雑に強くなる主婦達
さて、食前の運動の続きです。
ですが、今度はちゃんとルールを決めてやり直すことにしました。
「では、今度は武器含めてこの線の範囲内でということで。あと一応、範囲が広い派手めの攻撃魔法も禁止にしておきましょうか」
アリスが指先からレーザー光線を放って氷に引いた線は、一辺がおおよそ30mほどの四角形。格闘競技のリングなどと比べたらかなり広めですが、四人で動き回ることを考えれば広すぎるということもなさそうです。武器が範囲外に出ても反則負け(空中含む)なので、今度はリサもしっかり加減してくれることでしょう。
「うむ、俺はそれで構わぬ」
「ん。自然は大切に」
シモンとライムにも異存はありません。というか、先程のような大規模攻撃をほいほい連発されてしまっては、自然環境への影響が気になって運動どころではありません。
既に先程までの騒ぎの影響を受けて、周辺の氷上にいた魔物達は一目散に逃げ出してしまっています。いくら相手が魔物とはいえ、人を襲ってもいないのに住処を荒らすのは気が引けるというものです。
「ところで、続きはもう始まっているということでいいのか?」
「ええ、いつでもどう――――」
いつでもどうぞ、とアリスが言い終えるより前に。
既にライムは氷を蹴って加速していました。
「先手必勝」
狙いはアリスではなく、まだ武器を具現していないリサ。瞬く間に拳が届く間合いにまで距離を詰め、しかも、そのまま殴ると見せかけてからリサの背後に瞬間移動。背中側から脇腹狙いの右フックを繰り出しました。
ライムの必殺技、先手必勝パンチ!
……などという技名があるわけではありませんが。要するに相手の気構えがまだ整わないうちに、不意打ち気味に一発入れてしまおうという荒業です。
「わ! びっくりした!」
が、そこは流石に元勇者。
前方からの急接近に対応しかけたところから、驚異的な反射神経で背後からの攻撃を感知して即座に切り替え。拳の動きに逆らわず身体を回転させることで、右フックの威力を完全に受け流しきっていました。
しかし、ライムからしてみればこの程度は想定のうち。
遥か格上の相手に立ち向かっている以上、攻撃の不発にいちいち怯んでなどいられません。間を置かずに拳や蹴りを繰り出して有効打を狙います。
先程、空中移動に用いた魔力放射を打撃技に応用しているのでしょう。肩や背中、肘や膝裏などから瞬間的に魔力を噴射することで、打撃の速度と威力はシモンとの決闘時よりも大幅に向上していました。
その攻撃速度は音速を二倍三倍と超え、更に増し続けています。
が、今回は自身の周囲を真空の膜で覆うような無謀な手は使っていません。
アレは、まあリスク過多の欠陥技の類です。
ライムもそれは十分思い知りましたし、そもそも今更そんな手を使わずとも、他の方法で戦闘速度を向上させる方法はシモンとの決闘時に編み出し済み。
「わぁ、ライムちゃん、すごく速くなったね。それって、どうやってるの?」
「ふふ。秘密」
今のライムは音速超過によって発生する空気抵抗を避けてはいません。
それどころかマトモに喰らっています。少なくともライム本人の認識としては、特に何かしているつもりはありませんし、普通に呼吸もできています。常識的に考えれば抵抗力の衝撃だけで即座に戦闘不能のダメージを負いそうなものですが、それこそがこの技のキモ。
端的に言って、今のライムはダメージというものを受けません。
鋼鉄の壁に突っ込んだも同然の衝撃を受けるはずの超音速移動にしても、他の誰かからの攻撃にしても、何故だかするりとすり抜けてしまうような感触があるばかり。加えて本来受けるはずのダメージを、自身の魔力やスタミナへと変換されて力がどんどん湧いてくるような感覚さえありました。
正直、彼女自身もどういった理屈でこういう現象が発生しているのかキチンと仕組みを理解してはいないのですが、野生的な勘により脅威の新技をなんとなく使いこなしていました。流石に変換可能なダメージ量に上限はあるので完全な無敵とまではいきませんが、空気や重力の影響を一切無視して際限なく加速できるだけでも相当の戦力アップには違いないでしょう。
「あ、痛」
「加減はしたんですけど、大丈夫ですか?」
「平気。あぅ」
もっとも、その速度にもリサは平然と対応していました。
シモンと同じく形のない概念や現象を斬る技の使い手だけあって、というか、その元祖だけあってかライムに技を当てることも問題なくできるようです。
