コスモスとの向き合い方について
迷宮都市に向かう列車内でのことです。
「うわーっ! 嫌だ、行きたくないーっ!」
「シモン。うるさい」
ここ二日ほど、もう既に何度目かになるやり取りが繰り返されていました。
まあ、ある種の特殊な発作のようなものでしょう。シモンが突然頭を抱えて駄々を捏ね始め、その度にライムが首のあたりを、キュッ、とやって強制的に鎮めています。一等客車の個室、かつ二人きりの状況でなければ騒ぎになっていたかもしれません。
今回の迷宮都市行き、シモン達は国王直々の命令を受けての正式な使者ということになっています。にも関わらず、随行員の一人もおらずシモンとライムだけの二人旅。
魔王宅を訪ねるにあたり、この世界に存在している事実そのものが最重要機密である勇者リサと顔を合わせる可能性を鑑み、通常の使節団のように人数を増やすわけにはいかなかったのです。
これではプライベートで友人の家に行くのと何ら変わりないように思えますが、仮にも正式な命令を受けた以上、途中での逃亡など許されるはずもありません。まあ王城と違って人目がないので気楽に過ごせる点だけが救いでしょうか。
「……っは、俺は何を?」
「また、アレ」
「あ、ああ、すまぬ。世話をかけるな……はぁ」
さて、意識を落とされたシモンが目を覚ましたようです。
よほどコスモスに会いたくなかったのでしょう。
いえ、念の為補足しておくならば別にシモンもコスモスが嫌いというわけではないのです。ちゃんと友人として認識しています。ただちょっと、ボケに対するツッコミ疲れで過労死する危険がリアルに感じられるのが玉に瑕なだけで。
特に今回は最初から絶好のイジられネタがある状態で会うことになるわけです。ライムと婚約した件だけならまだしも、実は密かに話が行っていたらしいコスモス自身に対する縁談を上手く断らねばなりません。
これが他の相手であれば多少話が拗れても相手の怒りや悲しみをやり過ごせば済みますが、あのコスモスが相手ではどういう反応が飛び出してくるか一切読めません。
あらゆる角度、あらゆるタイミングから、絶えず過労死の危機が迫ってくることでしょう。ツッコミ死。実現したら貴重な症例として医学史に名が残りそうです。
「シモンは気にしすぎ」
「う、うむ。そのあたり斬れれば良かったのだがな……」
ライムの言う通り、まだ会ってもいない段階から過度に気にしすぎている自覚は彼にもありました。それに一応、シモンも対処を考えないわけではなかったのです。
今のシモンであれば、奥義で自身の内にあるコスモスに対する『苦手意識』を斬ることで、平静を維持したまま数々のボケも笑って受け流せるようになるのでは、と。そう思って幾度となく試してみたのですが……斬れませんでした。とても信じ難いことではあるのですが。
技が発動して当たった手応えまではあっても、肝心の『苦手意識』があまりに強固すぎるのか、傷一つ付けられずに心の刃を跳ね返されてしまったのです。
あるいは使い手であるシモン自身の精神状態を受けて、技の威力が著しく減衰していたせいかもしれませんが、結果としては同じこと。食堂車で借りてきた果物ナイフを手にして斬るイメージを増幅してみても、まるで歯が立ちませんでした。少なくとも現在の練度では奥義でお手軽に解決する手は使えそうにありません。
「……そういえば、ライム」
「なに?」
「お前は全然動じていないな。というか、コスモスともいつも普通に話せてたな?」
「うん。ちょっと変わってるけど良い子」
「ちょっと、か……お前の『ちょっと』の幅すごいな……」
一方、哀れなほど動揺しているシモンに対してライムは堂々としたもの。個室ということもあり、先程からの会話中も片手逆立ち腕立てなどしています。そもそも、ライムは元よりコスモスを苦手としてはいませんが。
「その、これは駄目元で聞いてみるのだが……何かアイツと上手く付き合うためのコツとかに心当たりはないだろうか?」
