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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十・五章『シモンとライム』

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地獄で会おうぜベイビー


 地獄めいた宴会の翌朝のこと。すっかり酒に頭をやられていた国家の重鎮一同はというと、二日酔いの気配など欠片もなく、普段通り精力的に職務に勤しんでいました。



「皆、タフだな。いったいどういう身体をしておるのだ?」



 シモンも体力には自信があるほうですが、皆のタフさには感心しきり。

 あるいは彼が駄目元で城内に満ちた「酒気」を斬っておいたことが、彼ら彼女らの身体に未知の健康効果を及ぼした影響もあるのかもしれませんが、それを差し引いても大した頑健さです。酒樽の中身をぶちまけたかの如き惨状だった城内は既に八割方清掃済みで、早くも大国家の王城に相応しい厳粛な空気を取り戻しつつありました。


 それはさておき。

 シモンは現在、城内の一画に位置する近衛兵団の訓練場へと向かっていました。

 兄である国王と、その長男にしてシモンの甥である近衛兵団長から、城の兵に稽古を付けて欲しいと頼まれたのです。シモンとしても数日間の馬車移動で鈍った身体を動かしたく、喜んで快諾しました。


 ちなみに本来のシモンの職務である学都方面軍の団長職については心配無用。

 王曰く、彼を迎えに来た際に学都に居残った十数人ほどの近衛兵達の任務は、シモンが抜けた穴埋めをすることだったのだとか。慣れない環境、慣れない職務とはいえ、彼らも文武に秀でた精鋭揃い。シモンが帰るのがいつになるかは未定ですが、それまでは副団長氏の指揮下に入って穴埋め業務に励んでくれることでしょう。

 なお件のドッキリに関しても、学都の兵達や関係者に余計な心配をかけさせないよう、シモン達が出発したその日のうちにはネタバラシが行われていました。






 ◆◆◆






「というわけで、臨時教官を務めることになったシモンだ。皆、よろしく頼む」


「「「は! よろしくお願いします、教官殿!」」」


 元よりシモンの実力は学都や首都のみならず国内外に広く知られています。身分に由来する畏敬も幾らかはあるにせよ、彼が近衛兵団の臨時教官を務めることに難色を示すような者はいませんでした。



「ううむ、ライムもこちらに来られれば良かったのだが」



 ちなみに実力に関してはシモンと同等のライムですが、残念ながら今日の彼女は別の用事で予定がぎっしり埋まってしまっていました。昨夜と同じように王族の女性達に連れ回されるのみならず、礼儀作法やダンスのレッスンなど。社交界で必要なあれこれを大急ぎで詰め込む必要があるのです。



「あとでしっかりねぎらってやらねばな」



 昨晩のような名状しがたい混沌に満ちた宴は、流石に例外中の例外。これからのことを考えたら、まともな公の場に姿を見せても恥を掻かない程度にはアレコレ学ばねばなりません。



「さて、俺もちゃんと働くか。皆、身体強化はできるか?」


「は! 身体強化の修得は現団長殿の定めた入団条件にもなっております!」


「ふむ、ならば少し厳しくしても大丈夫そうだな」



 流石は選りすぐりの精鋭集団。

 念の為、訓練の開始前にシモンが確認をしましたが、練度に多少の差はあれど所属する全員が魔力による肉体強化を修めているとのことです。これならばシモンがいつも学都方面軍でしている指導より少しくらい厳しくしても大丈夫でしょう。



「では、訓練を始める。まずは柔軟運動と筋トレから。それが終わったら走り込み――――」



 ここで兵達の間に若干ガッカリした風な空気が流れました。

 臨時教官による特別な訓練と聞いて身構えていたら、いつもの訓練と変わらぬ基礎トレーニング。基礎の重要性は理解していても、これなら誰が指導しても大して変わらない……と迂闊にも思ってしまったのが彼らの誤算でした。



「――――を、とりあえず十倍の重力下でやっていくか。それで様子を見ながら少しずつ負荷を強めていく感じで。身体強化を切らすと怪我をするから、魔力切れが近い者は限界を迎える前に申し出るように」


