったらシモンはすぐ仕事に復帰するでしょうし、それを抜きにしても様々な厄介事が降りかかってくるであろうことは想像に難くありません。しかし。



「出来れば、殴るか斬るかすれば解決できるやつだと話が早くて助かるのだが」


「ん。楽しみ」


「うむ。ま、なんとかなるだろ」



 しかし、最早二人に不安はありません。

 余計な不安が視界に入る余地などありません。



「シモン」


「どうした、ライム?」


「好き。ふふ」


「ああ、俺もだ」



 こうして仲良くイチャつきながら、シモンとライムは懐かしの学都へと帰ってきたのでありました。



◆これで十・五章ラストです。お読みいただきありがとうございました。(褒め言葉メインの)感想、レビュー等は随時歓迎ですのでお気軽にどうぞ。お気軽でない力作も是非どうぞ。

◆次の十一章は時系列的には十・五章と同時期のお話になります。

◆でも、その前に迷宮レストランを何話か書いていきますので。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シモンの寿命斬り レンリの新しい研究対象(おもちゃ)の誕生 [気になる点] 老化を斬ったことである意味魔王に近いつまり 半不死に近い状況 [一言] 666回お疲れさまです つまり、…
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