「ない」
シモンの淡い希望は一言で打ち砕かれました、が。
「でも、不思議」
「不思議? はて、何がだ?」
「シモンが。小さい時はそんなに苦手じゃなかった」
まだ希望とは言えないまでもヒントは得られました。
ライムが言っているのは、シモンのコスモスに対する意識の変遷についてでしょう。たしかに彼自身、出会って間もない幼少期は特に苦手意識を持つことなくコスモスと接していた覚えがありました。
「ううむ、言われてみればその通りだが、まだ物事の分別がきちんと身に付く前のことだしな。今思うと当時の俺は何かにつけて世間知らずな振る舞いもしていたし、コスモスのことも単に極めて特殊な道化の一種とでも思っていたかもしれん……いや、その認識はそう間違ってもないか?」
同じ知り合い同士であっても、長い付き合いを経て互いに対する認識が変化することは、そう珍しいことではないでしょう。たとえ相手に一切の変化がなくとも、新しい知識や価値観の獲得により人物の捉え方が変わってしまうことは十分にあり得ます。
「……だが、そうか。それならば」
その捉え方を現在より更に進めることで、現時点における苦手意識を薄めることは可能かもしれません。価値観の獲得などは通常であれば長い時間をかけて自然に為されることであり、短時間かつ意図してどこまで出来るかは未知数ですが、全くの無策に比べれば心なし程度はマシでしょう。
「自己暗示のやり方など知らんが、試しに欠点が霞むほど良い点に注目してみるか。うむ、コスモスも根は悪いやつではないのだ。ただちょっと頭おかしいくらいユーモア溢れ過ぎる性格なだけで。能力的には正直俺から見ても羨ましいくらい様々な分野に秀でているし、見た目もまあ相当の美人だとは思うし、身体のスタイルも良……こらこら、ライム。他の女をちょっと褒めたからと言って人の頭蓋骨を絞め潰そうとするでない。痛いぞ」
「むぅ……」
途中、ライムが可愛らしい嫉妬心を表して水を差されたりもしましたが、幸いコスモスの美点を挙げるのに頭を悩ませる必要はありません。改めて考えてみると桁外れに優秀なポイントが次から次へと思い浮かび、それなのに何故肝心の性格だけがあの通りなのかと世の理不尽を感じ、それでもシモンは迷宮都市に到着するまでの時間を利用してコスモスの素晴らしさを自らに言い聞かせるようにしました。
もはや自分自身に対する洗脳と言っても過言ではありません。
彼自身、自分の行動を大いに疑問に感じてはいましたが、仮にコスモスの言動を前向きに捉えられるようになれば未来永劫ツッコミ死の恐怖からは解放されるはず。そして、その努力の甲斐あって……。
「うむ。考えてみれば俺はもう長いこと目が曇っていたような気がする。ここらで一度、先入観を取り払ってコスモスの奴と向き合ってみるべきかもしれんな」
「ん」
列車が迷宮都市に到着する直前には、ある程度の落ち着きを取り戻していました。元々、シモンは人並み以上に他者への敬意・誠意を持つ青年です。それはコスモスに対しても例外ではありません。今回の訪問を好機として過去の苦手意識は捨て、素の心で今一度彼女と向き合うようにしようかと――――。
「あ。駅」
「おお、もう到着する頃か。では俺達も荷物をまとめ……」
ライムの言葉に釣られて車窓の外を見てしまったのがシモンの失敗でした。
ついさっきまでは間違いなく何もなかったというのに。
ああ! 窓に! 窓に!
「おやおや、面白そうな匂いを追って来てみれば。そこにいるのはシモンさまとライムさまではありませんか。これは奇遇ですな。ウェーイ、シモンさま見てるー?」
走行中の列車の外壁に上下逆さまに張り付いて、窓越しに客室内を眺めるコスモス。シモンは恐怖のあまり先程までの決心もたちまち忘れ、絹を裂くが如き悲鳴を上げるのでありました。
◆結論:対策するだけ無駄