ハリセン状に変形させた聖剣でライムをパシンパシンと滅多打ちにしているのですが、それでもライムはめげません。前後左右と頭上から空間転移も交えた超高速の連撃を放ち続け、その度に聖ハリセンで何十何百と激しいツッコミを受け続けていました。
「おお、俺も負けてはいられぬな」
一方、シモンはというと。
手刀や足刀をアリスに向けて次々と繰り出していました。
当然、正面から馬鹿正直に打ったのでは簡単に避けられてしまいますが、彼の奥義の恐ろしいところは、たとえ見た目上は空振りであっても有効になり得る性質です。
「あら?」
アリスの「認識」を斬ることで姿を見失わせました。
彼女の認識能力そのものが強すぎるせいか何度も斬り付ける必要はありましたが、強制的に隙を生み出すことに成功。「認識」が回復するまで何秒あるかは分かりませんが、この好機を活かすべくシモンはアリスの背後に素早く回り込もうとして……。
「ぬおっ!?」
「あら、手応えあり? そこにいましたか」
後ろに回り込む途中で横合いから強烈な衝撃を受けました。
シモンが目を凝らすと、アリスの周囲に半透明の球体がいくつも浮かんでいるのが見えました。球の大きさは小さい物はビリヤード球くらいから、大きい物でボーリングの球くらい。数は少なくとも十個以上はあるでしょうか。
どうやら、これらが移動中のシモンにぶつかってきたようです。
極めて透明性が高く、また魔法であるはずなのに魔力もほとんど感じられません。今のシモンの感知能力でも実際に触れてみるまで存在を認識できませんでした。
「多分その辺りにいると思うので解説しておきますと、今のは私の意思とは無関係に動く自動迎撃術式ですね。便利ですよ」
アリス本人の「認識」に左右されないオートカウンター。
シモンの技の性質からすれば天敵のようなものでしょう。
魔法で生み出された球体それぞれからシモンに向く「認識」を斬れば、何個か無力化することはできるかもしれませんが、
「それと、コレ勝手に数が増えるので」
どうやら、そのあたりも対策済みのようです。シモンが頑張れば二、三個くらいは無力化できるかもしれませんが、その間に同数以上が増えたのでは意味がありません。
「魔法の設定を弄れば相手の攻撃に合わせて自動で私が安全圏まで転移できるようにしたり、逆に攻撃相手をどこか遠くまで飛ばしたりもできますよ。それから魔法使いの人が使う杖みたいに魔法の威力を増幅したりとかも。一個当たり百倍くらいの強化倍率だから、二個通すと普通に撃った威力の一万倍、三個なら百万倍……みたいな感じですね。ああ、あと撃った後の魔法を軌道修正したり、他人の能力を写し取って相手の魔法や技を私が使えるようにしたり耐性を獲得したり、精神に干渉して幻を見せたり……他にも色々できますけど、今パッと思いつくのだとこれくらいですかね」
「いや、すごいとは思うのだが……それは流石に盛り過ぎではないか?」
アリスの球体魔法の説明に、シモンは驚きを通り越して呆れ気味。たしかに強力な能力ではあるにせよ、何でまたこんな魔法を編み出そうと思ったのでしょうか?
「後付けで色々術式を弄っていたら、いつの間にかこんな感じになっちゃってまして。地球のアニメや漫画を見て使えそうな技を片っ端からパク……アイデアをお借りして組み込んだりとか。魔法でアニメの技再現とかすると子供達にウケが良いんですよ」
「う、うむ。そうか……」
そんな理由でこれほど強力な能力を編み出されたのでは堪ったものではありません。シモンとて最初から勝ち目があるとは思っていませんでしたが、幾らか腕を上げたという自信も萎んでしまいました。
「あっ、だ、大丈夫ですよ。今はこの球が邪魔しないように魔法の効果をオフにしておきましたから! さあ、気を取り直して正々堂々殴ったり蹴ったりしましょう! どうぞ!」
「う、うむ、気を遣ってくれてありがとう……」
しかし、そんな彼に気を遣ってくれたのでしょう。
アリスは長々と説明したばかりの魔法を使わず戦うことにしたようです。ここまで気を遣われること自体にシモンとしても思うところがないわけではないのですが、これならばちょっとは戦いらしい戦いになるかもしれません。
「では気を取り直して行くぞ! うおおっ!」
そうしてシモンは気を取り直してアリスに殴りかかるのでした。
直後、綺麗なカウンターをアゴに喰らって即ダウンしましたが。
◆昔はシリアス路線もやってた前作ヒロイン達ですが、もう完全にギャグ側の人になってますね。いったい誰のせいでこんなことに……?




