賛成と反対なのだ
それでは気を取り直して、Take2。
「どうか、娘さんとの結婚をお許し下さい!」
そこはかとなく気まずい雰囲気が漂う中で、それでもシモンはどうにか何事もなかったかのような体を装って言うべきことを言いました。ライムの両親も、まあ何を言われるのか事前に分かってしまってはいたのですが、こちらも律儀に驚いたフリをしてくれています。
さて、その具体的な反応はといいますと。
「私はもちろん大賛成よ! こんな素敵な息子ができるなんて嬉しいわ。ママって呼んでくれてもいいのよ?」
「……む」
「ライムってば、こんな良い男を捕まえるなんて大人しい顔してやるじゃない。ねえねえ、どっちが先に告白したの? 今夜は皆で恋バナしましょ、恋バナ!」
「……いや」
「結婚式はいつにするの? もしかして、お城でやったりするのかしら? せっかくだし、お呼ばれするなら色々見て回りたいわよね。旅行なんていつぶりかしら?」
「……その」
「あの、ライムの母上殿。先程から父上殿が何か言いたそうにしているのですが……」
と、この辺りでシモンが見かねて助け舟を出しました。
ライムの母が好意的なのは喜ばしいことですが、あまりに勢いよく喋り続けるものだからライムの父が話に割り込めず、見るからに困っています。
「……感謝」
「いえ、それほどのことは」
「だが、ない」
発言の機会を与えられたことでシモンに礼は伝えたものの、ライムの父の反応は結婚に対して否定的なものでした。ちなみに、この場合の「ない」とは、エルフ式コミュニケーションにおいては「キミに父上と呼ばれる筋合いはない」という意味合いです。
「えー、そんな意地悪言ったら可哀想よ?」
「……いや」
「あの、母上殿。父上殿は別に意地悪で言っているわけではないかと」
「むぅ。嫌い」
「……な!?」
「こらこら、ライム。許してくれなければ嫌いになるとか、そういうのは脅してるみたいで良くないと思うぞ。ほら、父上殿が結構ガチめにショックを受けているだろう」
各々の性格に由来するものか、それとも家庭内の男女比によるものか、恐らくは両方でしょうか。この家では父親の発言権があまり強くないのかもしれません。
シモンとしては、このままライムの父が押し切られる様を見過ごしたほうが話が早く済みそうではあるのですが、そうなったらなったで後々に遺恨を残しかねません。
「父上ど……あ、いや、ご主人も、何かしらの考えがあって反対されているのでしょう? まずは、そのあたりを皆で聞いてからでも遅くはないかと」
元々、シモンも反対される可能性は考えていました。
いくつか想定していた状況のうち、両親の片方だけでも味方に付けられた現状は、最上ではないまでも上々と言って良い滑り出しでしょう。
ならば、今はまだ焦って強引に事を進める段階ではありません。冷静に反対意見に耳を傾ける度量を示すことで、印象を良くする効果も期待できます。
「早い」
そうして反対する理由を尋ねられたライムの父。
まず第一の理由は、結婚するには早すぎるというものでした。
若い時期が非常に長い種族ゆえに、人間と同じような結婚適齢期で括られるケースは少ないのですが、それでもエルフの初婚年齢が百歳を下回るのは相当に珍しいことです。
ましてや現在ライムはまだ二十歳。この世界のヒト種であれば二十歳前後での結婚に不思議はありませんが、エルフ的感覚からすれば不安があるのもおかしくはありません。
「なるほど、ご不安ごもっともです」
そして実のところ当事者であるシモンとライムも結婚が早過ぎるという点に関しては、ある意味で同意見でした。というのも、少しばかり生々しい話になってしまうのですけれど。
「ん。成長期」
エルフの成長期はヒト種よりも緩やかです。
完全に身体が出来上がって肉体的成長が止まるのは、人によって個人差はありますが大体二十代半ばから三十歳くらい。エルフ基準でも同年代の平均よりだいぶ小柄なライムですが、一応はまだ成長の見込みもあるのです。
もし結婚ということになれば、遅かれ早かれ子供をどうするかという話も出てくるはず。その際に身体がまだ出来上がっていないのでは、母子共に余計なリスクを負うことになります。
ライムの場合は鍛え抜かれた肉体と精神の強度でカバーできそうな気がしなくもないですが、それでもやはり避けられる危険は避けるべきでしょう。
一旦婚約はしましたが、結婚については焦らず心身の準備が整う時期を待つ、と。その点についてはシモンとライムの意見も一致していました。このことは王城に滞在している間にシモン側の親族にも説明してあります。
「なるほど、二人共しっかり考えてるのね! ねえ、貴方もこれで納得したでしょ? 五年や十年くらいあっという間だし、今から初孫に会えるのが楽しみだわ」
「……む。まだ」
ライムの父が考えていた不安とは少しズレる形ですが、それでも二人なりにしっかり考えていることは伝わったようです。が、反対の理由は一つだけではありません。
「……表に出ろ」
ライムの父がシモンに向けて言いました。
一応は以前から面識があったとはいえ、彼らはお互いを深く知っているわけではありません。よく知りもしない男に大事な娘を託すことに抵抗があるのも当然。
家族を守れるだけの覚悟と資質があるかどうか。口先だけの柔弱な男でないと腕っぷしで証明して見せろと言っているのです。
「え、いや、それは」
シモンは困ってしまいました。
戦って勝つこと自体は、まあ問題なくできるでしょう。
ライムの父は普段から農作業や狩りをしているだけあって、一見細身ながらもなかなか鍛えられた身体をしています。
が、あくまで鍛えている素人レベル。
エルフという種族柄、魔力の扱いに長けている可能性はありますが、感じられる魔力量からしてシモンの脅威となる域には達していないと思われます。立ち居振る舞いの端々に表れる隙からしても、わざと力を抑えて弱く見せかけているというわけでもなさそうです。
しかし、婚約者の父親を一方的に叩きのめしてしまって良いものか。
かといって、手抜きをしてわざと接戦を演じるのも失礼に思えます。
というか、父親はともかく武の道に真摯なライムの機嫌を損ねそうな気がします。相手が本気で向かってきた以上、本気で叩き潰すのが礼儀だとか考えていそうです。下手な手抜きをすれば、対戦相手をライムに変えての第二ラウンドが始まりかねません。
「来い」
「え、ええ……」
シモンの態度を自信のなさから来る弱腰と勘違いしてしまったのか。
ライムの父はシモンの腕を引っ張って家の外まで連れ出しました。
こうなった以上、なるべく怪我をさせないよう速攻で勝負を決めるしかない。
シモンもいよいよ覚悟を決めて向かい合おうとしたのですが、その直前。
「なんだ、見ねえ兄ちゃんだな?」
「おっ、ケンカか! よし、どっちが勝つか賭けるべか?」
「乗った」
「あんれまぁ、ライムちゃんでねえか? あっちの顔の良い兄ちゃんは、えっ、婚約者?」
「そこ、詳しく」
果たして、このことが良い方向に転がるのか否か。
暇を持て余したエルフ達がぞろぞろと集まってきたのです。




