シモンとライムのそれから
あの傍迷惑な戦いから数日後。
制服姿のシモンが騎士団の建物近くにあるカフェで人を待っていました。
時刻はちょうどお昼時。昼食目当ての客で込み合ってくる頃合いです。
「おお、来たか。呼び出してしまってすまんな」
さて、彼が席に着いてからほどなくして待ち人が現れました。
相手はシモンの親友改め恋人となったライム、ではありません。
「なに、構わないさ。どうせ別件で出掛けるつもりではあったからね。ああ、店員君、私にメニューのこの食べ物のページのやつ、上から下まで全部頼むよ。そこの色男君の払いで」
「はっはっは、相変わらず気持ちの良い食いっぷりだな! いいぞ、食え食え」
シモンと待ち合わせをしていたのはレンリでした。数万の人口を擁する学都といえど、これほどの食欲を有する人物は二人といないでしょう。
「キミはサボり中かい? 天下の騎士団長サマが堂々仕事を抜け出せるとは、この街が平和なようで何よりだよ」
「いや、今は昼休みだ。ちゃんと部下に行き先も言ってきたぞ」
「はいはい、分かってるよ。軽い冗談さ。じゃあ、休憩時間の間に用事が済ませられるように、さっさと本題に入るとしようか」
シモンがわざわざレンリを呼び出したのは雑談に興じるためではありません。
彼女をある種の専門家と見込んで、とある仕事を依頼するために呼んだのです。
「確認するけど、剣の手配からこっち任せでいいんだね?」
「うむ、俺も多少は心得があるが、剣の目利きならそなたに任せたほうが良かろう。普段から腰に提げる物だからな、大きすぎたり奇抜すぎるデザインでは困るが」
「うん、了解。それなら期待に応えられるよう精々努力するとしようか」
レンリへの依頼とは新しい剣の注文です。
先日の決闘で、シモンが使っていた長剣は粉微塵になって失われてしまいました。訓練場の土を大きく掘り起こして砂粒のような破片を地道に拾い集めれば、第五迷宮に頼んで復元できるかもしれませんが、これはいくら何でも現実的ではありません。
シモンも剣士として自分の剣への思い入れは人並みにあります。
騎士団の初任給を丸々使って街の武器屋で購入した剣で、流石に絶世の名剣とまではいきませんが丈夫で切れ味も並以上。普段からマメに手入れをしながら自分の身体の一部と感じるほどに使い込んでいました。
が、同時に武器という物が根本的に消耗品であるとは理解しています。
先日の件で壊れずとも、遅かれ早かれ失う時は来たことでしょう。
なので、この機会に新しく新調しようと思い立ったのです。
「でも私が言うのもなんだけどさ、今更キミに武器って必要? あれだけ強ければ素手でも十分戦えると思うけど」
実際、今のシモンは騎士団の制服こそ着ているものの武器は持っていません。
簡単な手続きをすれば騎士団が所有している備品の貸与という形で剣を手に入れることはできるのですが、決闘後何日も経つのにそうしていない理由は簡単。今のシモンが生半な武器を持っても、かえって素手より弱くなってしまいそうなのです。
鍛えの甘い剣を本気で振ればそれだけで折れたり曲がったりしかねません。
鍛錬のつもりで振った木剣は空気との摩擦熱で焦げました。
武器を庇うようにして力をセーブして戦うのでは、いよいよ本末転倒です。
「それは確かに普段から頻繁に使う物ではないだろうが、いざという時に武器がなくて全力を出し切れないのは怖いからな。この学都にいると、また、いつ、ナニと戦うことになるか分からんし」
「うーん、否定したいけど否定できないのがちょっと嫌だ」
「それに何より剣はカッコいいからな。あるに越したことはないだろう?」
「うん、それは間違いない。カッコよさは全てに優先するからね」
ともあれ、必要性に関しては双方納得したようです。
レンリとしても別に気乗りしない仕事というわけではありません。
むしろ、専門家としての腕を買われたことは嬉しく感じていました。
「じゃあ、そろそろ具体的な話に移ろうか。剣に仕込む術式だけど――――」
そうして、それからしばらくの間、注文した食事が来てからは食べながら、シモンが希望する剣についての話を細かく詰めていきました。
剣の形状や長さ、重さ、重心の位置、素材、装飾の好み、どういう魔法を込めるかなど色々とリクエストを聞いて、レンリが手元の紙に素早く書き留めていきます。
ちなみに今回の予算は青天井。
つまり予算使いたい放題。
レンリでも普段はなかなか手が出ないような希少素材でも湯水のように使えます。シモンの財力ならばきっと何とかなるでしょう。
「うん、大体分かったよ。モノを渡す時に細かい調整はいるかもだけど、後のことは私にドーンと任せておきたまえ!」
「うむ、頼んだぞ。実に楽しみだ。いやはや、持つべきものは頼れる友人だな」
