ちぐはぐ旅情
十・五章スタートです
学都を発ってから早三日。
シモンとライムは王家所有の馬車で街道を南へと進んでいました。
「飽きた。走ったほうが速いのに」
「まあ、そう言うな。たしかに退屈なのは否めんが」
可及的速やかに出頭せよ、と。
シモンの兄である国王からの命を受けた彼らは、南方にある首都に向かっている最中。命令を言葉通りに受け取るなら、悠長に馬車など使わずにライム達が自分の足で走って向かったほうが遥かに速いのですが、流石にそういうわけにもいきません。
「俺達だけ先に行かせたのでは彼らが困るだろう?」
「むぅ」
シモンが「彼ら」と呼んだのは、学都まで二人を呼び出しにきた近衛騎士の一団です。名目上は護衛役らしいのですが、実際には二人が途中で逃げ出さないようにするための監視役を兼ねているのだろうとシモンは推測していました。
近衛騎士といえば選りすぐりのエリート集団。
全員が剣術や魔法を高い水準で修めているはずです。
そんな彼らが馬車の御者席や周囲を固めるような形で、およそ二十人近く。
他にも何らかの任務があったのか、十人以上の近衛が学都の騎士団本部に残って何かしていたようですが、確認する前に出発してしまったせいでシモンにも詳しいことは分かりません。
「俺達を逃がしたせいで彼らが罰を受けたりしては悪いしな。いや、別に逃げる気はないが」
とはいえ、いくら選りすぐりの精鋭集団といえど今のシモン達がその気になれば突破することは造作もなし。怪我をさせないように手加減しても十秒かからずに全員を制圧できるでしょう。そうしないのは単純にそうする理由がないからです。
肝心の、国王がどういう意図で二人を呼び出したのかについては喋ることを禁じられているようで、近衛騎士達に聞いても教えてもらえませんでした。
ですが、少なくとも罪人の護送も同然という扱いではなさそうです。
馬車内には湯を沸かす魔法道具やお茶、軽食などの用意もありました。
商人などがよく使う荷馬車とは根本的に違い、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められており、椅子のクッションも柔らかくふかふか。元々整備されている街道とはいえ、走行中の振動もほとんど感じません。
夜には街道沿いの街に立ち寄って、あらかじめ予約されていた高級宿で宿泊。豪勢な食事、広い湯舟での入浴も連日のことです。残念ながらシモンとライムにはそれぞれ別の部屋が割り当てられていましたが、まあ悪い扱いとは言えないでしょう。
柔らかいベッドで一晩ぐっすり眠り、翌朝、優雅に朝食を楽しんだ後にまた馬車に乗り込んで出発、という流れがここ三日間繰り返されていました。
学都の友人や部下達にロクに言伝を残す間もなく急かされて出発したというのに、その道中はというと観光旅行と見まがうほどのスローペース。可及的速やか、という命令にしては明らかに不自然。妙にのんびりとした旅程です。
「ちぐはぐ?」
「ううむ、どうも嚙み合わないものを感じる。陛下は一体どういうおつもりなのか? 単に、俺が勝手に婚約したから怒っているという感じでもなさそうだが……」
出発してから幾度となく繰り返した疑問ですが、結局、呼び出した本人に聞くまで分かりそうにありません。うっかり口を滑らせることを警戒してか、周囲の騎士達に雑談を持ち掛けても「職務中ですので」の一点張りで、何も推測のヒントになるような情報は得られませんでした。
「結局、陛下に直接尋ねるしかなさそうだ。ほれ、窓の外」
「ん。お城」
こうして出発してから三日と半日。
シモンとライムはG国の首都に到着しました。
◆本編で回収するか分からない設定解説
この世界では既に長距離を走る鉄道が利用されていますが、その主な動力は蒸気ではなく土地から吸い上げた魔力。現時点での技術では一定以上の太さがある霊脈(大地を走る魔力の流れ)の上に線路を敷かないと車両を動かせないので、大国の首都などの大都市であろうと鉄道ですぐ行き来できるとは限らなかったりします。




