シモンとライムとコンプライアンスに配慮する迷宮
ともあれ、シモン達は目的地である魔王の店まで辿り着きました。
つい数日前まで実家に滞在していたシモンからすれば奇妙にも思える表現ですが、まるで懐かしい我が家に帰ってきたかのような感覚です。
『いらっしゃいませなの! あ、シモンさん達なの!』
「おお、そういえばウル達は迷宮都市にもいるのだったな」
「おひさ」
そんな彼らをウェイトレス風の格好をしたウルが元気良く迎えました。
慌ただしく学都を離れてから既に半月以上。
時間的にはそれほどの長期間というほどでもないはずですが、これまで密度の濃い日々を送っていたせいでしょうか。シモンもライムも、とても懐かしい気分になりました。
『お席にご案内するの? それともアリス様たちを呼んできたほうがいいかしら?』
「ははは、随分と堂に入った働きぶりではないか。その格好も似合っているぞ」
『ふっふっふ、それほどでもあるの!』
「では折角だ。何か軽い物でもつまみながら待たせてもらうとするか」
婚約報告という大事な用件はありますが、まあ、何を置いても大至急伝えなければならないほど急いでいるわけでもありません。
時間はちょうど昼と夕方の中間くらい。
お茶にするには良い頃合いでしょう。
どうせ伝えるなら魔王一家の皆が揃っている時が良いだろうと、一旦息を入れることにしました。
「では、シモンさま、ライムさま。名残惜しいですが私はこれで失礼します。これでも忙しい身なものでして」
「ああ、気にせずとも良いぞ。出来ればそのままずっと忙しくしていてくれ」
ここでコスモスも一旦離脱。どうやら現在は、本来の仕事をサボって抜けてきていた状態だったようです。シモンは、これでもう心配事の九割九分九厘は片付いたとばかりに、ニッコニコの笑顔で送り出しました。
「まあ、日暮れ頃には普通に定時上がりする予定ですが。あと二、三時間も皆様と会えないとは残念無念」
「そ、そうか……そうか……」
シモンが露骨に疲れた顔をしています。
コスモスはその顔を見届けると満足そうに去っていったのでした。
◆◆◆
「ところで、ウルよ。他の皆の姿が見えないが厨房にでもいるのか?」
現在、フロア内にシモン達やウル以外の人影はありません。
食事時のピークタイムから外れている時間帯に客が少ないのはいいとして、ウル以外の店員や住人が誰も見当たらないというのは珍しいことです。
「ううむ、分からん。ここの家の連中はどうも気配が探りにくくてな」
「私も」
今のシモン達であれば尋ねるまでもなく気配で誰がどこにいるのか程度は大抵分かるのですが、無駄に戦闘力のインフレが激しいこの家では感知も上手くいきません。お客さんや近所の住民をうっかり威圧してしまわないよう、普段から魔力等を抑えている影響でしょうか。
『魔王様なら厨房なの。あとヒナは日本で幼稚園のお迎えで――――』
「ん?」
と、ここでライムは些細な違和感を覚えました。
彼女自身、自分が何に対して引っ掛かりを感じたのか分からない程度のものですが。
ウルと同じくこの家に居候している迷宮であるヒナが家の手伝いをすること自体は、まあ、そういうこともあるでしょう。日本との行き来も、この家の住人にとっては完全に日常生活の一部です。
『あ、そうだ。ちょっと前からゴゴとユーシャが学都に里帰りしてるのよ』
「そうなのか? では、ちょうど俺達とすれ違いだったかな」
迷宮都市行きの列車に乗るために一度は学都に戻ったシモン達でしたが、残念ながら乗車時間の関係で友人知人への挨拶も出来ず、ほぼ素通りする形で学都を後にしていました。
なので、現在の学都の状況に関しては一切知りません。
向こうの状況をリアルタイムで把握しているウルが呑気に話しているということは、少なくとも街全体を巻き込む大事件が起きているようなことはないはずですが。
「それで、アリスとリサはどうしたのだ?」
『えっとね、実は……あれ? これって我が言っちゃっていいのかしら?』
「ん?」
「はて、二人がどうかしたのか?」
残る二人。アリスとリサの居場所を説明する段になって、ウルが露骨に動揺し始めました。ここまでのウルの態度からして、彼女達二人の身に何か危険が及んでいるということはないでしょう。そのレベルの危機は、イコール世界そのものの危機であるはず。流石にその可能性はなさそうです。
『我は、えっと、たしか……プラ? プラ……ライ? プラ……テンプラライス! テンプラライスに配慮できる迷宮だから黙秘権を主張するの!』
「天ぷらライス。おいしそう」
「多分、コンプライアンスのことだろうなぁ」
ならば、ウルが動揺している理由は何なのか?
それを問い質そうと……する前に。
「ただいま、ウルちゃん……って、あれ?」
「お留守番ご苦労さまです……って、あら?」
ちょうど店の扉を開けてリサとアリスが帰ってきました。
そして当然ながら、すぐシモン達がいることに気付きます。
「突然訪ねてきてすまん。実は、皆に報告したいことがあってな」
「うん。実は」
と、そんな流れで話題が逸れて、シモンとライムもウルが隠していたことに関しては、一旦綺麗に忘れてしまったのでした。