「は? 教官ど、ノォォォォ!?」



 近衛兵達が聞き返す間もありませんでした。

 直後、シモンの重力魔法で訓練場にいた近衛兵全員に十倍の重力負荷が。

 全員が半ば本能的に身体強化を発動させて倒れることなく踏ん張ったあたり、やはり彼らは相当に優秀なのでしょう。その優秀さ故にこの後で地獄を見ることになると思えば、それが本当に良いことなのかは微妙な線ですが。



「ウオオオオ!」


「キィエエエエェェイ!」


「フンッヌウウウウゥウ!」



 とても柔軟体操で発する掛け声とは思えませんが、比較的身体強化の練度が低い者だと、常に全身全霊を振り絞っていないと姿勢を保てないのです。



「よし、では次は筋トレだ。とりあえず腕立て伏せを左右の腕で百回ずつと両手でも百回の計三百回。それが終わったらスクワットも同じだけいくぞ!」


「「「ハィィィィ!?」」」



 もう返事をしているのか悲鳴を上げているのかも分かりません。

 それでも死に物狂いで魔力を振り絞り、全体の三割もが筋トレの試練を突破したのは称賛に値するでしょう。ですが、筋トレ地獄が終わったら次は走り込み地獄が待っています。訓練場の外壁に沿ってぐるぐる走るだけですが、残った近衛兵達の気力体力は既にボロボロ。ですが、それでも。



「よし、いいぞ。あと五周でゴールだ、頑張れ!」


「くっ、俺達は倒れていった仲間の想いを背負ってるんだ……っ!」


「ああっ! ここまで来たんだ。こんなところで負けてたまるかよぉ!」



 意識が朦朧とする中で、それでもエリートとしての矜持や王家への忠誠心で身体を支え、当初いた兵全体の一割もが走り込み地獄を突破するという快挙を見せました。

 数々の地獄を突破したという自信が彼らを格段に成長させるであろうことは想像に難くありません。仲間同士の連帯感も訓練前より一層強まったことでしょう。






 まあ、それはそれとして。



「よし、本日の訓練は以上とする。皆よく頑張ったな!」


「「「は! 教官殿、ご指導ありがとうございました!」」」


「正直、俺の思っていた以上の練度だった。流石は近衛兵団。実に見事だ!」


「「「は! 恐縮であります!」」」


「これなら明日は負荷を倍にしても大丈夫そうだな。安心したぞ」


「「「は! ……は?」」」



 シモンの言うことを理解できない。

 いえ、脳が理解を拒んでいるといったほうが正確でしょうか。


 ですが、いつまでも思考を止めてはいられません。

 だんだんと頭脳が再始動を始めるにつれ、兵達の表情が見るからに引きつっていきました。自分達が地獄の底だと思っていたのは、まだほんの入口でしかなかった。その事実を理解してしまったのでしょう。



 当のシモンはそんな彼らの心情を知ってか知らずか。



「やはり身体を動かすのは楽しいな……が、俺だけ楽しむのではライムに悪い気がする。明日からは空いた時間にライムも参加できるよう姉上達にスケジュールの調整を頼んでみるか。あっちの隙間時間に顔を出すだけとなると時間のかかる基礎トレよりも試合形式の組手を中心に――――」



 こうして翌日以降も日毎に負荷が増していくトレーニングが続きました。

 毎日毎日、その前日よりも深い地獄の底を覗き込むが如き訓練がシモンが首都に滞在している間ずっと続き……まあ、なんやかんやとあった挙句に近衛兵団はそれまでとは段違いの実力を手に入れるに至ったのでありました。めでたし、めでたし。



◆この世界、モブが地味に優秀です。

◆訓練中、シモンは奥義の検証を兼ねてこっそり兵達の補助をしていたりします。詳しくはそのうち本編内で解説すると思いますが、主なところでは成長率の向上や命に関わるレベルの過労や故障の防止など。

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― 新着の感想 ―
[良い点] モブから筋肉モリモリマッチョマンの変態( ̄▽ ̄;) この世界のモブ兵士だけで低級魔獣とか殲滅しそう 現在の平和主義の魔王軍の実力やいかに 交流がてら模擬戦するのもいいですね [気になる点…
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