『お嬢さんを下さい!』って言いに来るやつ
いきなり想定外の状況で驚いたシモンとライム。
しかし、そのお陰でかえって余計な緊張が抜けたようです。
「ふう、失礼をしました。あ、これ土産に買ってきたケーキなので早めにどうぞ。ライムにお二人の好みを聞いて選んだので、恐らくお口に合うとは思うのですが」
「あらあら、嬉しいわ。それじゃあ、いつもよりちょっと早いけど皆でお茶にしましょうか? ご近所さんから頂いた香草茶があるの」
残る二人がほとんど喋らないので、必然的にシモンとライムの母だけで会話が進んでいますが、特別に雰囲気が悪いということもありません。
元々、エルフは極端に面倒臭がりだったり恥ずかしがり屋だったりして、無口な性格の者が多いのです。オマケに寿命がやたらと長いものだから、付き合いの長い相手とは言葉を交わさずとも仕草や視線だけでそれなりに意思疎通ができてしまいます。それがまた言葉数を減らす原因になってしまう循環構造になっているのでしょう。
まあ不慣れな相手には誤解を招きそうな性質ですが、別に口数が少ないからといって不機嫌になっているとか、すごく気難しい性格だとかいうことは、基本的に、ありません。
「やる」
「ん」
ちなみに今のやり取りは、ライムの父が「身重の妻や客人にお茶の支度をさせるのは悪いのでお茶の準備は自分がやる」という意味。そしてライムが「それなら私も手伝う」という意味の返事をしたところです。
普通の人間には難解すぎて頭を捻りそうな場面ですが、幸い、シモンはライム相手に磨いた勘で大体の意図を読み解けます。伊達に十年以上も幼馴染をやっていません。
そうしてお茶とお菓子の支度をして四人はテーブルを囲みました。とりあえず、本題を切り出す前の雰囲気作りまでは成功と言って差し支えなさそうです。
「へえ、タイムってば今はシモンくんのお屋敷に住んでるの? 絵のお仕事も順調なのね、元気そうで良かったわ」
「む」
まずは当たり障りのない話題から。
もう独り立ちして長いとはいえ、やはり長女の近況は両親も気になっていたのでしょう。基本的には一か所に長く留まらず住所不定の生活をしているタイムも、ここ半年ほどは学都のシモンの屋敷で三食昼寝付きの優雅な暮らしをしています。
正直シモンとしては特に世話をしている感覚はなかったのですが、結果的には不安定な生活をしていた娘の面倒を見る形になったわけで、これは両親から見ればかなりの好印象。なかなか幸先の良い滑り出しではないでしょうか。
「そうそう、他にもこんな話があるのですが――――」
他にも学都の友人達の話や、(話せる範囲内ではありますが)いくつかの不可思議な事件の話。ここ十年ほどは気軽に迷宮都市と行き来できるようになった影響もあり、エルフの村にも森の外の状況が伝わりやすくはなっていますが、それでもやはり物珍しい話には興味がそそられる様子。
ここまではシモンも確かな手応えを感じていました。
幸いと言うべきか、数々の厄介事に巻き込まれてきた甲斐あって話のネタには事欠きません。あとは、どのタイミングで本題を切り出すかが問題ですが。
「ねえねえ、シモンくん。ちょっと気になったんだけど、さっきから緊張してる? そういえば喋り方も前に会った時より硬い気がするかも?」
「は……そ、そうですか?」
「うちは普通の家だし、もっと気楽にしてくれていいのよ?」
流石はライムの母。かなり鋭い勘をしています。ここで慎重になりすぎれば、シモンが言い出す前に真意を言い当てられかねません。
「あの、実は! 本日はお二人に申し上げたいことがあって参りました!」
ここに至ってシモンもようやく腹を括りました。
昨夜、魔王に聞いたアドバイスも彼の覚悟を後押ししています。その時に聞いた話を今一度思い出し、言葉の続きを口に出そうとしたのです……が。
「あらあら、急にそんな改まっちゃって何かしら? あっ、これって、ほら、お話とかで男の人が『お嬢さんを下さい!』って言いに来るやつみたいね、なーんて……あら?」
もちろんライムの母に悪気はなかったのですけれど。勘の鋭さとお喋り好きな性格が、シモンが言葉を発するよりも先に、ピタリと大正解を言い当ててしまいました。
「……いや、あの、それです。そのやつです」
「あ、あら、ホントに? えっと、あの、なんだかごめんなさいね?」
「い、いえ、お気になさらず……」
まさか、まさかのネタ潰し。賛成や反対の意を表するよりも以前の段階で、なんとも気まずい雰囲気が場に満ちることになってしまいました。