「ふふふ、いやぁ、それほどでもあるさ!」
「はっはっは、違いない!」
そして何事もなく無事に話はまとまりました。
シモンとレンリは、二人仲良く喋りながら食事の続きを楽しんでいたのですが。
「……シモン。浮気?」
いつの間にやらシモンの背後には小柄な影が……。
◆◆◆
「ふふ。軽い冗談」
いつの間にやらシモンの背後を取っていたライムが、小粋なジョークを披露しながら現れました。突然の登場に驚いたシモンやレンリも、ライムのユーモアのセンスに思わず笑顔に、
「怖い!」
「怖い!」
「……あれ?」
ライムの想像とは少し反応が違いました。
「大丈夫。私はシモンを疑ったりしない」
「う、うむ。それは嬉しいが……」
「ん。さっきから気配を消して床下でずっと話を聞いてたけど変なことは言ってなかったから、シモンを信じる」
「怖い!」
「怖い!」
またしてもシモンとレンリの反応が綺麗にハモりました。
店内が混雑していたせいでシモンも床下の気配に気付けなかったのでしょう。あるいはライムの気配隠しの技術が今のシモンでも捉えにくいほどに上達しているのか。その両方かもしれません。
「ちょっとシモン君、大丈夫? キミの彼女、重くない?」
「ううむ……いや、ちょっと色々と不器用なだけ、だと思う、多分、きっと」
言葉の後半がちょっと自信なさげではありましたが、これもライムなり愛情表現の一環なのでしょう。当のライムはというと、レンリが「キミの彼女」と言ったことに気を良くしているようです。相変わらずの無表情なので親しい知り合いでもなければ普段との違いに気付けないでしょうけれど。
「そういえばキミ達が付き合い出して少し経つけど、それぞれの家にはちゃんと言ってあるのかい?」
サスペンスホラーめいた空気を変えようと思ったのか、レンリから二人にこんな質問が飛びました。まあ純粋な興味もあったのでしょう。
「ああ、俺は首都の国王陛下に手紙を出しておいたぞ。もうとっくに着いている頃だとは思うが……仕方ないとはいえ、伺いを立てることもしないで完全な事後報告になってしまったからな……」
まだ返信こそありませんが、シモンの立場上、実家に無断かつ独断で婚約者を決めてしまったというのは、まともに考えれば問題にならないはずがないのです。
シモン本人が把握していなくとも、彼の結婚相手を内々に探して既に話を進めていた可能性だって無いとは言い切れません。その相手が国外の要人の関係者だったりすれば、下手をすれば国際的な大問題です。
「シモン……」
流石のライムもそう聞くと今更ながら少し不安になったようです、が。
「そんな顔をするな、ライム。陛下は決して話の分からぬ御方ではないしな。多少のお叱りくらいは受けるかもしれんが、そう酷いことにはならんよ。それにな」
「それに?」
「俺は、もうお前を選んだのだ。何があろうとお前は俺が絶対守るから、だから安心してくれ」
「……うん。ありがと。私もシモンを守る」
不穏な空気も恋人同士が醸し出す甘い雰囲気にかき消されてしまいました。話題を振ったレンリは甘ったるそうな顔をして無糖のコーヒーをガブ飲みしています。
「とはいえ、いずれ首都に伺う必要はあるか。そう何度も続けて休めんし、まあスケジュールを見ながら予定を調整して……」
と、そこまで話したところでシモンの声は遮られました。
「団長、ご歓談中失礼します! 大至急、お戻り下さい!」
「分かった! 何か事件でもあったのか?」
突如会話に割り込んできたのは本部勤めの騎士団員でした。
ですが、昼休憩中のシモンをわざわざ探しに来るなど只事ではありません。よほどの大事件でも発生したのかと、シモンも一瞬で頭を仕事モードに切り替えて席から立ち上がったのですが……。
「いえ、事件というわけではないのですが……」
「なんだ、歯切れが悪いな? 事件ではないのに急な呼び出しとな?」
幸い、大きな犯罪事件などが発生したという風ではなさそうです。ですが、続く騎士団員の言葉を受けて、シモンとライムは大きな緊張を余儀なくされることとなりました。
「つい先程、本部に首都から近衛騎士の方々が大勢いらっしゃいまして、それで……」
シモンとその婚約者に可及的速やかな出頭を命ずる、と。
この国の国王からのメッセージを伝えにきたのです。
◆今回で10章ラストです。ここまでお読みいただきありがとうございました。
◆そして次回からは10.5章です。これからもよろしくお願いします。
◆いつものパターンだと迷宮レストランの更新を何話か挟んでから次章という流れになりますが今回は変則的に、10.5章→レストラン→11章という流れでいく予定です。
◆それでは次の10.5章、今回のラストの後でシモンとライムがどうなるのかをお楽しみに。




