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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十・五章『シモンとライム』

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健康のための軽い運動


 学都や迷宮都市がある大陸から遥か北。

 文字通り、この世界の北の果てには一面を真っ白い氷で覆われた海域が広がっています。地球における北極と同じような氷の平原……ではあるのですが、その環境の過酷さは地球のそれを大きく上回ることでしょう。


 というのも自然界の魔力溜まりから魔物が自然発生する上、それらは概ね極寒の環境に適応可能な能力や強靭な生命力を有したモノばかり。小山ほどもある氷の巨大ゴーレムだとか、氷点下の冷気そのものが意思を持ったガス状生命体だとか、それらの魔物を好んで捕食する全身毛皮に覆われたドラゴンだとか。そういった強大な魔物達が、いつ終わるとも知れない殺し合いに明け暮れているのがこの世界の北極なのです。


 単純な気候条件だけを見ても、ちょっと強めに吹雪けば軽くマイナス100℃を大きく下回る極寒地獄。この北の果てが、公式には未だ前人未踏の領域とされているのも無理はありません。


 ……そう、あくまで公式には。

 非公式にはその限りではありません。

 たとえば今も、軽い食前の運動をするために人気のない場所を求めてきた連中が、氷上を元気に走り回っていました。





 ◆◆◆





「じゃあ、私から行きますね」


 上空にふわりと舞い上がったアリスが手を掲げると、氷の世界の空に大きめの火の玉が現れました。具体的にどのくらい大きめかというと、まあ大体直径1000mくらいはあるでしょうか。

 熱量の伴わない見掛け倒しであれば良かったのですが、まだ魔法が放たれてもいないのに恐ろしい勢いで溶けてボコボコ沸騰し始めた氷を見るに、少なく見積もっても四ケタ℃はありそうです。で、そんなシロモノをアリスは眼下のシモン達に向けてポイっと投げ落してきました。



 シモンとライムは当然のように全速力で離脱、しません。

 むしろ、自ら進んで迫り来る火球へと突っ込んでいきました。

 この状況においては正しい選択と言えるでしょう。



「うおおっ!? 危な……!」


「あら?」



 突如、大火球が消滅しました。

 上空に向けて跳んだシモンが大火球の中に手刀を突き入れ、アリスが放った魔法を構成する魔力を断ち切ってみせたのです。以前にもライムの魔法を同じように消してみたことがありましたが、今回の魔法は威力もサイズも桁違い。

 火の玉に接近するまでに熱波で炙られる形になって多少のダメージを負いましたが、それでも可能な限りの「熱」をガードし、なんとか対処に成功しました。肌に負った火傷に関しても「ダメージ」を斬ることで既に治癒を始めています。



「隙あり」



 そしてシモンが魔法をかき消したチャンスを活かすべく、彼より少し遅れて跳んだライムが上空のアリスへと迫ります。それも単なる跳躍に留まらず、背中や足裏から魔法の形を取る前の純粋魔力をエネルギーとして放射。シモンとの決闘時に、手足が折れてもなお突撃を敢行して会得した魔力放射による高速移動術です。

 炎や風の魔法でも同じような空中移動はできますが、いちいち魔力を編んで魔法を構成する手間が無い分、機動力は更に向上。何百メートルもの距離を瞬く間に詰めて、肉弾戦の間合いにまで近寄りました。



「あら、器用なことをしますね」



 アリスがその気になれば、この速度にも対応して途中でライムを魔法で狙うこともできたのでしょうが、弟子の成長を認めて接近戦に付き合う気になった様子。両の拳を握って真っ向から迎え撃つ……つもりだったのですが。



「皆、わたしを忘れちゃ寂しいですよ。えいっ」



 空中にいるアリスとライムの間に割り込んできたリサが、聖剣一閃。

 どうやら牽制のつもりで誰にも当てる気はなかったようなのですが……。



 ず、ず、ず。

 と、何か巨大なモノが動く轟音が見渡す限りの範囲に響き渡りました。

 この時、位置的に一番下にいたシモンは身体に伝わってくる強烈な振動を感じ、そして振動から数秒遅れて目の前の氷上に伸びる線を見て何が起きたのかを理解し、そして顎が外れるほど驚きました。



