最も誇り高い選択(前)
◆思ったより長くなったので前後編で
お披露目会の前半は何事もなく順調に進みました。
幾度も繰り返したリハーサルの通りです。
華やかに飾り付けられた大広間には数多くの貴族やその家族が詰めかけ、大いに賑わっていました。結婚の本番でもない婚約発表の場にしては出席者が多めではありますが、それはきっとシモンの知名度と人気によるものでしょう。
一方、シモンに比べるとライムは無名も同然。
当然ながら事前に送られた招待状に彼女の名前はあったものの、それを読んだ貴族達は「ライム」なる人物がどこの誰だか分からずに首を傾げるばかりでした。
一応、昨年末に首都で開催された武術大会で好成績を収めた猛者としての知名度はあるのですが、その「ライム選手」がこの婚約者たる「ライム」だとは、イメージが違い過ぎて試合を観戦していた者でもなかなか気付けなかったことでしょう。
ですが、諸々の疑問も困惑も実際にライムの姿を見るまでのこと。
最初に国王の挨拶があった後、正装のシモンに手を引かれて現れたライムの姿は、老若男女を問わずに息を呑むほどの美しさ。国内外の社交界で美女など見飽きるほどに見てきたはずの貴族達が、思わず見惚れてしまうほどの儚げな可憐さです。
意地の悪い貴族などは内心で「噂の婚約者とやらがどんな芋臭い田舎娘か見てやろう」などと思っていたのですが、そんな考えなど一目で消し飛ばされる結果となりました。
首都に来てからというもの、毎日のように王族の女性達の着せ替え人形として遊ばれ、実に百着を超えるドレスや宝飾品、数々の化粧品を試した甲斐があったというものです。元々の素材の良さが王族女性達の洗練されたセンスによって徹底的に磨き抜かれ、まさに生きた芸術とでも呼ぶべき仕上がりになっていました。
そして駄目押しはライムが連日頑張って練習した、作り笑顔。
流石に無表情のままでは不味いと判断した礼儀作法の教師に仕込まれたものです。習得には大変な努力を要しましたが、どうにか本番までに間に合いました。
手足や体幹のそれとは異なりますが、筋肉の操作であればライムにとっては慣れたもの。表情筋の繊細なコントロールによって実現した笑顔は、とても無理をして作っているようには思えません。
壇上からニコリと微笑みを向ければ、すっかり枯れて久しい老貴族達がまるで十代の少年に戻ったように胸をときめかせて顔を赤らめるほどの破壊力がありました。
ここまで来ればしめたもの。
招待された貴族達は完全に場の空気に呑まれていました。
流石にこの短期間で口下手さまでは完全に克服できなかったので、ライムからの挨拶は一言二言程度の短い言葉しかありませんでしたが、それも一種の奥ゆかしさとしてむしろ良い印象に繋がったことでしょう。
続く国王や大臣達の長く退屈なスピーチは、まあ、どうでもいいとして。
お披露目の前半はこのように順調な滑り出しとなりました。
状況が変わったのは会の後半。
場所を城内のダンスホールに移して、酒や軽食などを楽しみながら自由に歓談をしようという趣向の席でのこと。前半のような堅苦しい雰囲気も適度に緩み、集まった貴族達も仲良く世間話や商談などして楽しんでいたのですが……。
◆◆◆
自由時間とはいえ、お披露目会の主役に休む間などありません。シモンはライムの手を引いてダンスホールを歩き回り、国内でも有力な大貴族の当主など中心に改めて挨拶回りをしていました。
「やれやれ苦労をかけるな。ライム、疲れてはいないか?」
「ん……ちょっと疲れた、かも」
「俺達は挨拶回りでロクに飯も食えんしな。会が終わったら城の者に頼んで何か夜食でも用意してもらうとするか」
「……うん。甘いのがいい」
体力には自信のある二人も、上流階級向けの外面を保ちながらの挨拶回りはなかなか消耗が激しいようです。特にライムはこういう場に不慣れなせいか、それとも普段はあまり動かさない表情筋を酷使したせいか、だいぶお疲れ気味の様子。
「ははは、では今夜は二人で菓子で打ち上げといくか。まあ、さっきの侯爵殿で主なところは回り終えたはずだし、あとはそう急がずとも――――」
今夜の招待客の中でも、特に丁重に対応すべき大貴族クラスへの挨拶は既に完了しています。まだまだ仕事は残っているにせよ、これで一息入れることができるはず……という頃合いで。
「シモン様。少し、お時間よろしいでしょうか?」
「そちらの、その……ライム様も是非ご一緒に」
「静かな場所で、お二人とゆっくりお話ができればと思いまして」
実に十数人にもなる貴族令嬢の集団がシモン達に声をかけてきたのです。
◆次回こそ十・五章の前半終了のはずです




