怖いけど頑張る
正直なところ、昔からルカは自分の力が好きではありませんでした。
軽々と岩を砕き、鉄をも曲げる怪力。
いつの頃からか自然と発揮できるようになっていたそれは、幼い子供にとってはあまりにも危険な才能です。
実際、どうにか力加減を覚えるまでには何回もの事故が起きてしまいました。物を壊す程度ならばまだマシですが、家族や折角できた友達に怪我をさせてしまったことも何回か。
幸い大事には至りませんでしたが、それはあくまでも運が良かっただけの話です。一歩間違えたら、親しい誰かを殺めてしまっていたかもしれません。
その頃の記憶が、今の彼女の臆病な性格に影響しているのは間違いありません。
他者を傷付けてしまうことへの恐れ。
その特異性によって疎外されてしまうことへの脅え。
傷付けるのも傷付けられるのも怖いからこそ、絶対的に信頼できる家族や一家の構成員以外には、最初から関わろうとしない。
もし父親が急逝せず、生活の基盤を失うことがなければ、そのまま必要最低限の人間関係の中で静かに一生を送っていたかもしれません。
ですが、幸か不幸かそうはなりませんでした。
ここ三ヶ月ほどに起きた列車強盗の一件からの諸々。
なりゆきとはいえ、学都での住処や冒険者としての身分と仕事を手に入れ、随分と久しぶりに同年代の友人まで出来たのです。
「ねえ、ルカ。最近、ちょっと楽しそうね?」
とは、数日前に姉であるリンから出た言葉。
「そ、そう……かな? ……うん、そうかも」
「ええ、いいことね」
そして、ルカもその問いを否定しませんでした。
父親を亡くしてから故郷を離れるまではずっと陰鬱に泣き暮らしていたのですが、最近は思い出して泣くこともありません。
単にこの短期間に何度も命の危険に晒されて、それどころではなかったという要素もあるにせよ、生活が充実したことにより気持ちが上向いているのは確かでしょう。
ルカは基本的には他人と距離を置きたがりますが、一度気を許した相手には深く信を置く傾向にあります。依存気質と言い換えてもいいかもしれません。
今でもルカは自身の力を恐れ、嫌っています。
現在の人格の根底にまず“恐れ”がある以上、今後も力の行使が全く平気になるようなことはないのでしょう。
でも、その怖さを我慢することは不可能ではありません。
これまでにも、家族の為であれば、列車の車両を破壊するような大それたことだって出来たのです。……まあ、それに関してはあまり褒められたことではありませんが。
現在の仲間であるレンリやルグに対しては、諸事情からくる警戒や後ろめたさもあってか、まだ依存の域にまでは達していません。
とはいえ、それでも二人とは随分と信頼を深めてきました。
少なくとも、彼らの為に怖さに耐えて、なんだかよく分からない植物のバケモノと戦える程度には。
◆◆◆
投石による一撃がウルの草の身体に穴を穿ち、一瞬の後に爆散しました。
投石杖を用いてルカが全力で石を放った場合、その最大飛距離は推定1km以上。狙いをコントロールした場合の有効射程となると、一気に半分以下になりますが、今回は相手に近付いた状態での接近戦。
至近距離からであれば、狙いを付けない全力でも当てるのは容易でした。
「やったか!?」
観戦中のレンリがテンションを上げながらフラグを立てていますが、確かにそう思うのも無理はありません。
既にウルの身体は狼の形を保っておらず、胴の大半と頭部を完全に欠損していました。投げ放った石が体表部への衝突の衝撃で砕け、散弾と化して広範囲にダメージを与えたのです。
「援護ありがとな、ルカ」
「う、うん……どう、いたしまして」
ルグはウルの胴体ごと吹き飛ばされた試作聖剣、援護射撃によって見るも無残になったそれを地面から拾い上げ、早速修復を開始。
本当に直るのかどうか不安な状態でしたが、魔力を注ぎ始めたら無事に機能を発揮しました。再び剣として使えるようになるまで、早くとも五分以上はかかりそうですが。
「ま、この調子じゃ問題ないんじゃない?」
「や、やりすぎ……ちゃった?」
普通に考えたら、もう武器が必要になるとは思えません。
最初のルグの投剣からまだ三十秒ほどしか経過していませんが、ウルの状態を見る限りでは、もう決着が付いたかのようにしか考えられないでしょう。
『……ふむ、見事』
「「「!?」」」
まあ、それほど甘い相手ではなかったようですが。
突然、どこからともなく聞こえてきたウルの声に、三人の警戒心は一気に引き上げられました。
『案ずるな。我は不意打ちなどせぬ』
その声が響くと同時に迷宮の構成物、木の葉や草や蔓、更には地面の土や石ころ、空気中の気体や水分までもが意思を持ったかのように蠢動し、先程までのウルの残骸に取り込まれ……、
『うむ、新しい身体はなかなか調子がよいな。では、続きだ。参るがいい』
「お、女の子……?」
外見年齢十歳かそこらの女の子になっていたのです。
最初のダンジョンのボスに「真の姿」などない。
そう思っていた時期が私にもありました。