覚悟のハナシ
「いやー、すげぇモン見たわ」
「同意。驚愕」
「うん、前に街で見たサーカスってやつみたいだった!」
どうやら村のエルフ達はシモンを認めてくれたようです。
最初は心配していた村人達も、細い足場を次々飛び移りながら召喚された魔獣百体と戦うシモンを見て大いに盛り上がっていました。途中からは酒や料理を持ち寄って、ちょっとした宴会の様相を呈していたほどです。
「あの兄ちゃんが仕留めた不死鳥の焼鳥で飲み直そうぜ!」
「おお、トリ公が生き返って目ェ覚ます前に肉を貰っちまわねえとな。軟骨が美味ぇんだよ軟骨が」
「そいじゃあ俺ァ家に寄って酒の追加持ってくわ」
試練が終わってもその興奮は冷めやらず、仲の良い者達が集まって早速二次会の相談などしていました。肝心のシモンとライムの一家を放置したままで。
「じゃ、あとは家族の問題ってことで」
「ヒト族の兄ちゃん、上手いこと話がまとまったら今度一緒に呑もうぜ」
そうして深い意味もなく暇潰し感覚で絡んできた部外者の村人達は、集まってきた時と同じく勝手に満足して解散して行きました。
「ええと、父上殿。力量を見せるというお話でしたが、今の試練とやらとは別に直接の手合わせもしておきますか?」
「……いや。いい」
ライムの父も、戦闘の素人なりにシモンの動きを見て力量の差を理解したようです。ライムを守れるだけの実力を示すという目的は十二分に果たされたと言えるでしょう。
「それでは、お許しを……?」
「まだ、だ」
しかし、まだライムの父は首を縦に振りません。
最初に娘の結婚話を聞いてからまだ数時間しか経っていないことを思えば無理もないかもしれませんが、どうも見た感じでは混乱して頭がまとまらないとか、娘可愛さのあまり過度に感情的になっている様子でもなさそうです。
「……キミは、良いヒトだと、思う」
そして意外なことに。結婚に反対の立場を取っておきながら、シモン個人に対して悪い感情があるわけでもありません。彼なりの敬意なのか、無口なりに頑張ってなるべく長い言葉でそれを伝えました。
「娘が、好きになったのも、分かる」
この村の他の人々と同じように、エルフ以外の種族に対して偏見や悪意的な差別感情があるというわけでもありません。ですが。
「だが」
ここでライムの父は娘の顔を一瞥して、今から言うことが彼女の心を傷付けるかもしれないことも覚悟の上で、とうとう自らの真意を語りました。
「キミは、ヒトは、すぐに死ぬ」
◆◆◆
学都の友人達も、シモンの国の人々も、魔王の一家も。
これまで誰もその部分には触れてきませんでした。
恐らくは、きちんと問題を理解した上で、あえて。
「それ、はっ……」
父親の言葉を聞いたライムは、反射的に反論しかけて、口を閉ざしました。
何故なら、その指摘は紛れもない事実に他ならないからです。
ヒトとエルフの寿命の違いなど、誰かに言われるまでもなく最初から知っています。千年を超えるエルフの寿命からすれば、ヒトの一生などあっという間。
無論ライムには、愛するヒトを見送った後の長い人生を心に傷を抱えたまま過ごすことになる覚悟もある、つもりです。二人の仲を祝福してくれた人々も、そんな言外の覚悟を感じ取った上で、あえて何も言わずにいることを選んだはず。これまでの歴史の中でヒトと結ばれることを選んだエルフ達にも、きっと同じような覚悟があったことでしょう。
しかし、いくら覚悟があろうとも親の立場から見てどうなのか。
その心配する気持ちまでは否定したくありませんでした。
まだまだエルフとしては若輩のライムには、百年や千年という時間の重みを、それだけ続く孤独の怖さを、本当の意味では理解できていないのかもしれません。
でも、だからといって彼との仲を諦めることなどあり得ない。ライムは泣きたくなるような悲しい気持ちを堪えて、今一度、父に反論しようとして……その前に。
「……シモン?」
「大丈夫。覚悟というなら俺にだって覚悟はあるさ」
シモンが、ライムをそっと優しく抱きしめました。そして昨夜の魔王からの助言と、彼自身の考えと、それらを合わせて出した覚悟について告げたのです。
「安心しろ。俺は絶対にライムを悲しませたりしないよ」
◆たぶん次回で十・五章が終わると思います。その後は迷宮レストランの更新と、その更に後で迷宮アカデミアの十一章という流れで。