「北極を一刀両断だと……? え、これ本当に大丈夫なやつなのか?」



 リサが放った斬撃は、なんと北極そのものを真っ二つに切り裂いていたのです。

 適当なイメージで無闇に長く伸ばした聖剣は、まあざっと1000㎞くらいの刃渡りはあったのではないでしょうか。それが北極の分厚い氷や、その下の海水、海底の地面までをも深く切り裂いていました。


 その上、どういう物理現象が働いているのやら。

 シモンの見る限りまだほんの数mm程度ではありますが、氷上に真っ直ぐ引かれた斬撃痕を境にして、だんだんと北極が左右に離れ始めたではありませんか。

 目の錯覚を疑うような光景ですが、やがてミリメートル単位の隙間がセンチメートルに、そしてメートル単位で左右の北極が離れてくると最早目の前の現実を受け入れるしかありません。切れ目の下を覗き込むと北極が浮かんでいる海面が見えました。


 上空から落下してくるリサも「あ、やば……」という声が聞こえてきそうな感じの顔をしています。久しぶりの運動で手加減が思ったようにいかなかったのかもしれません。

 このまま二つに割れた北極が離れ離れになるのを放っておいたら、一体どんな影響が出るか分かったものではありませ……が、ご安心をば。リサは社会人としての責任というものを心得ている立派な大人なのです。



「せーのっ!」



 リサは聖剣を超巨大な針と糸に変形させると、それに強烈な回転を加えて投じることで真っ二つになった北極を縫い留めたのです。

 螺旋軌道で飛んでいった針は、ボコボコと氷を抉り穿ちながら地平線の彼方まで縫合していきます。シモンやライムがポカンと呆れて見ている前で、両断されて離れ離れになりつつあった北極は再び結合。最後にリサが糸の端をグイっと引くと、北極は再び元の一つになりました。氷に異様な縫い目がある以外は概ね元通りの状態です。何日かこのままにしておけば切断箇所が凍り付いて再びくっ付いてくれることでしょう。



「セ、セーフっ! ……だよね?」


「いや、これはアウトだろう?」


「アウト」


「えぇ!? 二人ともちょっと判定厳しくないです?」



 残念ながらシモンとライムからはアウト判定を喰らってしまいましたが、とりあえず天変地異の危険は乗り越えました。



「やれやれ、自然は大切にしないといけませんよ、リサ」


「えー? アリスだって前に地球のほうの南極にあった大きい山に魔法誤射して木っ端微塵にしてなかった? そういえばあの時何だか黒っぽい水が噴き出してたけど、もしかしてあそこ石油でもあったのかな?」


「も、もうっ! この子達の前でそんなこと言ったら師匠の威厳というものがなくなるでしょう? リサだって前に月を真っ二つにしかけて慌ててたのに、今回もまた同じようなことをして」


「で、でもほらっ、あの時はたまたま剣先が巨大隕石に当たって地球への墜落ルートから軌道を逸らせたから結果オーライというか、それにその経験のおかげで今回すぐ縫えたんだし……ねえ、この話題やめたほうが良くない? お互い、他にも色々出てきそうだし……」


「そ、そうですね……二人とも、今のは全部冗談ですから真に受けてはいけませんよ?」



 と、冗談ということにして師匠二人は強引に話題を打ち切りました。

 シモンやライムの立場からすれば非常に真相が気になるところではありますが、彼女達が語らないのであれば真相を確かめる手段などありません。人に話しても頭がおかしくなったと思われるのがオチでしょう。



◆『南極の大きな山』は分かる人には分かるネタだと思います。アリスは山の正体どころか謎があったことにも気付かず破壊してしまいましたが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さりげなく地球の謎を破壊する師匠 [気になる点] どうせなら火星や月でやった方が( ̄▽ ̄;) あ、月は月針が脆くて簡単に砕けそう ムーンクライシスでそう書いてありました [一言] …
[一言] 人理修復出来なくなっちゃう あ、今凍りづけだから問題ないか
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